文献情報
文献番号
202117005A
報告書区分
総括
研究課題名
認知症者における抑うつ・無気力に対する治療法に関するエビデンス構築を目指した研究
課題番号
20GB1002
研究年度
令和3(2021)年度
研究代表者(所属機関)
井原 一成(国立大学法人 弘前大学 大学院医学研究科 大学院医学研究科社会医学講座)
研究分担者(所属機関)
- 川勝 忍(公立大学法人福島県立医科大学会津医療センター)
- 鈴木 匡子(東北大学 大学院医学系研究科高次機能障害学)
- 小林 良太(山形大学 医学部)
- 大庭 輝(弘前大学 大学院保健学研究科)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 認知症政策研究
研究開始年度
令和2(2020)年度
研究終了予定年度
令和4(2022)年度
研究費
7,924,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
BPSDの治療研究は、多様な症状からなるBPSD全体を標的とする段階から、各BPSD症状を標的とする段階へと進んでいる。認知症における抑うつと無気力の治療法に関するエビデンス構築のためには、両症状を適切に区別し治療研究を行う必要がある。本研究では、既存研究のエビデンスを吟味するとともに、両症状を適切に区別するための診断基準と評価方法を開発する。また、病理学的な背景を考慮した神経基盤に基づき抑うつと無気力を区別する方法の開発にむけた調査を行う。
研究方法
文献調査により、認知症に伴う抑うつと無気力の概念を整理した上で、それぞれの治療について、薬物療法と非薬物療法の別にシステマティックレビューを行った。また、認知症の抑うつと無気力を区別するための作業上のテストバッテリーを選定し、それを用いて、3つの研究機関で認知症患者の抑うつと無気力の症候学的評価を行いながら、脳画像・バイオマーカー等を用いた調査を行った。また、抑うつや無気力を伴う認知症例の神経病理学的な検討を行い、責任病巣の探索を行った。
結果と考察
認知症に伴う抑うつの診断基準と無気力の診断基準は、BPSDとは独立した臨床研究の文脈で以前より作成されていた中で、2000年代になって、両症状のそれぞれ代表的な研究者達のコンセンサスに基づき、抑うつについてはアルツハイマー病(AD)用に、無気力についてはAD及びその他の認知症用にと発表されていた。両診断基準は、それまでの概念研究と臨床研究の到達点ではあったが、完全ではなく、同質性が不十分な抑うつあるいは無気力が同定されうるものであった。よって本研究で用いる評価スケールは、それぞれの不十分な点、特に抑うつと無気力の鑑別を補うように、また、脳画像やバイオマーカーとテストバッテリーを構成することも念頭に選定された。システマティックレビューは、治療のエビデンスが未確立であることを明らかにした。既存の臨床試験の多くが、BPSDの多様な症状を一度に評価する中でその一部として得られた抑うつまたは無気力の変化を介入群と対照群で比較したものであり、介入前に臨床的に意義のある重症の抑うつや無気力であったことを担保していなかった。組み入れ基準に適切な診断基準を採用し重症度を明示していた少数の研究からは、薬物療法としてはmethylphenidateが、非薬物療法としては感情や刺激に焦点を当てたアプローチが有効であることが示唆された。Placebo研究に限ったレビューでは治療の最適化に結びつく薬剤の候補が限られるので、我々は、Placebo研究と実薬間の比較研究とを統合するネットワーク・メタ・アナリシスに進んでいる。
認知症患者において、DSM-5の大うつ病性障害に相当する抑うつは、ほとんど認められなかった。抑うつと無気力の頻度は、ADとレビー小体型認知症の間では差はなかった。特発性正常圧認知症(iNPH)では抑うつは稀で無気力の頻度が高く、そのinitiationの障害がemotional、executiveの障害に比べて顕著であった。ADの無気力は、PiB-PETにより評価したアミロイド沈着と相関傾向を認め、光トポグラフィー検査での前頭葉の反応低下は、抑うつよりも無気力と関連し、疾患別に低下の程度に差が認められた。無気力や抑うつを伴う症例で認められた光トポグラフィーデータの前頭葉の反応性の低下が、無気力や抑うつの改善に伴って改善していた。また、iNPHでは、シャント術により無気力が改善していた。無気力を主徴とした大脳皮質基底核変性症による若年性認知症例の画像・病理所見では、前頭葉白質と中脳の高度のタウ病理が特徴であった。
健常高齢者においては、認知機能が低下するほど、また、高齢になるほど無気力は強くなるが、抑うつは認知機能や加齢と有意な関係性を認めなかった。認知機能の保たれた者では、無気力は全般的には年齢との関係性を認めなかったが、Emotional領域の無気力は年齢と有意な関係性を認めた。既存データの縦断分析を行い、後期高齢女性の無気力は認知機能低下と関係しないことを示した。
認知症患者において、DSM-5の大うつ病性障害に相当する抑うつは、ほとんど認められなかった。抑うつと無気力の頻度は、ADとレビー小体型認知症の間では差はなかった。特発性正常圧認知症(iNPH)では抑うつは稀で無気力の頻度が高く、そのinitiationの障害がemotional、executiveの障害に比べて顕著であった。ADの無気力は、PiB-PETにより評価したアミロイド沈着と相関傾向を認め、光トポグラフィー検査での前頭葉の反応低下は、抑うつよりも無気力と関連し、疾患別に低下の程度に差が認められた。無気力や抑うつを伴う症例で認められた光トポグラフィーデータの前頭葉の反応性の低下が、無気力や抑うつの改善に伴って改善していた。また、iNPHでは、シャント術により無気力が改善していた。無気力を主徴とした大脳皮質基底核変性症による若年性認知症例の画像・病理所見では、前頭葉白質と中脳の高度のタウ病理が特徴であった。
健常高齢者においては、認知機能が低下するほど、また、高齢になるほど無気力は強くなるが、抑うつは認知機能や加齢と有意な関係性を認めなかった。認知機能の保たれた者では、無気力は全般的には年齢との関係性を認めなかったが、Emotional領域の無気力は年齢と有意な関係性を認めた。既存データの縦断分析を行い、後期高齢女性の無気力は認知機能低下と関係しないことを示した。
結論
既存研究のレビューにより、認知症に伴う無気力と抑うつに対して有効な薬物及び非薬物療法の探索を行った。感情や刺激に焦点を当てた非薬物療法に抑うつと無気力を改善する可能性のあることが明らかになったが、無気力に対して有用性が示された薬剤は保険適用外であったので、Placebo研究以外の既存研究を含めたエビデンスを吟味する必要がある。共通のテストバッテリーを用いた多施設調査の結果、大うつ病性障害に相当する抑うつを示す認知症の者は稀であることが分かった。無気力と軽症の抑うつの病態に対する治療方法の開発が求められる。
公開日・更新日
公開日
2023-05-17
更新日
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