新しい外科手術療法の開発

文献情報

文献番号
199700531A
報告書区分
総括
研究課題名
新しい外科手術療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
森谷 宜皓(国立がんセンター中央病院)
研究分担者(所属機関)
  • 成毛韶夫(国立がんセンター中央病院)
  • 笹子充(国立がんセンター中央病院)
  • 渡邊昌彦(慶應大学医学部)
  • 横田敏弘(国立がんセンター中央病院)
  • 藤元博行(国立がんセンター中央病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
30,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
病巣の完全切除が固型がんに対する外科治療のrationaleである。同時に外科治療は臓器廃絶や機能欠損を回避できない治療法でもある。従って採用術式の腫瘍学的効果、発生しうる合併症や機能障害の評価を科学的に行い、手術法の功罪を明らかし進行度に応じた過不足ない新しい術式を確立することは極めて重要である。肺がん、胃がん、前立腺がん、大腸がんを対象に、1)en-bloc郭清や切除断端の確保など局所根治性の高い新しい術式の確立、2)内視鏡や鏡下手術における新しい器具の開発、安全性や教育システムの確立、3)既存の手術法を科学的に再検討し、evidence-based surgeryの確立を計ることにある。また、消化器がんに対するリンパ節郭清の意義に関する研究班 "外科的療法の国際比較による客観的評価"で行われたオランダでの胃がん、直腸がんに対する臨床試験の追跡調査を行い最終的を結論を出す。
研究方法
1)胃がんに関して:オランダ、ライデン大学との共同研究でD2とD1の比較試験(1989-93年)を行い、1078症例が集積され適格例は996例で治癒切除はD1=380例、D2=331例であった。術式間の合併症、手術死亡の要因に関する多変量解析と生存率、累積再発率の解析が行われてきた。今年度は生存率の最終解析を行った。2)内視鏡、鏡下手術に関して:転移性肺がん、大腸がんに対する鏡下手術の応用は拡大すると予測される。大腸がん127例の鏡下手術例の手術適応が検討された。肺がんの基本術式である肺葉切除+縦隔郭清を安全かつ確実に遂行するために必要な各種手術器具の開発を行った。大腸腫瘍に対する内視鏡的粘膜切除(EMR)の適応拡大に関する研究が進められた。結節集簇型大腸腫瘍は右側結腸と直腸に好発し水平方向に発育する傾向を持ち外科的に切除されることが多い。そこで、結節集簇型217病変の治療法、腫瘍径、再発率を検討した。3)前立腺がんに関して:Santorini静脈叢を束化処理する逆行性全摘術を基本術式として来た。この手術を受けたpT2及びT3症例135例の切除断端を術者別、臨床病理学的に検討した。4)直腸がんに関して:自律神経温存術式を受けたオランダ人直腸がん47例の手術侵襲及び合併症などのfeasibilityの検討は終了し、平成10年1月のBrit.J.Surg.に論文が発表された。今年度は術後2年半時点でのDukes分類別再発状況を調査した。オランダでの手術経験を通して、直腸がんに対する手術法、特にリンパ節郭清に関する考え方は欧米と我が国の間には大きな相違があることがより鮮明になった。そこでリンパ節郭清の有効性を検証する目的で側方郭清を伴う自律神経温存術(D3)対直腸間膜切除(TME)の無作為化比較試験が必要である。
結果と考察
がん外科治療において生存率と機能的予後の向上が期待される新しい手術法の開発は急務で、同時に社会的要求度の高い入院期間の短縮と早期社会復帰が可能な手術法でなければならない。オランダにおける胃がんの比較試験の最終生存率の解析は以下の通りである。適格例の5生率はD1:36%、D2:34%で両群間に差は認められなかった。治癒切除群の5生率はD2:48%、D1:46%で生存率の交差が認められた。しかし差は僅かでD2郭清効果を証明することは出来なかった。この最大の理由はD2群の手術死亡率が10%と高率で、15%のD2郭清効果を期待したが打ち消されこと、第二にsample sizeが小さかったためと考える。D2群の手術死亡率が10%に達した事実は極めて重く、欧米での胃がん外科治療は専門家集団で対応し、経験を集積すべき疾患であると結論できる。腹腔鏡下大腸切除術を127例の早期大腸がんに対して施行し結果
