発がん・進展とがん免疫機構の解析に基づいた新しい分子診断法の開発と臨床応用に関する研究

文献情報

文献番号
199700528A
報告書区分
総括
研究課題名
発がん・進展とがん免疫機構の解析に基づいた新しい分子診断法の開発と臨床応用に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
杉下 匡(佐々木研究所附属杏雲堂病院)
研究分担者(所属機関)
  • 坂本優(佐々木研究所附属杏雲堂病院)
  • 安本茂(神奈川県立がんセンター)
  • 加藤絋(山口大学医学部)
  • 和気徳夫(九州大学医学部)
  • 伊東恭悟(久留米大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究班は、婦人科がんの発癌・進展機構の解明およびがん免疫機構の解析に基づく新しい分子診断法の開発と臨床応用を目指している。
(1)子宮頚がんの遺伝子診断
子宮頚部発癌・進展過程での遺伝学的変化をCGH、LSC等により検出し、それらを指標とする異形成、早期癌の遺伝子診断システム、進行癌の悪性度診断システムを確立する。また頚部発癌とテロメラーゼ活性との相関を解析し、癌診断指標としての同活性の有用性を検討する。さらにSCC抗原およびその酸性分画SCCA2の生物活性を解明し、またSCCmRNAを標的としたRT-PCRによる患者血中の悪性細胞検出の可能性を検討し、末梢血を用いた扁平上皮癌の早期診断およびハイリスク症例の鑑別を試みる。
(2)子宮体がんの遺伝子診断
子宮体部発癌・進展に関与すると考えられるヒト1番、および18番染色体上の癌抑制遺伝子の同定を試みる。またk-ras遺伝子変異陰性例の発癌の分子機構を解析し、体癌の遺伝子診断の基盤の確立を試みる。さらに体部発癌とテロメラーゼ活性との相関を解析し、癌の診断指標としての同活性の有用性を検討する。
(3)婦人科領域扁平上皮癌退縮抗原の同定と癌ワクチン分子開発
婦人科領域扁平上皮癌を対象とし、ヒトHLA拘束性癌特異的CTL株を作製し、その認識する癌退縮抗原遺伝子をクローニングし、臨床応用可能な癌ワクチンの標的分子の開発を試みる。HLAはHLA-class I 抗原のうち本邦で発現頻度の高いHLA-A24、 -A2、 -A26、および-B51(患者の約6割、4割、2割、2割)を対象とする。
研究方法
(1)子宮頚部発がん浸潤過程の遺伝学的解析
子宮頚部発癌の各段階の細胞株、臨床検体に対しCGHを行い、発癌・浸潤・転移に関わる特異的な遺伝学的変化を抽出し、統計学的解析を用い変化の推移を考察する。またPCRによりHPVゲノムの検出とタイピングを行い、HPVと遺伝学的変化との相関を検討する。さらに発癌進展への関与が示唆された染色体領域特異的なDNAプローブを入手しFISHを行い、LSCを用いて各遺伝学的変化と細胞形態との相関を検討する。
(2)発がんとテロメラーゼ活性の関連の検討
ヒト正常細胞および癌細胞のテロメラーゼ活性をTRAP法により測定し、テロメラーゼ活性化と細胞動態との関係を追及する。さらに、各種婦人科腫瘍検体につきF-TRAP 法によりテロメラーゼ活性を定量し、同活性の癌化、また悪性度との相関を検討する。in situ TRAPassayを子宮頚部発癌過程の細胞に応用し、形態との相関を検討する。
(3)子宮頚がんにおけるSCC抗原の発現の検討
組換えSCCAを作成し、各種プロテアーゼ活性に対する阻害作用を解析する。またSCCA2mRNA特異的プライマーを用いたasymmetric semi-nested PCRによる同mRNAの定量法を確立し、組織中および扁平上皮癌患者末梢血中のSCCA2mRNAコピー数の定量を試みる。
(4)子宮体がんの遺伝子解析
様々な断片長のヒト1番染色体断片を微小核融合により子宮体癌細胞へ単一移入し、造腫瘍性、増殖特性、および細胞表現型の変化を検索する。またNIH3T3細胞へ野生型および変異型K-ras遺伝子、野生型Estrogen およびProgesteron Receptor遺伝子を形質導入し、形質転換過程でのER転写活性亢進の役割を解析する。
(5)婦人科領域扁平上皮癌退縮抗原の同定と癌ワクチン分子開発
HLA-A2402拘束性扁平上皮癌退縮抗原遺伝子のクローニングおよび抗原ペプチドを同定し、それらの正常組織、婦人科癌、とくに子宮頸癌での発現を検討する。HLA-A2601および-Cw0304拘束性扁平上皮癌退縮抗原についても同様の検討を行う。
結果と考察
(1)杉下・坂本らは、発癌進展各段階の子宮頚部病変に対しCGHを行い、昨年度は発癌、浸潤に関わる遺伝学的変化を明らかにし、本年度は転移に関わる変化として13qゲインを認め、さらに浸潤に関わる遺伝学的変化の層別化に成功した。9つの変化のうち5pゲインは予後不良、22qゲインは予後良好と相関した。さらに遺伝学的変化とパパニコロー染色による細胞形態との相関を検討し、9pまたは16qロスと、予後不良群に特徴的な核縁の肥厚との相関を認めた。
