機能を温存する外科療法に関する研究

文献情報

文献番号
199700535A
報告書区分
総括
研究課題名
機能を温存する外科療法に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
海老原 敏(国立がんセンタ-東病院)
研究分担者(所属機関)
  • 小宮山荘太郎(九州大学医学部)
  • 波利井清紀(東京大学医学部)
  • 武藤徹一郎(東京大学医学部)
  • 鳶巣賢一(国立がんセンタ-中央病院)
  • 佐々木寛(東京慈恵会医科大学)
  • 野口昌邦(金沢大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
64,650,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は、がん治療にあたって生存率をさげることなしに、治療後の種々の障害を軽減してQOLの向上を計ることにある。1)頭頸部がんでは、喉頭を温存する外科療法について検討する。本年は、特に喉頭に浸潤した下咽頭がんに対して喉頭・下咽頭部分切除を行い、喉頭の機能を温存する術式の結果と今後の手技の確立、適応と限界について検討する。2)新しい他覚的味覚検査法の開発・実用化を通して味覚障害の実態を正確に評価し、がん治療における味覚障害の治療・予防に役立てることを目的とした。3)新しい手技と器材を利用した機能と外貌の回復に関する研究は、新しい骨延長の手技を導入し、手技の開発と評価を行った。4)直腸がんでは、結腸パウチ作製の手段を用いてneorectumの容量を増加させる術式を導入し、術後の便失禁に対する対策と評価を検討した。5)膀胱全摘時に前部尿道を温存し、(自然排尿型)新膀胱形成術が安全に実施できる症例の選択に関する検討を行った。6)婦人科がんでは、悪性腫瘍の手術に内視鏡を用いる手技の確立を目指した。7)乳がん手術における腋窩リンパ節郭清に伴う合併症への対策では、前哨リンパ節生検(Sentinel lymphadenectomy)について検討した。
研究方法
1)頭頸部がんにおいては、これまで開発された機能温存手術の適応と限界について検討すると共にさらに中咽頭がんに対する新しい術式を開発する。いずれの術式についても、その適応と限界を明確にすることを目的として、臨床例で施行した。治療法について、放射線治療等の他の治療法についても十分に説明した上で同意を得て行った。2)超伝導量子干渉装置(SQUID)を使って、空気圧によるヒト口腔の知覚刺激に対する誘発磁気反応を、また味液を舌に供給する装置を用いて味液に対する誘発磁気反応を記録した。口腔内を蒸留水にて還流しながら特定時間のみ味刺激を加える装置を用いて、ヒトの頭皮上から4 基本味について味覚誘発電位を記録した。3)現在、四肢長管骨において一般的に行われるようになった仮骨延長法(いわゆるIllizalov法)を下顎骨などの顔面膜様骨に応用し、骨移植を行わない、あるいは最小限の骨移植にとどめ、新生仮骨の骨化による骨部の再建術を行った。骨延長器はスクリューに装着し、2 週間の待機期間後に1 日0.9 mmの速度で延長した。 8~16週間の待機期間後にX線上で骨形成を確認し、延長器を除去した。4)直腸がん患者29例を対象とし、結腸嚢作製例(パウチ再建)15例と従来の再建例(ストレート再建)14例について、術後6 カ月での排便機能の評価を行った。5)膀胱全摘時に、前部尿道がんが発生する可能性が高いと判断されたため前部尿道まで合併切除した52例を対象として、膀胱がんの病態別に、前部尿道がんの存在の有無と膀胱がんの形態、分布との相関について検討した。6)平成9 年度は子宮頚がんのIa期に対して、腹腔鏡内リンパ節郭清術と腟式準広汎性子宮全摘術を組み合わせ、新術式の開発と、診断・治療上の意義を検討した。7)1 %のPatent blue、4 ~6 mlを乳癌腫瘤の周囲に注入し、5 分後、皮膚切開を加え、大胸筋外縁にて脂肪組織より色素に染まったリンパ管を求め、色素に染まったSLN を求め切除する。SLN を分割し、捺印細胞診と凍結組織検査を行うと共に固定組織検査も行う。
結果と考察
