がん患者のQOL向上を目指す支持療法に関する研究

文献情報

文献番号
199700536A
報告書区分
総括
研究課題名
がん患者のQOL向上を目指す支持療法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
武田 文和(埼玉県立がんセンター)
研究分担者(所属機関)
  • 平賀一陽(国立がんセンター)
  • 西野卓(千葉大学)
  • 山脇成人(広島大学)
  • 内富庸介(国立がんセンター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
11,900,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がんそのものおよびがん治療の実施は患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を大いに阻害するため、その向上には、がん医療全般に支持療法を導入する必要がある。導入が十分でない現状の背景因子を把握しながら、がん患者のQOLの向上を目指して支持療法を発展させ、普及の促進に役立つ形で確立させることが本研究の主目的である。支持療法が広く活用されれば、インフォームド・コンセントの実践を促し、両者が車の両輪となって、がん患者のQOLを向上させていくと考えて本研究を進めた。
研究方法
(1)がん疼痛治療にモルヒネを長期投与しても精神的依存が形成されないとの臨床的観察の背景にある生体内機序を動物実験で解明するため、ラットの下肢に起炎物質(カラゲニンまたはフォルマリン)を皮下注射して疼痛モデルを作成し、このラットと健常対照ラットとにモルヒネを継続投与した。精神的依存形成の程度は条件づけ場所嗜好性試験で評価した。また、ラットの前脳辺縁部におけるドパミンおよびその代謝物をHPLC-ECD system により測定し、ドパミン代謝回転を求めた。身体的依存についてはモルヒネ混入飼料 を1週間与えた後、突然の投与中止や漸減法での休薬により退薬症候の有無を観察した。
(2) がん患者の末期の呼吸困難感緩和に応用できる非侵襲的な胸郭外人工補助呼吸器を試作し、健常被験者9名の実験的呼吸困難感を対象に緩和効果を検討した。
(3) 低濃度笑気ガス吸入に呼吸困難感緩和作用があるとの仮説を検証するため、実験的呼吸困難感を発生させた健常被験者9名に20%笑気または20%窒素を吸入させて緩和効果を検討した。
(4) 腹腔内原発がんの末期の手術適応のない消化管閉塞症状に対するオクトレオチドの持続皮下注入の緩和効果を検討した。
(5) がん患者の神経症状の緩和を推進するため、各診療科の医師が活用できるがん脳転移の早期発見法マニュアルを作成した。
(6) がんに対する患者の有効な心理的取り組み(コーピング)を明らかにし、その予測因子を把握するため、がんを告知されている外来通院患者455名に自己記入式質問紙、Mental Adjustment to Cancer ScaleとProfile of Mood Statesへの記入を求め、心理社会的状況、初診から調査までの期間、performance status、ソーシャル・サポートの有無と種類、ソーシャル・サポートに対する満足度などについて面接調査した。がんの再発へのコーピングについては、再発乳がん患者44名に精神科診断面接を行って適応障害および大うつ病の有病率を調査し、その危険因子を検討した。
(7) がん告知率の上昇の推移と支持療法との関連を検討するため、1997年秋に埼玉県立がんセンターを退院した全がん患者258名について、病名告知や症状コントロール状況などを調査した。また、1989年以降に死亡した同センターのがん患者のうち自殺した22名について、がん告知やインフォームド・コンセントと自殺との関連を調査した。
(8) がん素因遺伝子診断に関する被験者ケアの研究の予備的調査として、世界の文献を検索して整理した。また、がん素因遺伝子診断の研究とこれを応用した診療に関連して生ずる倫理的側面を明らかにすべく、自験例での倫理的ジレンマの分析、 文献的検索 、家族性腫瘍研究会倫理委員会のもとでの学際的な検討を行った。
結果と考察
(1) ラットに起炎物質を注射すると8~11 日間疼痛が持続し、この期間内のモルヒネを投与では、対照群ラットに比べ精神的依存の形成が有意に抑制され、κ-オピオイド受容体拮抗薬により解除された。対照群へのモルヒネ投与で生じる前脳辺縁部のドパミン代謝回転の亢進は、疼痛があるラットでは有意に抑制され、κ-オピオイド受容体拮抗薬で抑制は解除された。モルヒネによる身体的依存の形成も疼痛が存在すると一部抑制され、κ-受容体拮抗薬により促進され、ダイノルフィンにより抑制された。すなわち、持続性疼痛があるラットでは、κーオピオイド受容体の活性化が起こり、それによってモルヒネ投与が起こすべき前脳辺縁系のドパミン代謝回転の促進が抑制されることを見出した。これが精神的依存発生の抑制機序であり、身体的依存形成の抑制にもκーオピオイド受容体の活性化が関与していることを把握した。この実験成績は、がん疼痛治療にモルヒネを継続投与しても精神的依存がや身体的依存が問題化しない臨床的事実の背景にある生体内の薬理学的機序と考えている。
