細胞増殖および細胞接着の制御によるがん遺伝子治療法の開発

文献情報

文献番号
199700534A
報告書区分
総括
研究課題名
細胞増殖および細胞接着の制御によるがん遺伝子治療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
高久 史麿(自治医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 清水信義(慶應義塾大学医学部)
  • 濱田洋文(癌研究会癌化学療法センター)
  • 今井浩三(札幌医科大学医学部)
  • 平井久丸(東京大学医学部)
  • 西尾和人(国立がんセンター研究所)
  • 間野博行(自治医科大学)
  • 石坂幸人(国立国際医療センター研究所)
  • 佐藤裕子(国立国際医療センター研究所)
  • 湯尾明(国立国際医療センター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
22,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
細胞の増殖やアポトーシスを制御するさまざまの液性因子や細胞同士の接着に関与する接着分子などは、現代の細胞生物学の中心的課題であり、がん細胞においてもこれらの事項はきわめて重要である。本研究においては、このような細胞生物学的な現象をつかさどる分子の遺伝子や遺伝子産物を用いて、新しく有効ながんの遺伝子治療法を開発することを目指す。
研究方法
細胞は遺伝子導入に使われうるさまざまのヒトおよびマウスの培養細胞株もしくはヒトの正常血球を用いた。遺伝子導入は、アデノウイルス、レトロウイルス等のウイルスを用いた系や、リポゾームを関した系、膜受容体へのモノクローナル抗体を介したイムノジーン法などを用いた。増殖は生細胞数の算定やコロニーアッセイなど、アポトーシスは形態評価やDNA断片化などによってそれぞれ同定した。一部の研究においては、モノクローナル抗体の抗腫瘍効果をヌードマウスに移植した腫瘍細胞を用いて評価した。遺伝子発現調節系はテトラサイクリン反応性プロモーターを用いて構築した。染色体分析はFISH法などを用いた。アンチセンスはホスホロチオエート型の修飾体を用いた。
結果と考察
1.EGFレセプターに対するモノクローナル抗体のFv断片のcDNAをクローニングし、オリゴリジンとの融合一本鎖抗体をメタノール資化酵母発現系で大量生産した。このように作成した遺伝子組換え型の人工一本鎖抗体はポリリジンの存在下においてEGFレセプター発現細胞への遺伝子導入作用を有した。
2.レトロウイルスを用いてグリオーマ細胞のFasの発現を高めると、抗Fas抗体によるアポトーシスの程度が増強した。一方、レトロウイルスを用いてグリオーマ細胞にFasリガンドを導入すると、Fasの発現の高い細胞では容易にアポトーシス耐性の形質を獲得することが明らかになった。アデノウイルスによるFas、Fasリガンド遺伝子の両者の導入もしくはFADD遺伝子単独の導入は多くの神経腫瘍細胞株で殺細胞効果を有した。
3.ある種の抗ErbB-2キメラ型モノクローナル抗体は、ヒト胃がん細胞株に対してin vitroで著明な増殖抑制と殺細胞効果を示し、DNA断片化等の検討によりがん細胞のアポトーシスが惹起されていることが判明した。また、ヒト胃がん細胞株を移植したSCIDマウスに、この抗体を投与すると、腫瘍接種と同時に投与しても腫瘍が十分に増大してから投与しても、顕著な腫瘍縮小効果を示した。
4.純化したヒトCD34陽性細胞上にはアデノウイルス受容体の発現はわずかであったが、サイトカイン処理によってその発現が誘導された。アデノウイルスを用いた遺伝子導入によって外来性EGFレセプターを発現したヒト造血幹細胞は、EGF存在下の5日間の培養によってコロニー形成細胞のレベルで約5倍に増幅され、その間にきわめて未熟な造血幹細胞(LTC-IC)の維持も可能であった。
5.リポソーム化したアデノウイルスDNAは、ヒト血清存在下においても低効率ながら培養細胞(E1A陽性293細胞)に導入された。また、遺伝子導入された293細胞においてはアデノウイルスが放出され、さらなる感染が誘導された。
6.リガンド結合領域を欠失したFasとタモキシフェン特異的に結合する変異エストロジェン受容体の融合遺伝子をレトロウイルスベクターを用いてマウス線維芽細胞に導入して発現させると、タモキシフェン特異的にFas蛋白の活性化が生じ、この細胞のアポトーシスが誘導された。一方、同細胞は生理的濃度のエストロジェンに対しては反応しなかった。
7.ヒト線維肉腫細胞株にテトラサイクリン反応性プロモーターとHIVアクセサリー遺伝子VPRを導入したところ、VPRの発現によってDNA量が4Nから8Nへと増加した。この変化は短期的にVPRを発現させた場合には可逆的であったが、繰り返しVPRを発現させることにより細胞のDNA量は4倍体化した。
8.t(1;12)(q25;p13)を有するヒト急性前骨髄性白血病細胞株を用いて、この染色体転座の切断端に存在する遺伝子を同定したところ、1番染色体側の責任遺伝子がARG(ABL-related gene)、12番染色体側の責任遺伝子がTELであることが明らかになった。
9.細胞内cAMPの上昇に反応して活性化される転写因子CREBのアンチセンス(20量体、ホスホロチオエート修飾体)を、全長cDNAの広い範囲に渡って合成してヒト白血病細胞株HL-60に対する作用を検討したところ、3種のアンチセンスが強い増殖抑制作用を有しそのセンスオリゴには全く作用が認められなかった。また、このようなアンチセンスは治療抵抗性の患者白血病細胞の増殖も強く抑制した。
以上より、さまざまの種類のがん細胞において、特定の遺伝子導入や特定の抗体が細胞のアポトーシスや増殖抑制を誘導することなどが明らかにされ、がんの遺伝子治療法の新しいモデルがいくつか示された。今後は、これらの実験系が臨床応用につながるような具体的な研究の推進が重要であると考えられた。また、得られた結果の中には全く新しい知見もあり、その機序の解析などの基礎検討も併せて進める必要があると考えられる。
結論
本研究により、さまざまの細胞の系において有効な遺伝子導入とその遺伝子産物の発現、ならびにその生物学的作用の発揮が可能であることが明らかになった。また、導入した遺伝子の作用を介してがん細胞のアポトーシスを誘導できる系もいくつか確認された。また、モノクローナル抗体を介した殺がん細胞や、遺伝子導入を用いた造血幹細胞の体外増幅法も開発された。

公開日・更新日

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