老化個体に蓄積する突然変異の質的特異性の解析

文献情報

文献番号
199700540A
報告書区分
総括
研究課題名
老化個体に蓄積する突然変異の質的特異性の解析
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
小野 哲也(東北大学)
研究分担者(所属機関)
  • 池畑広伸(東北大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
体細胞に起こる突然変異の蓄積が老化の原因ではないかという考えはsomatic mutation theory of agingとして長い間有力な仮説となっているが、その証拠は乏しく、血球などのごく限られた細胞のしかも2つか3つの遺伝子についてしか分かっていない。これに対し我々は、生体のどの組織でも突然変異が検出できるように開発されたトランスジェニックマウス(Muta)を用いて老化に伴う自然突然変異頻度の変化を調べた結果、老化に伴ってほぼ直線的に増加することを見出した。そこでさらに一歩進め、この増加の原因を探ろうとした。具体的には新生仔と老化個体にみられる変異体のDNA配列を決め、両者を 比較することにより老化に特異的な変異がないかどうかを調べ、それを手がかりに突然変異蓄積の原因を探るのが研究の目的である。
研究方法
Mutaマウスは突然変異の標的として大腸菌のlacZ遺伝子をラムダファージゲノムに組み込まれた形でハプロイド当たり約40コピーもっている。このマウスの出生直後及び23カ月令のものから、まず老化に伴う突然変異の蓄積が多いことが分かっている脾、肝、心を摘出し、そこからDNAを抽出した。続いてパッケージング、変異体の選別を経て標 的遺伝子であるlacZの変異体をラムダファージの形で分離した。ここでの突然変異の分離には大腸菌のgalE-株を用い、P-gal存在下でpositive selectionを行った。変異体であることはさらにX-galを用いて確認した。この変異体ファージからDNAを抽出後、lacZ遺伝子部位を600~700塩基づつ、末端がオーバーラップした6つのフラグメントに分けてPCRを用いて増幅し、それを蛍光dideoxy法によりシーケンスした。シーケンサーはABIのPRISM377を用いた。野生型lacZ遺伝子の塩基配列はデータベースより引き出したが、我々の用いたMutaマウスから回収される野生型にはすでに2つの変異が入っていたので、これを対照と して用い突然変異を同定した。塩基配列の比較にはコンピューターを用いた。
結果と考察
新生仔、老化個体の3つの組織(脾、肝、心)からそれぞれ100~120個の突然 変異体を解析して比較検討した結果は以下のように要約できる。
(1)ほとんどの突然変異はpoint mutationであった。変異の起こる遺伝子上の場所にはあ る程度の偏りが見られた。これらは過去に調べられている自然突然変異の特性と一致する。
(2)見出されたpoint mutationの大部分はCpG領域のG:C→A:T transitionであった。これ はCpG配列のCの5位のメチル化とその5メチルシトシンの脱アミノ化によるとされる変異である。活性酸素による8ヒドロキシグアニンに由来するであろうG:C→T:Aの変異は余り見 られなかった。
(3)小さなdelationとinsertionも見られるが、そのほとんどはくり返し配列のある部分に起こっていた。これは主にDNA複製時の誤りによると考えられているものである。
(4)脾、肝、心の組織による違いは全体的にみると変異の遺伝子上の分布の上からも質の 違いからも余りはっきりした傾向はみられなかった。ただし老化した心では欠失型変異が多いようにみえた。
(5)老化個体にみられる変異の約8%は通常はみられない変異であり、事実、新生仔には全 く見出されなかった。具体的には隣り合った2塩基が同時に変わるもの、1塩基が別の2塩 基に変わるもの、2塩基が別の3塩基に変わるもの、14塩基中に4個の変異が集中している もの、である。このうち2塩基が同時に変わるものについては紫外線あるいは活性酸素に よるDNA損傷に伴って生ずるという報告があるが、この場合はいずれもCC→TTの変異であ り、他方老化個体にみられる変異にはこれがない。従って別の理由があると考えられる。2塩基が同時に変わるもの以外についてもその原因は推測できない。
以上のことから、老化に伴って蓄積する突然変異の大部分は胎仔期に生じる変異と同じ機構によって生じること、ただし一部分は出生後の老化過程に特有なメカニズムによって生じることが推測される。その特異性の原因がユニークなDNA損傷によるのか修復酵素の 変化に伴うエラーによるのか、あるいは何か別の理由があるのかは分からない。今後老化に伴う変異の増加の低かった脳、皮膚、睾丸について同様の解析を続け、全体像を把握して最終的な結論を出したい。
結論
マウスの新生仔期及び老化期に見出される自然突然変異体について塩基配列を決め両者を比較してみた結果、分かったことは以下の2つである。1.大部分の突然変異には両 者で差がないことから、出生後老化するまでに蓄積する突然変異は胎児期で生じている変異と同じ機構によるのではないかと推測される。2.老化個体でみられる突然変異の約8%は新生仔期には見出されない特殊なものである。まだ知られていない理由があると思われる。今回の研究結果は老化の原因の一部をより具体的に解析する上で重要な手がかりを与えていると考える。

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