がんに伴う遺伝子変化を標的とした治療法の開発

文献情報

文献番号
199700533A
報告書区分
総括
研究課題名
がんに伴う遺伝子変化を標的とした治療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
斎藤 貴生(国立病院九州がんセンター)
研究分担者(所属機関)
  • 斎藤貴生(国立病院九州がんセンター)
  • 中別府雄作(九州大学生体防御医学研究所)
  • 河野彬(国立病院九州がんセンター)
  • 船越顕博(国立病院九州がんセンター)
  • 眞柴温一(国立病院九州がんセンター)
  • 井口東郎(国立病院九州がんセンター)
  • 和田守正(九州大学医学部)
  • 秋吉毅(九州大学生体防御医学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
多重がんにおけるミスマッチ遺伝子異常の解析と治療法への応用:多重がんにおけるミスマッチ遺伝子異常の関与について解析し、多重がんの治療戦略に役立てる。ヒトがん細胞におけるDNA修復酵素の発現と機能異常の解析:活性酸素によるDNA障害の修復異常とがん発生の関連を解析し、そのような遺伝子異常を有するがん細胞を標的とした抗がん剤の開発に役立てる。増殖因子受容体遺伝子のメチル化とがん細胞増殖についての解析:細胞増殖に関与する受容体遺伝子のメチル化による同遺伝子の発現変化を調べ、がん細胞の増殖、進展,転移との関連を検討し、がん治療に反映させる。ヒト膵がん細胞におけるCCK-A型レセプターの遺伝子発現と構造異常の解析: 膵がん細胞におけるCCKAR遺伝子の発現機構を解析し、膵がんの治療応用の可能性を検討する。増殖因子およびシグナル伝達系阻害による治療法の開発:シグナル伝達系阻害剤、増殖因子阻害剤、トキシンなどを併用し、放射線や化学療法に低感受性の腫瘍に対する治療法を開発する。骨転移機構の解明と治療法の開発: 骨転移の機構を解析し、その理論に基づいて骨転移の予防や治療法を開発する。これにより患者のQOLの向上に役立てる。薬剤耐性関連遺伝子の活性化機構の解析と化学療法への応用:ATP結合カセット(ABC)スーパーファミリー遺伝子群から耐性獲得マーカーを見出す。MDR1などの耐性遺伝子の発現亢進機構を解析する。これにより適切な化学療法および耐性克服法に役立てる。消化器がんにおける腫瘍拒絶抗原遺伝子発現の解析と治療への応用:腫瘍拒絶抗原に対する特異的CTLのin vitroおよびin vivoでの誘導ならびにその抗原を用いたワクチン療法の有効性を検討し、新しい治療法を開発する。
研究方法
多重がんにおけるミスマッチ修復遺伝子異常の解析と治療への応用:多数例の各種臓器がんの新鮮及びパラフィン包埋標本をバンクシステムなどで集積し、多重がんと非多重がんに群別する。多数の検体を処理可能にするためPCR法を中心とした解析系を確立し、実験間の誤差を解消するため蛍光ラベルしたプライマーを用い、解析はDNAシクエンサーで行う。RERの検出を行う。ヒトがん細胞におけるDNA修復酵素の発現と機能異常の解析: 8-オキソグアニンの修復に関わる8-オキソグアニンDNAグリコシラーゼ(OGG1)について、組み換え蛋白質の発現系を確立してOGG1の作用機序を生化学的に解析し、組み換え蛋白質に対する特異的抗体を作成しヒト培養細胞内でのOGG1の発現と局在を明らかにする。また、OGG1遺伝子欠損動物モデルを作成し、OGG1欠損や発現異常が発がんや化学療法にどのような影響をもたらすのかを解析する。増殖因子受容体遺伝子のメチル化とがん細胞増殖についての解析:ラット、マウスのCCKAR遺伝子のプロモーター領域のメチル化を、親、胎児について解析し、ついで、ヒトの膵臓がん、胆嚢がん細胞のCCKAR遺伝子のメチル化を正常のそれと比較して解析する。他の増殖因子レセプターのメチル化とその発現変化について解析する。ヒト膵がん細胞におけるCCK-A型レセプター遺伝子発現と構造異常の解析:培養正常膵管細胞および膵がん細胞のCCKAR遺伝子の遺伝子発現および構造について解析し、プロモーター領域を含めた構造異常とがんとの関連について検討する。増殖因子およびシグナル伝達系阻害による治療法の開発:エレクトロポレーションを利用することによりトキシ
ンを、直接またはレセプターを介して、がん細胞内に移入することによる増殖抑制効果を研究する。各種ヒトがん細胞にトキシンを添加し、直流電圧の併用による細胞障害効果の増強効果を調べる。骨転移機構の解明と治療法の開発:骨転移モデルHARA細胞はPTHrP以外にIL-1α、GM-CSFを産生しており、これらサイトカインに対する抗体やアンチセンスを用いてその骨転移への影響を検討する。薬剤耐性関連遺伝子の活性化機構の解析と化学療法への応用:MDRIおよびABCスーパーファミリー遺伝子のプロモーター領域のメチル化と薬剤感受性形質との相関を検討する。メチル化の有無は、メチル化感受性制限酵素Hpaなどで断片後のサザン・ブロット解析で行う。消化器がんにおける腫瘍拒絶抗原遺伝子の発現の解析と治療への応用:各種消化器がんについて、腫瘍特異抗原遺伝子MAGE, BAGE, GAGEの発現を検討し、さらに、12のMAGE遺伝子ファミリーについても検索する。健常人およびがん患者のPBMCを用いて、各種の抗原ペプチドによる特異性CTLの誘導をin vitroおよびin vivoにおいて検討する。腫瘍拒絶抗原ペプチド、特にMAGEペプチドを用いて各種消化器がんに対するがんワクチン療法の可能性について検討を進める。