(2) 試作した胸郭外人工呼吸器による補助呼吸時は、健常被験者の実験的呼吸困難を大幅に緩和した。その作動は患者の呼吸パターンに一致し、被験者に不快感を与えないため、末期のがん患者に応用できると考えている。
(3) 20%笑気吸入は疼痛閾値に影響せずに呼吸困難感を有意に緩和し、呼吸困難感緩和に低濃度の笑気吸入がモルヒネの代替手段となりうることが示された。20%窒素吸入は呼吸困難感も疼痛閾値も変化させなかった。
(4) 手術適応がない末期の消化管閉塞による嘔気、嘔吐が強いとほぼ全患者が経鼻胃管の挿入を必要とした。この27名に持続皮下注入したオクトレオチドは74%で著効を示し、経鼻胃管挿入の必要度を著しく減少させ、患者のQOL改善をもたらした。
(5) がん脳転移早期発見法マニュアルは、平成9年度研究報告書に記載した。
(6) がん患者のコーピングに関しては、前向きなコーピング(fighting spirit)が最良と把握され、その有意な予測因子として、同居家族の存在、良好なperformance status、医師からの心理社会面のサポートの存在、そのサポートに対する高い満足度が抽出された。乳がんの再発に対するコーピングの調査では、44名中36.4%が適応障害、6.8%が大うつ病と診断され、精神的負担が高率に認められた。その危険因子として手術から再発までの期間の短さ(<24ヵ月)がもっとも有意であり、年齢、痛み、ソーシャルサポートへの満足度も危険因子として抽出され、これらの危険因子があるときには重点的かつ予防的に介入対応する必要性が示された。
(7) がん医療全般における支持療法の導入とインフォームド・コンセント実践への取り組みを8年前から進めている埼玉県立がんセンターでは、がん患者への病名告知率が98%に上昇し、強度の精神症状の発生がが半減するなど症状のコントロールが改善し、患者のQOLに好影響を与えていた。また、がん患者の自殺率の低下につながることを示唆する所見も得た。
(8) がん素因遺伝子診断に際しての被験者ケアについての文献検索では、ハイリスク群の対処行動、リスクの受け止め方、心理社会的負担の評価、カウンセリングの効果などについて遺伝性乳がんを中心に研究が進められており、それぞれの遺伝性腫瘍についての研究へと広げていく必要性のあることが示された。倫理面の検討では、未来の医療情報を予知することの是非、個人の遺伝的特性を特定する情報の遺漏に起因する遺伝的差別、遺伝情報が親族全体に関連することによる守秘義務との関連などが重要であった。研究協力者の一人が家族性腫瘍研究に携わる医師または研究者の手引きとしてのガイドライン作成に主導的にかかわっており、被験者の人権擁護のために、社会的支援体制の確立に向けて検討を進めている。
結論
(1) がん患者の痛みにモルヒネを継続投与したときに精神的依存が起こらないとの臨床的観察の背景にある生体内の薬理学的機序を動物実験から見出した。(2) がん末期の重篤な呼吸困難感の緩和における胸郭外人工補助呼吸器を試作し、その有効性を実験的に検証した。(3) 低濃度笑気ガス吸入が呼吸困難感を解消させることを実験的に確認した。(4) 手術適応のない消化管閉塞症状にオクトレチドが著効を示すことを検証した。 (5) がん患者の神経症状からの解放を促進するため、脳転移早期発見法マニュアルを作成した。(6) がんに対する望ましいコーピングとして患者の前向きの取り組み(fighting spirit)が最良であることが示されたので、その予測因子を抽出した。がんの再発へのコーピングの調査では、適応障害や大うつ病が高い頻度で見出され、その危険因子を抽出し、重点的かつ予防的な介入の要性を示した。(7) インフォームド・コンセントと支持療法への取り組みの強化が、患者のQOLうぃ向上させることを示した。 (8) がん素因遺伝子診断に際しての被験者と親族のケアのあり方と倫理面の諸問題の対策の研究に着手し、論点を整理し、研究進展の基盤作りを行った。(9) 他にオピオイド鎮痛薬と非ステロイド性消炎鎮痛薬の併用の有用性と安全性、継続的院内教育研修プログラムが痛みの看護ケア推進に不可欠なこと、訪問看護婦能力開発にあたっての研修法の改善策についても検討した。

公開日・更新日

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研究報告書(紙媒体)