新しいがん薬物療法の研究

文献情報

文献番号
199700530A
報告書区分
総括
研究課題名
新しいがん薬物療法の研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
西條 長宏(国立がんセンター中央病院)
研究分担者(所属機関)
  • 桑野信彦(九州大学医学部)
  • 秋山伸一(鹿児島大学医学部腫瘍研)
  • 佐々木琢磨(金沢大学がん研究所)
  • 杉本芳一(財団法人癌研究会癌化学療法センター)
  • 福岡正博(近畿大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
55,250,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
「新しいがん薬物療法による進行がんの制御に関する研究班」はわが国における抗がん剤開発の最も重要な研究班であり、わが国の抗がん剤治療がどうあるべきかの方向性を示す。多剤耐性に関与するABCスーパーファミリーに属するP糖蛋白、MRP及びcMOATやDNAトポイソメラーゼ?・?のヒト腫瘍における発現の分子機序を把握する。また、これらを標的とする抗がん剤感受性を制御する因子を明らかし、臨床的に有用な抗がん剤感受性の診断マーカーとなるか否かを検討する。これらの検討により適切な抗がん剤の選択ならびに新しい治療薬・治療法の開発に貢献する。さらにシスプラチン耐性細胞に発現している未知のトランスポーターの構造と機能を解明し、これらのトランスポーターの機能を阻害し、抗がん剤耐性を克服する薬剤を開発する。核酸系代謝酵素反応の有機化学的解明から、新規代謝拮抗剤であるDMDC、CNDAC、ECyd、EUrdを導入し、その臨床応用のための研究を行う。新規抗がん剤を含む効果的併用化学療法のin vitroモデルを作成し、よりすぐれた併用を探索する。骨髄細胞などの正常細胞に多剤耐性遺伝子MDR1、アルキル化剤耐性遺伝子MGMTを導入することにより抗がん剤の毒性・変異原性を緩和することを目指し、そのための基礎研究を行う。
CDK4/6の生理阻害剤であるp16と同様の生理活性を持つ化学物質を探索し、p16の不活性を伴った腫瘍の特異的増殖抑制を検討する。また非臨床試験の終了した薬剤については臨床第?相試験のモデル的研究体制を確立し、わが国における第?相試験を中心とした抗がん剤の臨床開発を活性化する。
研究方法
P糖蛋白multidrug resistant protein(MRP)、multicanalicular organic transporter(cMOAT)、lung resistant protein(LRP)などのABCスーパーファミリー及びその発現を制御する転写因子の関与を把握する。当班ではcMOATおよびSMRPのクローニングに成功してきた。またLRPが抗がん剤を核より細胞質へ輸送するポンプであることを示してきた。シスプラチン耐性細胞で発現している新しい能動的シスプラチン排出ポンプの機能を調べる。MRPの発現した多剤耐性細胞の耐性を克服する薬剤を探索する。MRP、cMOAT、LRP、SMRPのヒト腫瘍における発現の機序、意義を把握し様々な抗がん剤感受性における関与を明らかにする。非交叉耐性のない抗がん剤の開発と導入を試みてきたが具体的には核酸系代謝酵素反応の有機化学的解明から新規抗がん剤であるDMDC、CNDAC、ECyd、EUrdを導入してきた。ECydおよびEUrdの作用機序を明確にし、その臨床における至適投与量をヌードマウス、ヌードラット移植ヒト腫瘍を用い検討する。三次元モデルを用い同定した併用薬剤のin vivo効果を検討し、臨床における至適併用療法を具体化する。MDR1遺伝子とMGMT遺伝子を共発現させるレトロウィルスをマウス骨髄細胞に導入後、骨髄移植を行いin vivoにおける毒性回避の可能性を検討する。CDK4特異的阻害剤の細胞周期に及ぼす影響を見る。またin vivo効果を検討する。新しく開発された抗がん剤、修飾剤を用いた第?相試験の体制を確立する。このために国内で第?相試験に関し、積極的かつ具体的成果を挙げうる研究グループを組織し実際に第?相試験を行う。
結果と考察