1)喉頭・下咽頭双方の切除をし、その欠損部を再建する新しい術式を施行した症例は5 例となった。いずれの症例でも経口摂取は可能で誤嚥が問題となる症例はなった。中咽頭の側壁を合併切除し、中咽頭、下咽頭の欠損を遊離空腸
で、喉頭内腔を局所皮弁で再建した1 例、再建にもちいた前腕皮弁の辺縁に壊死が生じ創治癒に時間を要したものを除き、3 例は極めて順調な経過であった。術後、気道が狭めで気管切開孔の閉鎖に時間を要したものが2 例に認められた。5 例のうち2 例は、再発なく良好な経過をたどっているが、1 例に局所再発を来し、喉頭を切除した。肺転移は3 にみられ、うち1 例は、1 年9 月後に遠隔転移のため死亡した。
2)SQUIDを用いたヒト口唇、頬粘膜、舌の知覚刺激に対する誘発磁気反応から大脳知覚野での機能マッピングに成功した。また食塩水に対する反応は大脳島部に存在し、動物実験で確認されている大脳味覚領野と一致した。蒸留水に対する反応から舌の触感覚は島部外側の大脳弁蓋部で別に処理されていた。触覚を除外した味覚誘発電位の導出は可能かつ再現性があり、濃度ー振幅関係より味覚の認知レベルの定量的評価および障害後の認知レベルの推定も可能と考えられた。
3)8 症例(上顎腫瘍3 例、舌・口腔底腫瘍5 例)について本法を施行し良好な結果を得た。下顎骨の延長では、下顎骨自体の延長による咀嚼機能の回復とともに、拘縮した筋肉や粘膜軟部組織の拡大され全体的な機能回復が得られた。延長は、移植骨例(主として血管柄付き移植骨)と骨折後萎縮例に行ったが、義歯インプラントの植立が可能となり良好な結果を得た。
4)結腸パウチ作製術式導入により、術後1 日平均排便回数の低下と便失禁頻度の低下傾向が認められ、便意保持可能時間の延長が認められた。また、パウチ作製例で直腸最大耐容量の増加が認められた。なお、肛門管最大静止圧については、パウチ例と通常のストレート例との間に有意差を認めなかった。直腸がん患者に対し、術後の排便機能障害を抑制する目的で結腸を用いたパウチ作製術式を導入した。技術的安全性の観点から、パウチ作製術の利点としては、端側吻合であるため、良好な吻合部血流が得られること、直腸切除後の小骨盤腔死腔が小さいこと、などが挙げられる。
5)膀胱がんに対する膀胱全摘術を実施する時点で、同時に前部尿道に病巣が存在する症例の特徴として、上皮内がんが内尿道口から前立腺部尿道にまで連続的に進展した症例であることが指摘された。
6)子宮頚がんI期8 例、体がん2 例に腹腔鏡下骨盤内リンパ節郭清術を施行した。腹腔鏡下骨盤内リンパ節郭清術は、手術時間が長いという欠点はあるが、侵襲合併症とも少くかつ郭清度も十分であり、良好な術式と考えられた。
7)SLN を同定しえた41例中、ホルマリン固定組織検査で18例のSLN に転移を認めたが、3 例はSLN に転移を認めないものの郭清した腋窩リンパ節に転移が認められ、他の20例にはSLN および郭清した腋窩リンパ節に転移を認めなかった。SLN の凍結組織検査による診断率は正診率78%、敏感度57%、特異度100 %であった。一方、SLN の捺印細胞診による診断率は、正診率82%、敏感度70%、特異度100 %であった。
結論
1)喉頭と下咽頭を部分切除し、その欠損を自己組織の遊離移植により再建する術式の術後機能に関する安全性、機能の良好さは、これまでの5 例の経験でほぼ証明できた。2)SQUIDならびに誘発電位法を用いることにより、味覚の他覚的定量的評価が可能であることが判明した。3)仮骨延長法(いわゆるIllizalov法)を用いて、頭頚部がん切除後の下顎骨を主とする顔面膜様骨の変形・欠損の治療を行い、良好な形態と機能の獲得に成功した。4)結腸パウチ作製を用いた再建術式は、直腸がん患者のQOL向上に有用であると考えられた。5)膀胱上皮内がんが内尿道口から前立腺部尿道に進展している症例では、同時に尿道全摘術を実施したほうが安全であると言える。6)腹腔鏡下リンパ節郭清と膣式子宮全摘により患者の負担は軽減される。7)SLN 生検は腋窩リンパ節転移の診断に有望であるが、SLN を正確に同定することが肝要であると考えられた。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)