がん情報の体系化に関する研究

文献情報

文献番号
199700532A
報告書区分
総括
研究課題名
がん情報の体系化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
山口 直人(国立がんセンター)
研究分担者(所属機関)
  • 水島洋(国立がんセンター)
  • 新海哲(国立がんセンター)
  • 小山博史(国立がんセンター)
  • 大橋靖雄(東京大学医学部)
  • 田中英夫(大阪府立成人病センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
65,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
我が国のがん患者5年生存率は、がんセンター等の高度専門施設で約60%、医療機関全体では約40%と差があり、全国どの医療機関でも最新、最善の標準的治療法が受けられる環境を作ることが治癒率向上にとって重要である。本研究班では、安全かつ質の高い多施設共同臨床試験を推進し、標準的治療法を確立すること、臨床試験の結果を始め、各種のがんに関する情報をがん情報サービスとして全国に普及すること、特に、治療法や検査法等を、コンピュータ技術を駆使して視覚的に提示したり、テレビ会議システムやビデオサーバ等を駆使して迅速に情報交換するシステムの構築を目指す。さらに、全国の医療施設からがん患者データを収集・解析して、がん診療の実態を把握することを目指す。
研究方法
多施設共同研究であるJapan Clinical Oncology Group (JCOG)のデータセンター機能の運営を担当し、それに必要な情報システムの開発、データベースの構築とその解析を通じて、臨床試験の安全性、科学性の評価を行う。がん情報サービスとして、「一般向けがん情報」の内容の充実とともに、「医療従事者向けがん情報」の編集、体系化として、がんの専門的解説とともに、JCOGプロトコール、がんの統計をインターネット上で公開するシステムを構築する。システム面では、電話による音声応答システムの改善、がん情報サービス検索システムの構築を進める。治療手技や検査手技を3次元画像として視覚的に提示することを目的として、仮想臓器を仮想空間上に提示するシステムを構築し、それを用いて医師、患者等に仮想体験を提供する具体的方法の検討を行う。また、医療従事者同士が迅速に情報交換を行うための各種のテレビ会議システムを相互接続したり、インターネットに中継するためのシステムを構築し、また、ビデオサーバを利用してセミナー等を放映するシステムの構築を進める。がん患者の日常診療と治療経過を標準化された形式で収集、整理して、がん診療の実態を分析するための情報基盤を整備するために、院内がん登録のシステム化、その集合体として全国がん患者データベースの構築を進める。
結果と考察
JCOGデータセンターでは、平成9年の1年間で649例の新規症例登録を受け付け、累積症例数は10,694症例となった。患者登録中の28試験、登録終了後追跡中の24試験、合計52試験のデータ管理を行っている。本年度は、試験の安全性を保証するための定期モニタリングの強化を目指し、特に重篤な有害事象の発生状況の把握を行った。プロトコール治療が終了または中止された1,373症例のうち、プロトコール治療が完了したのは700症例(51%)に過ぎず、残りの症例は、プロトコール治療が何らかの理由で中止されたことが明らかとなった。その主な理由は、原病の悪化・再発322症例(23.5%)、患者の拒否126症例(9.2%)、副作用による中止107症例(7.8%)の順であった。安全性の面で特に問題となる治療違反は8症例、治療開始後に適格性基準を満たさないことが判明した症例は13例であった。また、重篤な有害事象の可能性が高い、治療中死亡症例は41症例、治療終了後30日以内に死亡した症例は9例あり、合計50症例について、治療関連死の可能性がないか、検討を行った。医薬品の臨床試験実施基準(いわゆるGCP)が国際基準へと引き上げられ、臨床試験で管理するデータの品質保証が強く求められるようになったのに対応して、データ管理の品質向上と効率化を実現するシステム構築を行った。本年度は、現状システムの問題点を分析し、それを解決するために最適なシステムの設計を行った。
がん情報サービスのうち、「一般向けがん情報」は、平成9年度までに48のがんについて、副作用、リハビリテーション、緩和療法に関する情報提供を19テーマについて開始した。医療従事者向けがん情報サービスは、一部は公開しているが、情報の充実を目指し、内容の編集・体系化を行った。平成9年度は、「がんの統計」をインターネット上で公開するための準備を行い、近日中に提供を開始する。JCOGプロトコールの内容を3ページ程度にまとめる作業を行い、1998年5月には公開を開始する予定である。がん情報サービスへのアクセス数は、1998年2月の1ヶ月間でインターネットが約6万件と最も多く、著しい伸びを示した。
