文献情報
文献番号
202106032A
報告書区分
総括
研究課題名
生物統計学的な観点からのワクチン開発における治験計画の立案の迅速化のための研究
研究課題名(英字)
-
課題番号
21CA2032
研究年度
令和3(2021)年度
研究代表者(所属機関)
上村 夕香理(国立研究開発法人 国立国際医療研究センター 臨床研究センター データサイエンス部 生物統計研究室)
研究分担者(所属機関)
- 柴田 大朗(国立研究開発法人 国立がん研究センター 研究支援センター 生物統計部)
- 平川 晃弘(東京医科歯科大学 医学部付属病院臨床研究管理センター)
- 石黒 智恵子(国立研究開発法人 国立国際医療研究センター 臨床研究センター データサイエンス学部)
- 荒木 康弘(医薬品医療機器総合機構 ワクチン等審査部)
- 坂巻 顕太郎(横浜市立大学 データサイエンス研究科)
- 安藤 友紀(独立行政法人医薬品医療機器総合機構 新薬審査第一部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 行政政策研究分野 厚生労働科学特別研究
研究開始年度
令和3(2021)年度
研究終了予定年度
令和3(2021)年度
研究費
862,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
新型コロナウイルス感染症に対する本邦におけるワクチン開発は、2022年3月末時点で国産ワクチンが未だに実用化されておらず、ワクチンの開発体制に様々な課題が存在していることが浮き彫りとなった。それらの課題の一部として、想定外の状況下で迅速に治験デザイン・計画を立案する体制が不十分であることが挙げられた。緊急で新興感染症に対するワクチン開発の治験デザイン立案には慎重な検討を要するものの、それを有事に迅速に行うことは事実上不可能である。
研究方法
官学が連携し、1.本邦で承認されたワクチンの審査報告書を用いて治験デザイン等について情報を収集・整理し、ワクチン開発を行う企業を対象としたPMDAの治験相談等の提供体制に関する書面調査を通じてワクチン開発の実態を把握し、2.治験デザインを検討するにあたって、ワクチン開発の蓋然性が高いと想定されるシナリオを感染症専門医へのインタビューをもとに検討し、当該感染症シナリオに対する代表的で効率的な有効性評価を可能とする治験デザインや解析手法について生物統計学的な観点から整理した。
結果と考察
1.国内におけるワクチン開発状況
PMDA発足後に承認された39品目のワクチンの有効性評価のために実施された59の治験デザインの分析結果、内資起源ワクチンの開発企業による臨床的イベントを主要評価項目に設定した大規模治験や国際共同治験等が実施されていない現状が確認された。また、ワクチン開発の治験計画等の迅速化にあたり、企業側の体制やPMDAの治験相談等の提供体制に課題があるかワクチン開発を行う企業10社を対象としアンケート調査を実施した結果、多くは企業内に生物統計家は複数確保されており、現行のPMDA体制に対し大きな問題は指摘されなかった。
2.ワクチン開発の治験デザインに対する生物統計学的検討
公衆衛生危機管理上重要となる新興感染症の勃発としては、ウイルス性呼吸器感染症がワクチン開発の優先順位が高いシナリオと考えられ、初発・後続ワクチン別に取り得る治験デザインを検討した。
① 初発ワクチン
臨床イベントを主要評価項目としたプラセボ対照ランダム化比較試験による評価が必要であり、比較的大規模な治験の実施を要する。従って、試験実施中の有効性評価に基づく有効中止/無効中止といった意思決定や被験者数の再設定等の事前計画に基づくデザイン変更を伴うアダプティブデザインを利用した試験デザインは有効である。さらに新興感染症のワクチン開発は計画時に想定していた治験計画に影響を及ぼす事項が十分に起こり得るため、変更の可能性による影響をシミュレーションにより事前に評価することは重要である。また、ワクチン開発においては、基礎的・臨床的・疫学的な知見が十分に集積されるまでは感染性や致死性、その作用機序等について不明瞭な中で治験デザインを立案せざる得ないことが想定され、不確実性を確率的に表現できるベイズ流解析方法は有用な解析手法となりうる。
② 後続ワクチン