を分析した。S状結腸に対する採用が最も高く横行結腸が次いだ。開腹術移行は4例(3.1%)で、術中にmpがんと診断した2例、明らかなリンパ節転移を認めた1例と術中出血の1例であった。飲水は1-2病日、摂食も1-2病日、退院も9.2日目で運動制限がなく、腸蠕動の開始が早いためと考えられた。術後合併症を8例(6.3%)に認めた。腹腔鏡下手術に起因したものは誤った腸管把持操作による1例のみであった。手術時間は経験と共に減少し、平均3時間と短縮された。結腸の血管構築は鏡下手術の利点が生かされる解剖学的特徴を有している。従って進行がんにも応用し開腹術との功罪を比較試験で検討することは重要である。胸腔鏡下肺葉切除を安全かつ確実に遂行するため術者の指及び圧迫止血操作の代用としてソラココットン、組織の剥離と血管結紮用としてD.K.フーセプスなど用途に応じた各種器具を開発した。この過程で、比較的早期の末梢型肺癌を対象に鏡下肺切除79例を行った。開胸手術と遜色のない成績が得られた。肺がんに対する鏡下肺葉切除を普及させるためには手術手技に関する教育体制の確立と縦隔リンパ節郭清の適応の確立、特に郭清の必要のない肺がんの生物学的特徴を明確にする必要がある。結節集簇型大腸腫瘍182例の分析が行われた。腫瘍径別治療法は30mm以下ではEMRが75%(137/182)であったが31mm以上では外科的切除が89%(31/35)を占めた。深達度組織別では本来EMRの適応となるべき腺腫・m癌・sm1癌の31%(61/200)が外科的に切除されており、大きさに左右されていることが判明した。一括切除率からEMRされた141病変の治療成績がみると20mm以下66%(30/42)、21mm以上34%(14/41)であった。うち十分な追跡検査が行われた86病変における遺残・再発率は分割切除群で38%(16/42)と高率であった。現在の方法では安全かつ根治的にEMR可能な腫瘍径は2cm以下と考えられる。大きな病変に対しても確実安全にEMRできる手技の開発は、内視鏡的治療全体の進歩にも貢献するものと考え、細川ナイフの3cm以上の結節集簇型大腸腫瘍への応用を開始した。前立腺がんpT2では全体の切除断端陽性率は10%と低く術者間にも差はない。一方、pT3の断端陽性率は有意に高率であった。特に術者間で断端陽性率に可成りの相違が認められた。経験豊富な術者では30-40%であったが、症例数の少ない術者では90%ー100%と高率であった。逆行性前立腺全摘術はSantorini静脈叢からの出血防止には極めて有効であるが断端の確保には熟練を要する。本術式は恥骨直腸筋を目印にすることで前立腺被膜を露出することなく尿道を確認し、bunching処理を尿道の直上で行うことができる方法で尿道側後面の切除断端を確実に陰性にできる前立腺全摘術である。摘除材料の検討においても従来の術式に比較し局所根治性の高い術式であることが示された。pT2-T3前立腺がん術後の断端陽性率は20%ー40%、超高感度PSA値による評価では実に手術のみでは50%以上が不完全切除であったと報告されている。この成績を受け放射線治療など非切除療法が採用される傾向にある。従って新しく開発した前立腺全摘術の有効性が確立されれば評価は一変する可能性がある。自律神経温存術温存術を受けた47人のオランダ人直腸がん患者の術後2年半時点での再発率は27%であった。局所再発は9%で血行性再発は18%であった。Dukes B全体で21%、Dukes Cでは43%と高率で、局所再発率は19%であった。このpilot studyの結論を2年後に出す予定である。次に直腸がんに対するD3 vs TMEの無作為化比較試験に関するプロトコ-ルの草案を作成した。側方郭清の適応のある中下部直腸癌の5生率はがんセンタ-中央病院の過去の成績では67%、進行癌の側方転移率を15%、側方転移例のD3後の5年生存率を35%と仮定した。一方、Dukes Bや側方転移のないDukes Cに対するD3郭清効果を5%と仮定すればTME群の5生率は53%と計算できる。登録期間3年で5年追跡と言う条件下で必要症例数は313例となる。以上のようなstudy designを検討中である。ところで欧米では直腸がんに対する郭清効果には懐疑的である。動脈硬化や肥満が郭清の遂行するにあたり負の要因であることがオランダで
の手術経験から推測された。自律神経温存術の欧米人患者に対する適格性が合併症と術後排尿・性機能障害の面から検討されオランダ側から論文として発表された意義は大きく、自律神経温存術が欧米において検討される可能性がある。
結論
1.オランダにおける胃がんの比較試験ではD2の郭清効果の証明はできなかった。欧米での胃がん外科治療は専門家集団で治療すべき疾患であると考える。
2.鏡下手術の適応と安全性に関する研究が肺がん、大腸がんにおいて行われた。
3.前立腺がんに対する局所根治性の高い新しい手術法を開発した。
4.日本式自律神経温存術を受けたオランダ人直腸がん患者の2年半時点の再発率は27%、局所再発率は9%であった。
5.直腸がんに対するD3 vs TMEの無作為化比較試験のプロトコ-ルの草案を作成した。

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研究報告書(紙媒体)