ウイルスを標的とした発がん予防の研究

文献情報

文献番号
199700522A
報告書区分
総括
研究課題名
ウイルスを標的とした発がん予防の研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
吉倉 廣(東京大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 井廻道夫(自治医科大学教授)
  • 神田忠仁(国立感染症研究所遺伝子解析室長)
  • 宮村達夫(国立感染症研究所ウイルス第2部部長)
  • 田島和雄(愛知県がんセンター疫学部部長)
  • 十字猛夫(日本赤十字研究所所長)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
-
研究費
51,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトのがんは種々の原因により起こる。その中に、ウイルスによる事が確実に分かっているものがある。これらのがんは、ウイルス感染予防、治療により発病を予防する事が出来る。ウイルスによって起こるがんの対応策は比較的明快である事から、これを標的とした対策を取る事はがん予防の上で非常に大切である。
がんに関わるウイルスとして、成人性白血病(ATL)の原因であるHTLV-1、肝がんの原因であるB型及びC型肝炎ウイルス、子宮がんの原因であるパピローマウイルスを対象とした。本研究は、これらのウイルスの感染予防、及び治療に関する新しい手法を開発する事を目的としている。しかし、応用に直結するにはこれらのウイルスの性格に尚不明の点が多い。従って、基礎研究を十分充実させながら研究を推進している。
研究方法
ひとの子宮がんの原因であるパピローマウイルス(HPV)については、神田が担当した。発がん遺伝子であるE6と宿主遺伝子との相互関係を明らかにし、遺伝子治療の標的の検索を行った。又、試験管内でウイルス蛋白を集合させ、ワクチン及び診断用抗原としての開発を行った。
ひと肝臓がんの原因であるc型肝炎ウイルスについては、吉倉、宮村、井廻が担当した。吉倉はHCVの培養系での研究を続行し、加えて近年発見されたHCVに近縁のHGVの培養系の開発を行った。井廻はCTLを誘導するHCVの抗原部位の同定とそれを用いたDNAワクチン開発を行って来たが、本年度からヘルパーT細胞を誘導するDNワクチン開発を開始した。宮村はHCVと宿主アクチン分子の相互作用の研究をこなった。
結果と考察
(1)輸血血液調査を基盤にした研究の成果:感染予防は、ウイルスの感染経路を明らかにし、正確な診断に基づき感染を防ぐ事に尽きる。HTLV-1、B型及びC型肝炎は血液による感染が主であり、現在は輸血及び血液製剤の原料となる血液のチェックにより感染の危険性は以前よりも可成り減少している。しかし、我々の日赤を中心とした研究結果であると危険性がゼロになった訳ではない。特にC型肝炎ウイルスは感染経路の明らかでない伝播が今も続いている事が分かっている。又、B型肝炎ウイルスの輸血感染がウインドウ期にある供血者が原因で起こり、しかも多くのケースでがんに結びつく可能性のあるキャリアーとなる事が分かってきた。この様に、輸血血液のウイルスゲノム検出が必要な状況が認識され、Transcription Mediated Amplification法を導入事となった。
(2)HTLV-1の介入試験:HTLV-1は母子感染が現在では主要なルートと見られており、授乳への介入試験で最も適切な方法を開発し評価した。短期間の授乳はむしろ感染予防にプラスになる可能性があり、結論を急いでいる。しかし各家系別に細かく調査すると、断乳でもHTLV-1の母子感染のある家系が発見された。この事から、或地方全体として集計すると、断乳あるいは短期授乳がウイルス感染を抑えている結果となるが、個々の例では必ずしもそうではない事が明らかになりつつある。
(3)C型肝炎ウイルスの研究:C型肝炎ウイルスについては、数年前この研究班で世界最初の培養に成功し、インターフェロンや中和抗体などがウイルス感染を押さえる事を証明した。肝臓以外で増殖するウイルスのある事、臓器で増殖しているウイルスの遺伝子が少しずつ異なる事、などこのウイルスの体内での潜伏機構に関係する解析が進んでいる。又、C型肝炎に似たG型肝炎の培養の研究が進行し、このウイルスの面白い性格が分かり始めている。中和抗体の測定が可能である事などをベースにワクチン開発を目指している。本年度の研究で、慢性骨髄性白血病患者のリンパ球でHCVが増殖し、血清中にあるウイルスとは遺伝子配列の異なる事を見いだした。HCVが肝臓以外の病気に関与している可能性を示唆する。又、HCVに遺伝子構造の良く似たHGVが近年報告されたが、このウイルスの培養に成功し、このウイルスの感染もインターフェロンで抑制される事を見いだした。なお、この研究の中で、PCRよりは10分の1位感度は悪いが、ハイブリッド法に比べ100倍位感度のよい遺伝子検出法を発見した。これは、耐熱性DNAポリメラーゼが一定温度でATの伸張を高速に行う事を利用したものである。新しい原理の遺伝子検出法で、PCRよりも特異性が高く、特にstrand secificな検出に威力のある事を見いだした。