仮想臓器として、脳中枢神経系、肝臓、胃をポリゴンファイル、VRMLファイルとして作成し、そこに脳腫瘍、肝臓がん、胃がんを3次元的に提示するシステムを構築した。さらに、仮想臓器をデジタル動画としてネットワーク上で提示するシステムを構築した結果、現状の毎秒10メガビットネットワークでは、仮想臓器を提示するまでのロード時間がかかりすぎ、実用化には画像圧縮技術の研究導入の必要性が判明した。また、医師、患者に情報提示を試みた結果、利用目的によって個別的な画像処理が必要であることが明らかとなった。多地点テレビ会議システムを利用した情報交換をさらに改善する目的で、ビデオサーバを用い、インターネット上で公開するシステムを開発した。また、多地点テレビ会議システムによるセミナーを同時にインターネット上に中継するシステムも開発した。
各医療施設で実施されている院内がん登録において最小限達成すべき共通目標を検討し、がん患者の実数把握が可能であること、生存率を算出できること、可能な範囲で治療法が把握できることの3点を共通目標として達成すべきこと、そのために必要なデータとして、患者基本情報、診断詳細情報、転帰に関する情報を最低限、収集すべきこと、これらの情報は患者単位、イベント単位、そして、診断名単位という階層構造を持つために関係型データベースなどのシステム導入が不可欠であることが明らかとなった。
がん診療支援として提供可能ながん情報は、患者単位、検査単位の「データ」、その解析を通じて得られる「証拠」、そして「証拠」の総合としての「解説」に分類できる。「解説」は専門家の高度な知識処理を経ている点で、それを受け取る側に専門的知識がなくても理解できるような配慮も可能で、がん情報サービスはその典型である。「証拠」は通常、科学論文、統計資料などの形式で公表される。「解説」よりも一段階だけ知識処理レベルが低い分だけ、情報の受け手にそれを解釈して利用する能力が求められる。「証拠」よりもさらに処理レベルが一段階低い「データ」は、がん患者データベースやがん臨床試験の患者データベース、あるいは医用画像データなどが典型であり、それ自身は情報提供する意義は大きくない。「データ」から「証拠」を作り出すプロセスは、一定のプロトコールに基づいて行われる実験、観察データを統計解析する疫学研究や臨床研究、稀少例、典型例などの事例提示という3種類が考えられる。本研究班で取り組むがん臨床試験は実験に分類され、最も信頼性が高く、そこから得られる「証拠」は、直ちに専門化向けに情報提供しても評価に耐えられるものである。また、がん患者データベースの解析を通じて得られる「証拠」は信頼性としては臨床試験に及ばないが、統計資料として情報提供する意義は十分にある。マルチメディア情報提供システムで取り組む仮想臓器のデータベースは事例を作成する知識処理プロセスに位置づけられる。「証拠」から「解説」を作り出す知識処理プロセスは、専門家の高度な知的活動に依存するものであるが、その基となる「証拠」を系統的に収集して、この知識処理を支援することが、より質の高い「解説」を提供するために重要である。また、本研究班で取り組むマルチメディア情報提供システムは事例を基にした新しい「解説」の形態として注目すべきものである。
がん対策へのがん情報の有効活用という視点から見れば、「データ」から「証拠」を、そして「証拠」から「解説」を作り出すプロセス自身を体制として整備することが必要であり、がん臨床試験データセンターとしての研究、全国がん患者データベースの構築などはその視点から進めるべきものである。また、がん情報サービス、マルチメディア情報提供システムも、系統的かつ信頼性の高いプロセスによって「証拠」から「解説」を作り出す方法の研究として、がん情報の体系化の中で位置づけられるべきものである。
結論
がん治療成績の向上を始め、広くがん対策全般にがん情報を効果的に活用することを目指して、がん情報の体系化に関する研究を行った。具体的には、がん臨床試験の安全性と結果の品質を保証するためのデータ管理の検討とシステム構築、がん情報サービスによる情報提供の体系化、マルチメディア情報提供システムの開発、全国がん患者データベースの構築に取り組んだ。がん情報を、患者単位、検査単位の「データ」、「データ」の解析、編集を通じて求められる学術論文などの「証拠」、そして「証拠」の総合としての「解説」という3つのレベルに整理した場合、「データ」から「証拠」を、そして「証拠」から「解説」を作り出すプロセスの質を保証することが、がん情報の体系化にとって最も重要な課題であり、「データ」や「証拠」を系統的かつ継続的に収集する体制、さらにそれらを解析、編集する体制を整備することが必須である。

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