ウェルナー症候群の発症機構に関する研究

文献情報

文献番号
199700539A
報告書区分
総括
研究課題名
ウェルナー症候群の発症機構に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
三木 哲郎(愛媛大学医学部老年医学)
研究分担者(所属機関)
  • 藤原美定(神戸大学医学部放射線基礎医学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 長寿科学総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
14,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ウェルナー症候群は比較的稀な常染色体劣性の遺伝病であるが、種々の老化徴候を呈し、三大死因である悪性腫瘍、脳血管障害、心疾患をはじめとして、糖尿病、骨粗鬆症などの成人病を若い頃から頻発するため、1904年のWernerによる最初の症例報告に続き、1934年の疾患単位として確立されて以来、老化、成人病の代表的モデル疾患として注目を集め、その発症機構の解明に大きな期待がかかっている。ところが、ウェルナー症候群の多面性、複雑性がゆえに老化研究と同じくウェルナー症候群の研究もまた遅れがちであった。しかし、1996年にウェルナー症候群の原因遺伝子(WRN)が単離同定され、新規のヘリカーゼ(WRN-H)をコードしていることが判明したことにより、近年急速に発展してきた遺伝子工学や蛋白工学の技術が利用できるようになり、WRNおよびWRN-Hを利用した多方面でのウェルナー症候群研究の急速な進展が期待できるようになった。WRNおよびWRN-Hの機能の解析を通してウェルナー症候群の病態を解明することは老化、成人病の機序解明に役立つと考えられる。そこで本研究はWRNがヘリカーゼをコードしていることから予想される修復機能の検索を行い、ウェルナー症候群患者におけるWRNの変異の同定、WRN-Hの細胞内局在部位や細胞内動態の検索、WRN-Hと相互作用をする蛋白の検索などを通してWRN-Hの機能とウェルナー症候群の病態を解析するとともにWRNの多型を用いて自然老化との関連を探ることを目的とした。
研究方法
(1)ウェルナー症候群患者由来線維芽細胞および正常コントロール線維芽細胞にX線およびUVを照射し各々の生存曲線およびX線照射後の一本鎖切断修復、UV照射後の不定期DNA合成を調べる。(2)ウェルナー症候群患者の WRN変異を同定し、その種類と部位からウェルナー症候群の病態を検討する。(3)WRN-Hに対するペプチド抗体を作製し、ウエスタン分析により正常WRN-Hの分子量と細胞内存在部位、さらにウェルナー症候群患者細胞で発現しているWRN-Hの分子量と発現量を決定する。4)WRN-HとGSTの融合蛋白およびHeLa細胞の抽出液を用いてWRN-Hと相互作用をする蛋白質を検索する。5)WRNの多型を用いて各種成人病の患者集団と正常コントロール集団とのケースコントロールスタディを行う。
結果と考察
(1)ウェルナー症候群患者由来線維芽細胞におけるDNA修復に関して、ウェルナー症候群患者由来線維芽細胞のX線・UV生存曲線は正常で、X線照射後の一本鎖切断修復、UV照射後の不定期DNA合成は正常範囲であったが、さらに微細なレベルにおける修復異常の検索が今後必要であると考えられる。(2)ウェルナー症候群患者におけるWRNの変異の同定に関して、53人のウェルナー症候群患者において合計14種類の変異を同定した。変異の種類にはナンセンス変異、フレームシフト変異、スプライス異常、ゲノム欠失がみられたがミスセンス変異は見出されなかった。変異部位はヘリカーゼドメインを含むWRN全長にわたって存在していた。しかし変異の部位、種類とウェルナー症候群患者の表現形質との特別な対応はみとめられなかった。さらに14種類の変異WRNによってつくられる蛋白を予想、解析するとすべての変異蛋白でC末端側の核移行シグナルが欠落していることが判明した。したがってから本来核内で機能するべきWRN-HがWRNの変異により核へ移行できなくなりその機能を果たすことができない(機能喪失)ためにウェルナー症候群が発症すると考えられた。(3)WRN-Hに対するペプチド抗体の作製とWRN-Hのウエスタン分析に関して、正常WRN-Hとともにtruncateされた変異WRN-Hをも検出可能にするため可能な限りN末端に近いWRN-Hの455-473アミノ酸配列に対するうさぎのポリクローナルペプチド抗体を
作製し、正常コントロール由来リンパ芽球のRIPA抽出液のウエスタン分析を行った結果、ほぼ期待できる170-180 kDの全長WRN-Hが検出された。WRN-Hの1432アミノ酸配列から計算でもとめられる分子量は162.5 kDであった。また日本人ウェルナー症候群患者に創始者効果の見られる変異-4(truncateされた推定蛋白長は1059アミノ酸)をもつ2種類のウェルナー症候群患者由来リンパ芽球ではほぼ変異より期待できる140 kDのtruncated WRN-Hが検出され、変異部位が不明の2種類のウェルナー症候群患者由来リンパ芽球と、2種類のウェルナー症候群患者由来線維芽細胞では、140 kDのtruncated WRN-Hが同様に検出された。さらに合計6種類の上記いずれのウェルナー症候群患者由来細胞においてもWRN-Hの発現量は正常コントロール細胞の1/3-1/2であった。これは変異WRN mRNAの発現量が少ないのか、変異WRN mRNAや変異WRN-Hが分解されやすいためかなど、今後の解析を要する。一方正常コントロール由来線維芽細胞の抗体染色では予想通り核が染色され、変異-4をもつウェルナー症候群患者由来リンパ芽球では核が染色されず核移行障害が存在することが判明した。これは結果と考察2)を実証したものと考えられる。(4)WRNのにN末端に結合する蛋白の解析に関して、WRN cDNAのN末端側1.4 kbとGSTの融合蛋白を大腸菌で発現させ、IPTGで誘導した。この融合蛋白をHeLaのextractと反応させ、結合プル・ダウンした蛋白質をSDS-PAGE/クマジーブルー染色で分析したところ特異的な20-50 kDの5つの蛋白質のバンドが検出された。今後現在検索中のWRN cDNAのN末端側1.4 kb以外の部分と結合する蛋白とあわせてそのアミノ酸配列を決定し遺伝子を単離する予定である。(5)各種老化徴候におけるWRNの関与に関して、WRNの多型の一つにおいて心筋梗塞と有意な相関が認められ、自然老化にも実際にWRNが関与している可能性が示唆されたが、WRNの多型自体が本当に心筋梗塞の発症に関係しているか否かを調べるために多型を持つWRN-Hの機能を検討する必要があると考えられる。
結論
心筋梗塞患者でのケースコントロールスタディから自然老化にも実際にWRNが関与している可能性が示唆された。さらに正常コントロール由来線維芽細胞における抗体染色の結果からは正常WRN-Hは核に局在することが判明し、また変異-4をもつウェルナー症候群患者由来リンパ芽球の抗体染色およびウェルナー症候群患者におけるWRNの変異の解析からは変異WRN-HではC末端側の核移行シグナルが欠落しているため本来核内で機能するべきWRN-Hが核へ移行できなくなりその機能を果たすことができない(機能喪失)ことがウェルナー症候群の各種病態を生じる根本原因であることが判明した。そのWRN-Hの機能を探るべくWRN-Hと結合する蛋白を検索しているが、既に五つの候補蛋白を検出することができた。

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