(2)坂本・安本らは婦人科腫瘍118症例につきF-TRAP法を用いテロメラーゼ活性を定量し、同活性定量が婦人科腫瘍での癌の診断、さらに悪性度診断に有用である可能性を示唆した。いずれの癌でも癌部は非癌部より有意に高いテロメラーゼ活性を示し、同一症例での癌部、非癌部との活性値比較により有意な診断が可能と思われた。子宮頚部では発癌の進行に伴い同活性が有意に増加し、体癌では骨盤リンパ節転移を有する症例が、有しない症例より原発巣で有意に高い活性を示した。卵巣癌では組織型との相関を認め、明細胞腺癌が類内膜腺癌より有意に低い活性を示した。テロメラーゼ活性と年齢、閉経の有無と明らかな相関はなかった。また子宮頚部各発癌段階の臨床検体に、大屋敷らが開発したin situ TRAP法を行い、発癌の進行に伴いテロメラーゼ陽性細胞の頻度が増加し、特に細胞診陰性、組織診陽性の症例に陽性細胞を認め、本法が細胞診偽陰性症例の検出に役立つ可能性を示した。
(3)加藤はSCCA1はキモトリプシン、パパイン、プロテイナーセIV、カテプシンLを、SCCA2はカテプシンLを阻害し、またSCC抗原は抗腫瘍剤やTNFαで誘導される腫瘍細胞のアポトーシスを抑制することを解明した。キモトリプシンは扁平上皮のアポトーシスを促進、細胞間接着を阻害し、カテプシンLは細胞接着等に関与する。SCC抗原はこれらの酵素活性を抑制し悪性細胞の生き残りや浸潤・転移に貢献すると考えた。また扁平上皮癌組織でのSCCA2mRNAコピー数は正常組織より明らかに高値を示し、健常婦人末梢血中の同mRNAコピー数のカットオフ値を215とすると、子宮頚部扁平上皮癌14症例中8例(CIS 5例中2例陽性を含む)で陽性となり、特に初期癌でも陽性を示した。
(4)和気はヒト1番染色体長腕q31から遠位の染色体断片を単一移入した場合にのみ子宮体癌細胞が平坦な形態変化、テロメレース活性の抑制および老化に伴う細胞死をおこすことを示した。また変異型K-RasはER蛋白発現亢進および転写因子としての機能亢進を誘導しNIH3T3細胞を形質転換し、さらにERの量的・機能的亢進は、野生型或いは変異型K-Rasの存在と無関係にNIH3T3細胞を形質転換することを明らかにした。また変異型K-Ras遺伝子を導入したK12V細胞へPRcDNAを導入すると、細胞増殖抑制、顕著な造腫瘍性抑制がみられた。
(5)伊東はHLA-A2601拘束性扁平上皮癌拒絶抗原遺伝子SART-1をクローニングし、本遺伝子は2つの蛋白(125kdおよびび43kd)をコードする bicistronicgeneであることを示した。125kdの蛋白はLeucine-zipperおよびDNA結合能をもつ核内蛋白であり、非増殖性正常組織では発現を認めず、増殖性細胞や子宮体癌(60%)、頚癌(60%)で高率に発現を認めた。一方、43 kdの蛋白は細胞質内蛋白であり、正常組織や非上皮性腫瘍では全く認めず、子宮頸癌および体癌の30%において発現を認めたことから、43 kd蛋白の特定部位がキラーT細胞に認識されると推定した。ペプチド解析より、両蛋白に共通の 3'-側より62アミノ酸部分に3カ所キラーT 細胞株が認識するペプチド抗原があり、さらにSART-1 蛋白内に一カ所存在するHLA-A2402強結合性のペプチド(SART-1690-698, EYRGFTQDF, 2番目がY, 9 番目が F) が HLA-A24 陽性癌患者および健康人 PBMC よりHLA-A2402 拘束性 CTL 誘導能をもつことを見い出した。
結論
CGHによるゲノム変異検索やテロメラーゼ活性測定等を組み合わせより精度の高い診断技術を開発しつつある。また腫瘍細胞で産生が亢進するSCCA2がセリンプロテアーゼ、システインプロテアーゼを阻害、SCC抗原はアポトーシスを抑制することを明らかにし、同抗原発現と腫瘍の悪性度との強関連性を示唆した。またSCCA2mRNAを標的とするasymmetric semi-nested PCRを確立し、末梢血中の腫瘍細胞の同mRNAの測定を試み、末梢血による初期の子宮頚部扁平上皮癌検出の可能性を示した。またヒト1番染色体由来断片を子宮内膜癌細胞へ単一移入し、子宮体癌癌抑制遺伝子が1q31-ter領域に存在することを示唆した。またERはRas下流でRasによる形質転換機能の発現に関与することを明らかにし、
さらにRasの存在に関わらずER活性化シグナルがNIH3T3細胞を形質転換に導くことを示し、Ras遺伝子変異陰性ホルモン依存性腫瘍発生の分子機構の理解に貢献した。さらに癌免疫機構の解析によりキラーT細胞が認識する扁平上皮癌拒絶抗原SART-1蛋白を明らかにし、その発現の有無による癌の診断および特異的癌免疫療法の対象症例選択の可能性を示した。

公開日・更新日

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