ヒトがんの予防に役立つ物質に関する研究

文献情報

文献番号
199700525A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒトがんの予防に役立つ物質に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
藤木 博太(埼玉県立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 菅沼雅美(埼玉県立がんセンター研究所)
  • 末岡榮三朗(埼玉県立がんセンター研究所)
  • 中地敬(埼玉県立がんセンター研究所)
  • 菅謙司(埼玉県立がんセンター研究所)
  • 岡部幸子(埼玉県立がんセンター研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
8,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
緑茶はヒトがんの予防に役立つ物質として注目されている。私共は緑茶を日本ではがん予防物質、或いは、外国ではがん予防薬として進めていく上で、必要とされる実験データ及びコホート研究による疫学的データの検討を目的として研究を進めた。南カリフォルニア大学のB. E. Henderson博士は、フィジー島のメラネシア人は、がんの発生頻度が、他の島に比較して低いと報告してある。とくに、胃、乳腺、肺、前立腺のがんは低い。“何故フィジーはがんの発生率が低いのか、フィジーの人は何を食べ、何を飲んでいるのか"の検討から始めた。太平洋の島々の中で、フィジーの人はヤンゴーナ(別名カバ)を飲用する。ヤンゴーナの中にがん予防物質が含まれているか検討することを目的とした。
研究方法
(1) 緑茶に関する実験的研究  i) ヒト肺がん細胞株PC-9に対する茶ポリフェノールの効果及び3H-EGCGの取り込み PC-9細胞をいろいろな茶ポリフェノール(EGCG、ECG、EGC、EC)で3日間培養し、生存細胞数を測定した。PC-9細胞をEGCGで24時間処理し、フローサイトメーターにより細胞周期に及ぼすEGCGの効果を検討した。PC-9細胞を放射活性の3H-EGCGで処理し、細胞内への取り込みを、放射活性の測定とミクロオートラジオグラフィーで検討した。 ii) 3H-EGCGの臓器分布 3H-EGCG 3.7 MBqをマウス胃内に投与し血中濃度、24時間後の消化管、及び、肝、肺、膵臓、脳、皮膚について放射活性を測定した。 iii) 緑茶頻回飲用の薬物動態 頻回飲用の意味を検討するため、3H-EGCGを投与し、6時間後各臓器の放射活性を測定した(1回投与)。次に、初回の投与6時間後、再び、等量の3H-EGCGを投与し、その6時間後各臓器の放射活性を、前回同様に測定した。1回投与と2回投与の放射活性を各臓器毎に比較し、2回投与による取り込みの亢進を検討した。 (2) 緑茶による疫学研究 i) 前向きコホート研究と緑茶 1986年、埼玉県のある町で40歳以上の一般地域住民8,552名を対象に、90項目からなる生活習慣調査を行った。その後、毎年がん患者の発症につき調査を継続している。10年間の追跡調査の結果、1996年には男性244名、女性175名、合計419名のがん患者が見出された。がんと診断され平均年齢をがん発症年齢とし、一日の緑茶飲用量と比較検討した。 ii) 健常人での介入試験 一般ボランティア189名の参加をもとに、108名に一日15錠を6カ月間投与し、81名はプラシボを投与せずコントロール群とした。投与前、及び、投与開始より3カ月、及び、6カ月に、血液検査を行った。 (3) ヤンゴーナに関する研究 フィジー島にある南太平洋大学S. Sotheeswaran教授にヤンゴーナの話を伝え、がん予防効果について共同研究を始める準備を進めた。ヤンゴーナの粉末の混濁液から有機溶媒に溶ける分画と水溶性分画に分け、TNF-alphaの遊離抑制活性を測定した。
結果と考察
