がん関連遺伝子と腫瘍免疫を用いたがんの早期診断と予後の研究

文献情報

文献番号
199700527A
報告書区分
総括
研究課題名
がん関連遺伝子と腫瘍免疫を用いたがんの早期診断と予後の研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
石井 勝(埼玉県立がんセンター病院)
研究分担者(所属機関)
  • 金子安比古(埼玉県立がんセンター病院)
  • 真船健一(東京大学医学部附属病院)
  • 土屋永寿(埼玉県立がんセンター研究所)
  • 末岡榮三朗(埼玉県立がんセンター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
16,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
がん関連遺伝子および腫瘍免疫を利用したがんの早期診断法および予後診断法の開発を行う目的で、以下の研究を試みた。?アンドロゲン依存性がん細胞で高発現するアンドロゲン・レセプター(AR)に対する血中AR自己抗体によるアンドロゲン依存性癌の早期診断法の開発、?EWS遺伝子再構成、EWS融合遺伝子検出による病理診断が困難な骨軟部腫瘍の遺伝子診断法の確立と治療法の改善、?オルニチン脱炭酸酵素(ODC)遺伝子の過剰発現を指標とする食道癌の予後診断法の開発、?FHIT遺伝子の発現異常を指標とした肺癌の早期診断法の開発、?肺癌関連遺伝子産物hnRNPA2/B1蛋白を指標とした早期肺癌診断法の開発を目的とした研究を試みた。
研究方法
?血中AR自己抗体によるがん診断:固相化ARペプタイド抗原に対する家兎AR抗体と血中AR自己抗体との競合免疫結合反応に基づく酵素免疫測定法を開発し、本測定法によりアンドロゲン依存性がん症例を含む139例の血中AR自己抗体の検出を試みた。前立腺癌、乳癌症例の病期別AR自己抗体の検討も行った。?EWS遺伝子を用いたユーイング肉腫の診断:1986~1988年に当施設で骨軟部腫瘍と病理診断された45例について、染色体解析、サザンブロット法、RT-PCR法およびFISH法により分析した。遺伝子診断の結果により第2次病理診断を行い、ユーイング肉腫と確定診断した症例の治療方法と治療成績を検討した。 ?食道癌の予後因子としてのオルニチン脱炭酸酵素(ODC)遺伝子発現の有用性:昨年度ODCmRNAを検討した食道癌切除64例について、他病死例を除く55例をODCmRNA高発現群(癌腫/正常上皮の発現比:T/N比>3)32例と低発現群23例(T/N比<3)に分け、組織型との関連も含めCox-Mantel法にて予後を検討した。一方、内視鏡下生検材料50例の癌腫と正常上皮のODCmRNA発現をRT-PCR法で検討した。?FHIT遺伝子による肺癌の早期診断:原発性肺癌手術標本を用いFHIT遺伝子の発現異常およびFHIT遺伝子の存在する3p14.2の領域の染色体欠失の有無と臨床病理学的因子との関係を検討した。肺癌組織73例からRNAを抽出し、そのcDNAを鋳型にFHIT遺伝子のexon3から10の領域をnested-PCR法で検索し、サザン法にてPCRプロダクトがFHIT由来であることを確認した。さらに、その内の51例について遺伝子内の3カ所のlocus、イントロン3、5、8に存在するマイクロサテライトマーカーを用いloss of heterozygosity(LOH)を検索し、肺癌の組織型、病期との関係を検討した。?hnRNP抗体を用いた肺癌の早期診断法の開発:肺癌手術検体9例の癌部と非癌部におけるhnRNPA2mRNAとhnRNPB1mRNAの発現量をRT-PCR法で検討し、hnRNPA2/B1共通部分とB1蛋白の合成ペプタイドに対する家兎抗体を作製し、両抗体を用いウエスタン・ブロット法でヒト肺癌細胞株(A549、PC-9)における両蛋白の発現量を解析し、hnRNP抗体を用いた肺癌の早期診断への臨床的有用性を検討した。
結果と考察
?アンドロゲン・レセプター(AR)血中自己抗体によるがん診断:血中AR自己抗体を測定した結果、カットオフ値を3U/mlに設定した時の陽性率は前立腺癌77%(20/26)、乳癌58%(18/31)、卵巣癌83%(5/6)、原発性肝癌62%(13/21)であり、健常人は13%(3/23)、良性乳腺疾患17%(1/6)、肝疾患10%(1/10)、前立腺肥大症16例は全例陰性であった。したがって、健常人、良性疾患に比べ癌症例でAR自己抗体陽性率が高く、前立腺癌、乳癌、卵巣癌、原発性肝癌の診断に役立つ成績を得た。また、乳癌の?、?期では54%(15/28)、前立腺癌のA、B、B-Cでは89%(8/9)が陽性となり、早期癌診断への有用性が示唆された。今後、ARの各ド