1. ABCスーパーファミリー遺伝子群の単離。発現様式と機能解析を行った。?P糖蛋白のMDR1遺伝子については7q21近傍のゲノム構造と明らかにした、その発現誘導に転写因子YB-1の活性化の関与を示した。?ヒトcMOAT遺伝子を単離すると共にcMOATがDubin-Johnson症候群の患者の責任遺伝子であることを明らかにした。そのアンチセンスを用いシスプラチンCTP-11、SN-38、ビンクリスチンに対する感受性への関与を示した。またヒト肺がんにおいてcMOATの発現誘導が見られた。?シスプラチン耐性細胞よりヒトSMRP遺伝子のクローニングを行った、この遺伝子は染色体3Pに存在し、MRPとは異なった。SMRPはMRP、cMOAT、YCF1のWalker motifを比較すると他のトランスポーターと比べよく保存されていた。すなわちSMRPはABCスーパーファミリーに属すると示された。この新しいトランスポーターは946のアミノ酸よりなり他のトランスポーターより小さいためSMRPと命名された。SMRPの組織分布の検討によるとSMRPは様々な臓器に存在したが脳に高発現であった。?ピリジン誘導体PAK-104PはP糖蛋白の関与しない多剤耐性を克服した。その機序として新しい輸送蛋白(LRP)の機能障害が示唆された。LRP/vaultは核から細胞質へアドリアマイシンを輸送するがPAK104PはLRP/vaultの機能を阻害し、抗がん剤を核内にとどめることによって耐性を克服すると示された。2. 新しい発想にも基づく新抗がん剤の開発を検討した。?核酸代謝酵素を選択的に阻害する抗ヌクレオシド、CNDAC、Pal-CNDACを創製した。?これらの抗がん剤がp53蛋白の発現を介し、アポトーシス誘導すると示した。?ヒト繊維肉腫HT-1080細胞を用いて、その耐性細胞(HF-1080/EUrd)を樹立した。HF-1080/EUrdではウリジンもチジンキナーゼ活性が親株の1/27に低下していた。EUrdはトリリン酸化体となりRNA polymeraseを阻害することによってRNA合成を強く阻害するというユニークな作用機序を有していてヒト腫瘍に対し広い抗腫瘍性と高い腫瘍選択性を示した。この腫瘍選択性は正常細胞とがんにおける細胞ウリジン・シチジンキナーゼ活性の違いによると思われた。 ? NCI drug screening panelを用いた薬剤検索によりp16不活性化細胞に
強い抗腫瘍効果を示しp16正常細胞に抵抗性を示す物質を選び出した。3ATAを母化合物とした類似構造物質のスクリーニングにより100倍以上の差をもってCDK4を特異的に阻害する物質を発見した。 3. 耐性細胞(MDR1、MGMT)を用いた遺伝子治療併用大量化学療法の臨床導入の検討を行った。 ? 2種の遺伝子をほぼ100%の確立で発現しうるベクターを開発した。 ? In vitroでがん細胞、正常骨髄細胞などで、in vivoではがん細胞でこのシステムの有用性を証明した。Ha-MDR-IRES-MGMTを導入したマウス骨髄細胞を移植し5-7週後のマウス末梢白血球の3-20%でヒトP糖蛋白の発現が見られた。このマウスに30mg/kgのパクリタキセルを投与するとヒトP糖蛋白陽性細胞の割合が上昇した。MDRI遺伝子をレトロウイルスを用い癌患者の血液細胞に導入することは患者の臨床状態を改善し治療に関する障害を防止すると共に治療強度の増大も望みうると思われた。2種の遺伝子を共発現できるベクターの開発は抗がん剤による遺伝子導入細胞のin vivoでの選択的増幅の可能性を示唆した。 4. 新しい抗がん剤の第?相、第?/?相試験を行った。 ? 数多くの新規抗がん剤の第?相試験を行い至適投与量、投与法を確立した。 ? ドセタキセル+CPT-11、パクリタキセル+シスプラチンの至適投与量を決定した。 ? CPT-11およびパクリタキセルのlimiting sampling modelを作成した。
結論
多剤耐性に関与するABCスーパーファミリー遺伝子群やDNAトポイソメラーゼのヒト腫瘍での発現様式を把握し、臨床に有用な抗がん剤感受性マーカーとなるか否かを明らかにすることはがん治療上極めて重要と思われる。また、新しいトランスポーターを同定し、構造及び機能を明らかにすることはがん化学療法の効果増強に必須と思われる。ランダムスクリーニング的発想ではなく、新しい発想で企画された核酸代謝系酵素を分子標的とした新規抗腫瘍性ヌクレオシドの導入は難治性がんに対する治療戦略として重要な位置を占めるものと思われる。現在のアイソボログラム等では正確な併用効果の予測が極めて困難な状況である。実際の臨床では抗がん剤の併用使用が大半を占めることを考えれば、三次元モデルによる併用効果の検討は現実的な抗がん剤の選択に示唆を与えるものと思われる。自己造血幹細胞に抗がん剤耐性遺伝子を導入することにより大量化学療法を可能とし、治療効果を増大させることができると期待される。p16の不活性化は幅広い腫瘍で高率に検出されている。したがってp16と同じ生理活性を有する化学物質の特異的抗腫瘍活性が期待される。すなわちこの研究班における研究の進歩により全身化した進行がんの治療成績の向上が期待される。

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