(1) 緑茶に関する実験的研究 i) ヒト肺がん細胞株PC-9に対する茶ポリフェノールの効果及3H-EGCGの取り込み 茶ポリフェノールEGCG、EGC、ECGはPC-9細胞の増殖を濃度依存性に抑制したが、ECは全く抑制効果を示さなかった。この結果から、ガロイール基を含む茶ポリフェノールに活性が認められ、ガロイール基を含まないECは効果を認めなかった。EGCGの処理はヒト肺がん細胞の細胞周期に変動を起こし、G1期の細胞の減少、G2-M期の細胞の増加をもたらした。したがって、EGCGの処理はがん細胞にG2-Mの分裂停止を誘導したと考える。 G2-M期の分裂停止が更に、PC-9細胞のアポトー
シスと結びつくか、現在検討を進めている。PC-9細胞を3H-EGCGで処理すると、時間の経過につれ取り込みは上昇した。更に、3H-EGCGで処理した後、ミクロオートラジオグラフィーによって、細胞膜、細胞質、核内と広く銀粒子が検出できた。 ii) 3H-EGCGの臓器分布 3H-EGCGを経口投与した24時間後、糞便、尿中、血中、各臓器の放射活性を測定した。血中については上記の如く、全投与量の2%が認められた。発がん抑制が証明されている臓器の放射活性は、全投与量の0.1から0.9%の範囲で認められた。更に、まだ発がん抑制が証明されていない臓器にも放射活性が取り込まれていたので、脳、腎、脾にも緑茶のがん予防効果が期待できる。 iii) 緑茶頻回飲用の薬物動態 1回投与の場合の各臓器における全投与量の放射活性(%)と2回投与の全投与量の放射活性(%)を比較した。その差は、単に2倍の増加ではなく、多くの臓器に於いて、4倍~6倍の増加が認められた。この結果、茶ポリフェノールの吸収、臓器分布には、非常に複雑な機構が存在することが示唆された。 (2) 緑茶による疫学研究 i) 前向きコホート研究と緑茶 10年間の追跡調査から男性244名、女性175名のがん患者が8,552名の中から発症した。診断された年齢と、各患者の一日の緑茶飲用量を3杯、4~9杯、10杯以上の3群に分類した。一日3杯以下の人のがん発症年齢と一日10杯以上緑茶を飲用している人のがん発症年齢を比較すると、男性では65.0才が68.2才へ、女性では67.0才が74.3才へと遅延していた。男性の場合、喫煙者が多く含まれる。喫煙の影響を除いて検討すると女性の場合と同様に高齢化の傾向が強く表れた。現在、各がん種別についても検討を進めている。 ii) 健常人での介入試験 緑茶錠剤を投与前、投与中(3ヶ月)投与後6ヶ月について血液検査を行った。緑茶錠剤の投与は貧血をもたらさなかった。トリグリセライドはとくに女性で著しい減少をもたらした。肝機能を示すGOT、GPTも減少の傾向が認められた。又、副作用については、重篤なものは認められなかった。認められた症状は、多分、カフェイン(135 mg/15錠)によるものと考えられた。 (3) ヤンゴーナに関する研究 BALB/3T3細胞をオカダ酸で処理するとTNF-alphaが遊離する。この系に部分精製したエタノール分画を加えると、TNF-alphaの遊離が濃度に依存して抑制された。例えば、エタノール分画(100 microg/ml)の濃度はTNF-alphaの遊離を完全に抑制した。即ち、ヤンゴーナの中には、TNF-alphaの遊離を抑制する化合物が含まれていることが見出された。エタノール分画にはまだいろいろな化合物が含まれているが、活性の強さを比較すると緑茶と同等に強いことも見出され、ヤンゴーナに含まれる活性物質への関心が高まった。
結論
平成9年度からヒトがん予防に役立つ物質に関与する研究という研究課題名で参加させていただいた。最大の成果は1983年以来、研究している緑茶のがん予防効果が認められ、いよいよアメリカM. D.アンダーソンがんセンター及びメモリアルスローンケタリングがんセンターで緑茶の第 I 相試験が始められたことである。日本の研究成果がアメリカで評価され、役立った例として喜ばしい。

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