臨床イベントに対する有効性と相関性が認められる免疫原性に基づくサロゲートマーカーを主要評価項目として設定した実薬対照ランダム化比較試験の実施が考えられる。その場合、免疫原性を主要評価項目として設定したピボタル試験のデータより薬事申請し、製造販売後調査等によって臨床イベントを評価するスキームが検討される。製造販売後調査等を活用するパターンの1つとして、データベース基盤を用いた研究が有用であったが、日本国内にはワクチン評価に利用可能なデータベース基盤が存在しないことが明らかとなった。
さらに、初発・後続のいずれにおいても複数のワクチンが同時に開発される状況では、マスタープロトコルを用いたプラットフォーム型治験が臨床的に有意義で明確な結果が迅速に得られる強力な手段であると考える。一方で、様々なアダプテーションやベイズ流アプローチを用いたマスタープロトコルを用いる場合はその統計的性能をシミュレーション実験等で評価する必要があり、そのプロトタイプを事前に構築することが望ましい。また、プラットフォーム治験は場合によって大規模かつ長期に渡り、複数の重要分野の専門家が有機的に連携した試験実施体制の整備が必須である。
PMDA発足後に承認された39品目のワクチンの有効性評価のために実施された59の治験デザインの分析結果、内資起源ワクチンの開発企業による臨床的イベントを主要評価項目に設定した大規模治験や国際共同治験等が実施されていない現状が確認された。また、ワクチン開発の治験計画等の迅速化にあたり、企業側の体制やPMDAの治験相談等の提供体制に課題があるかワクチン開発を行う企業10社を対象としアンケート調査を実施した結果、多くは企業内に生物統計家は複数確保されており、現行のPMDA体制に対し大きな問題は指摘されなかった。
2.ワクチン開発の治験デザインに対する生物統計学的検討
公衆衛生危機管理上重要となる新興感染症の勃発としては、ウイルス性呼吸器感染症がワクチン開発の優先順位が高いシナリオと考えられ、初発・後続ワクチン別に取り得る治験デザインを検討した。
① 初発ワクチン
臨床イベントを主要評価項目としたプラセボ対照ランダム化比較試験による評価が必要であり、比較的大規模な治験の実施を要する。従って、試験実施中の有効性評価に基づく有効中止/無効中止といった意思決定や被験者数の再設定等の事前計画に基づくデザイン変更を伴うアダプティブデザインを利用した試験デザインは有効である。さらに新興感染症のワクチン開発は計画時に想定していた治験計画に影響を及ぼす事項が十分に起こり得るため、変更の可能性による影響をシミュレーションにより事前に評価することは重要である。また、ワクチン開発においては、基礎的・臨床的・疫学的な知見が十分に集積されるまでは感染性や致死性、その作用機序等について不明瞭な中で治験デザインを立案せざる得ないことが想定され、不確実性を確率的に表現できるベイズ流解析方法は有用な解析手法となりうる。
② 後続ワクチン
臨床イベントに対する有効性と相関性が認められる免疫原性に基づくサロゲートマーカーを主要評価項目として設定した実薬対照ランダム化比較試験の実施が考えられる。その場合、免疫原性を主要評価項目として設定したピボタル試験のデータより薬事申請し、製造販売後調査等によって臨床イベントを評価するスキームが検討される。製造販売後調査等を活用するパターンの1つとして、データベース基盤を用いた研究が有用であったが、日本国内にはワクチン評価に利用可能なデータベース基盤が存在しないことが明らかとなった。
さらに、初発・後続のいずれにおいても複数のワクチンが同時に開発される状況では、マスタープロトコルを用いたプラットフォーム型治験が臨床的に有意義で明確な結果が迅速に得られる強力な手段であると考える。一方で、様々なアダプテーションやベイズ流アプローチを用いたマスタープロトコルを用いる場合はその統計的性能をシミュレーション実験等で評価する必要があり、そのプロトタイプを事前に構築することが望ましい。また、プラットフォーム治験は場合によって大規模かつ長期に渡り、複数の重要分野の専門家が有機的に連携した試験実施体制の整備が必須である。
結論
内資系企業が新規ワクチンを開発するためには、平時にて臨床的イベントを主要評価項目とした国際共同治験等を実施し、体制整備を始めとした治験環境等を整える必要があるだろう。また、緊急時に新規ワクチンを開発する上では迅速に治験デザインを立案し、効率的にエビデンスを創出するデザインを用いた治験実施が重要となる。ベイズ流アプローチ、アダプティブデザイン、マスタープロトコル等の応用的な治験デザインは有効性評価を迅速にする上で有用な方法であり、そのような治験を実施可能とする生物統計学的な観点からの動作特性や体制整備含め平時からの準備が推奨される。
公開日・更新日
公開日
2022-08-03
更新日
2023-01-17