結果と考察
多重がんにおけるミスマッチ遺伝子異常の解析と治療への応用:九州がんセンター臨床各科の参加の下に各種臓器がんの切除標本およびその核酸を系統的に冷凍保存する臓器・核酸バンクを設立し、新鮮材料を集積中である。過去25年間の多重がん症例をリストアップし、そのパラフィンブロックの集積を終えている。多数例の凍結標本ならびにパラフィン包埋切片からDNAを抽出しつつある。RERの検出には、多数例での測定をより簡便に行うため蛍光法を導入し、その測定システムを確立した。食道がん症例を用いて従来のRI法と蛍光法の比較を行い、蛍光法の結果がRI法のそれとよく一致して、蛍光法が簡便かつ十分な信頼性を有することを確認した。ヒトがん細胞におけるDNA修復酵素の発現と機能異常の解析:ヒトには、OGG1mRNAのスプライシングの違いにより少なくとも4つのOGG1タンパク質が存在することが明らかになったが、そのうちの2つについては核型とミトコンドリア型であることを証明できた。さらに、マウス遺伝子の解析を進め、標的遺伝子組み換えによるOGG1遺伝子欠損胚性幹細胞株を樹立した。増殖因子受容体遺伝子のメチル化とがん細胞増殖についての解析、およびヒト膵がん細胞におけるCCK-A型レセプターの遺伝子発現と構造異常の解析: 胆石症患者の胆嚢でのCCKAR発現低下を見出した。ヒト膵がん組織でCCKAR発現を確認した。ラット膵がん細胞CCKAR遺伝子プロモーター領域のメチル化と同遺伝子発現の逆相関を発見した。増殖因子およびシグナル伝達系阻害による治療法の開発:EGFレセプターを高密度に発現しているヒトがん細胞(A431)、C-erbB-2遺伝子増幅の認められるヒト胃がん細胞(MKN-7)などに、チロシンキナーゼ阻害剤として、herbimycin A, emodinを作用させ、著明な増殖抑制効果、細胞内チロシンキナーゼ活性低下を認めた。作用機序としてアポトーシスが示唆された。ジフテリアトキシンとエレクトロポレーションの併用により、ヒト各種がん細胞株の増殖抑制を観察した。骨転移機構の解明と治療法の開発:HARAを用いたヌードマウス骨転移モデルにおいて、その骨転移成立にPTHrPが重要な役割を担っており、抗PTHrPモノクローナル抗体の投与により骨転移が抑制されることを明らかにした。本骨転移モデルにおいてはIL-1αの関与が少ないことを明らかにした。薬剤耐性関連遺伝子の活性化機構の解析と化学療法への応用:ヒトMDR1遺伝子プロモーター部位のメチル化と遺伝子発現が逆相関することを培養細胞系で明らかにした。acute myeloblastic leukemiaの検体を用いて、この逆相関が臨床上でも認められることを明らかにした。消化器がんにおける腫瘍拒絶抗原遺伝子発現の解析と治療への応用:MAGE遺伝子が胃がん、食道がん、肝がん等で高頻度に発現しており、このMAGEペプチドにより健常人、さらにがん患者の末梢血単核球から特異的CTLが誘導されるのを見出した。日
本人に多いHLA-A24拘束性のMAGE-1およびMAGE-3ペプチドの同定に成功した。MAGE-3,A1およびMAGE-3, A24ペプチドを用いて、進行消化器がん患者に対してDCワクチン投与を行い有効性が示唆された。
結論
多重がんにおけるRER測定では、RERの多重がん発生の予知指標としての意義を検討し、重点的フォローアップ体制を含めた多重がんの治療戦略に役立てることを目指す。DNA中の8-oxo Gの修復に関わる8-oxo G DNAグリコシラーゼをコードするOGG1遺伝子については、その発がんとの関連を明らかにすることがまず必要であり、OGG1遺伝子欠損マウスを作成中である。因みに、グアニンヌクレオチドの酸化体8-oxo dGTPの分解活性を持つもつMTHI蛋白質を欠損するマウスでは、胃がんなどが発生することを認めている。CCKARの発現に脱メチル化が関与していることがラット胎児・親膵の解析で見出された。膵がん細胞での両者の関係をさらに明確にする必要があるが、このことは、治療への応用の可能性を示唆している。シグナル伝達系阻害剤などの単独での治療効果は十分でなく、他の同様なメカニズムに基づく治療法との併用が必要である。In vitroでは併用効果が確認されたので、In vivoでの効果を明らかにしていく予定である。骨転移モデルに用いるHARA細胞はPTHrP以外にIL-1α、GM-CSFを産生しているので、その骨転移成立への影響を調べたが関与は見られなかった。今後、骨転移成立に関連した因子を標的とした治療法の開発を目指す。ヒトMDRI遺伝子が耐性細胞株で発現亢進する機構として、プロモーター領域の脱メチル化が関与していることを明らかにした。今後、脱メチル化とMDRI蛋白出現の時期的関連などを解析し、薬剤感受性のマーカーとして意義を検討する。MAGEを用いたがんワクチン療法にはdendritic cellを用いるなど独自の工夫がなされた。また、日本人に多HLA-A24拘束性のMAGE-1およびMAGE-3ペプチドを同定して、その適応範囲を広くする工夫も行った。臨床例での治療は2例にすぎないが、今後、治療症例を増やし検討する必要がある。

公開日・更新日

公開日
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更新日
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