メインの抗体を用いた免疫組織染色により癌特異性の高いドメインの検索が早期癌の診断に役立つ可能性があると考えた。?EWS遺伝子を用いたユーイング肉腫の診断:骨軟部腫瘍45例の遺伝子分析の結果、28例にEWS遺伝子再構成またはEWS融合遺伝子を検出し、ユーイング肉腫と診断した。28例中骨性腫瘍8例、骨外性腫瘍20例で、後者の20例中13例はユーイング肉腫以外と最初病理診断された。化学療法±手術の効果は25例が判定可能で、19例が完全寛解に導入された。19例中6例に幹細胞移植療法を行ったが、それらの予後は幹細胞移植療法を行わなかった残り13例より良好であった。一方、幹細胞移植療法2例を含む寛解導入不能の6例は全例死亡した。以上の成績から、ユーイング肉腫は病理診断と遺伝子診断の併用により正確に診断でき、化学療法±手術で寛解に導入し、幹細胞移植の実施で治療成績の改善が期待された。?食道癌の予後因子としてのオルニチン脱炭酸酵素(ODC)遺伝子発現の有用性:食道癌切除64例の内、他病死例を除く55例のODCmRNA高発現群32例と低発現群23例について予後を検討した結果、切除成績に有意差を認めなかった。しかし、低発現群には予後不良とされる未分化癌や低分化癌が多く、中分化・高分化扁平上皮癌に症例を限ると、高発現群26例は低発現群16例に比し、有意(P=0.027)に予後が不良であった。この成績から、ODCmRNAが食道癌の中・高分化扁平上皮癌の予後因子として有用であることが判明したが、悪性度の高い未分化癌ではその発現が低いため、すべての食道癌で有用とはいえず、組織型や分化度とは独立した悪性度の指標となり得ると考えた。また、内視鏡下生検材料50例の癌腫と正常上皮のODCmRNA発現を検討した結果、その内T/N比が算定可能な42例中36例(86%)にODCmRNAの過剰発現を認めた。この成績は切除標本の過剰発現率91%と同様の成績で、生検標本でも切除標本と同様の検討が可能であり、ODCmRNA検索が食道癌予後因子として役立つことが示唆された。?FHIT遺伝子による肺癌の早期診断:原発性肺癌73例中43例(59%)にFHITmRNAの異常が認められ、組織型別では腺癌が41例中20例(49%)、扁平上皮癌で23例中18例(78%)に異常を認め、扁平上皮癌でその異常の頻度は有意に高かった。病期ではStage?で24例中14例(58%)の高頻度の異常を認めた。シークエンス解析では、エクソン4-6、4-7、4-8、5-7を欠失した異常mRNAを認め、LOH解析では3カ所のlocusでそれぞれ39~48%の頻度でLOHを認め、3カ所の内少なくとも1カ所でもLOHを示した症例は50%あり、腺癌に比し扁平上皮癌でLOHの頻度が高く、Stage?では16例中5例(31%)にLOHを認めた。以上の結果、肺癌手術例でFHIT遺伝子の発現異常が高頻度に認められ、シークエンス解析からエクソン5の翻訳開始コドンを欠失し、正常のFHIT蛋白は合成されず、機能的に不活化されていると考えられ、LOH解析の結果と併せると肺癌の発生にFHIT遺伝子異常が関与していること、なかでも扁平上皮癌の癌化および発癌の早期から異常に関与している可能性が示唆された。?hnRNP抗体を用いた肺癌の早期診断法の開発:肺癌手術検体9例のhnRNPA2mRNAとB1mRNAの発現量を解析した結果、7例(78%)で癌部が非癌部に比し、2~3倍のhnRNPB1mRNAの発現量の亢進を認めた。両抗体を用い、ヒト肺癌細胞株(A549、PC-9)で34kDaと37kDaの両蛋白を検出し、hnRNPB1抗体は37kDaの蛋白のみを検出した。この結果、肺癌症例の癌部でhnRNPB1mRNAの発現量の亢進を認めたことから、今後、さらに症例を増やし、組織型、病期別の検討を行い、肺癌の早期診断法の開発を進める必要があると考えた。
結論
?血中AR自己抗体の高感度測定法を開発し、本測定法により血中AR自己抗体を測定した結果、前立腺癌、乳癌、卵巣癌および原発性肝癌の診断に血中AR自己抗体が役立ち、さらに前立腺癌、乳癌の早期診断にも有用性のあることが示唆された。?骨軟部腫瘍の病理学的診断にEWS遺伝子を用いた遺伝子診断の併用が、ユーイング肉腫、特に骨外性ユーイング肉腫の診断に役立つことが判明した。本遺伝子診断法の確立がユーイング肉腫の治療法の改善にも役立つことが期待できる。?食道
癌切除標本でODCmRNAの発現は高・中分化扁平上皮癌の予後因子として役立つことが判明した。内視鏡下食道生検標本でODCmRNAの発現比(癌腫/正常上皮)を検討した結果、切除標本と同様の成績が得られ、生検標本のODCmRNAの検索が食道癌の予後因子として役立つ可能性が示唆された。?肺癌組織でFHITmRNAの異常が高率に認められ、特に肺扁平上皮癌の異常率が高く、病期別でも早期肺癌で異常率が高いことから、肺癌でのFHIT遺伝子異常産物の生成が推測され、これを指標とした肺癌の早期診断法の開発の可能性が示唆された。?hnRNPB1mRNAがヒト肺癌組織で高率に過剰発現していた成績から、hnRNPB1蛋白質が肺癌診断の指標として役立つ可能性が強く示唆された。

公開日・更新日

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