HCV感染患者のヘルパーT細胞応答とその抗原エピトープの解析を行った。HCVコア抗原1-120刺激に対し患者19例中15例が増殖応答を示し、特にインターフェロン著効例では全例陽性であった。健常人に増殖応答する例が見つかり、ひょっとすると、HCVが排除されたケースでありえる。少なくとも一つの最小エピトープを同定出来たので、これをDNAワクチン開発に使用する予定である。
HCVコア蛋白と細胞アクチンとの結合を証明した。今後、HCVのpathogenesisとの関係を研究する必要がある。
(4)ヒトパピローマウイルス(HPV)の研究:子宮がんの原因であるパピローマウイルスの感染は恐らく性行為であろう。診断とワクチン開発を目的とし、ウイルスの構造遺伝子を遺伝子組み替えで沢山作り、これでウイルス粒子に似た感染性のない粒子を作るのに成功した。特に本年度はL1とL2両方の粒子蛋白からなるウイルス粒子の作成に成功した。モノクローナル抗体の作成実験から、L2の粒子形成における構造の特徴が明らかとなり、ワクチン開発への大きなヒントを得た。即ち、以上の合成粒子で出来る抗体には、L1L2が作る立体構造を認識するものと、L2のアミノ酸一次配列を認識するものがみつかるが、後者にはパピローマウイルス間でよく保存されている配列を認識するものがあった。このようなペプチドがワクチン候補になるのではないかと考えられる。又、L1L2粒子を利用し、昨年行ったL1粒子によるよりも、より有効な血清疫学が可能となる可能性が出てきた。
HPVのがん遺伝子の一つにE6がある。これと相互作用する宿主遺伝子蛋白としてhMCMが見つかった。この蛋白とE6との結合を種々のHPVにつき比較するとがんを起こすHPVに強い結合能が証明され、hMCMのHPVによる発がんへの関わりが示唆されるに至った。
C型肝炎感染者は日本人口の1ー2%と云われている。子宮がんの原因であるパピローマウイルスを持っている人も可成りいるようである。このような既に感染している人のがん発病を予防する方策を考える為基礎研究を行っている。パピローマウイルスについては、ウイルスの遺伝子の相互作用し、発がんに関係しているらしい人の遺伝子を分離する事に成功した。又、ウイルスに対する抗体の分子クローンを取り、これで子宮がんの治療をしようと云う遺伝子治療の研究も進んでいる。
このような、特定のウイルスを標的としていては、いつ新しいがんウイルスが現れるか心配である。がんウイルスは血液による事が多いので日赤が班員となり、B型、C型肝炎ウイルスHTLV-1の動向を調べつつ、血液の保存事業を行い、可能性のあるがんウイルス流行の調査の為に備えている。上に述べた肝炎ウイルス流行の新しい問題もこのような調査の中で出てきたものである。
結論
HPVについては、DNA合成のライセンシング因子の一つであるhMCM7 (hCDC47) とHPVのE6蛋白質の結合は発癌性の16, 18, 58型で強く、非発癌性の6, 11型や、細胞形質転 換能を失った16型の変異E6蛋白質では弱いことを明らかにした。又HPV16のL1, L2からなる会合粒子を作成し抗原分析をした。その結果、L2蛋白質のアミノ酸59-81の領域が粒子表面に露出しており、HPV型間に交差性を持つ抗原決定基を含むことを明らかにした。この様な部位はワクチン抗原として候補になり得る。
HCVについては、従来からリンパ球で増殖するSpeciesは特別であることを示してきたが今回慢性白血病細胞でのHCVの持続感染を解析し、血清中では稀なクローンが関わっている事を示した。更にHCVに近縁のHGVの培養系を確立し、インターフェロンが感染を抑えることを示した。又HCV, HGVのような全長ゲノム検出の困難なウイルスの検出のために新しい原理による高感度検出系を開発した。
慢性C型肝炎患者19例中15例(78.9%)でHCコア抗原アミノ酸1-120刺激に対する末梢血リンパ球の増殖応答が見られた。一方HCV抗体陰性の健常者にもHCVコア抗原刺激に対するリンパ球増殖応答を有するものが存在することが明らかになった。
HTLV-Iの母児感染は授乳管理によりその危険度を低減できる。完全断乳による人工乳管理で3%へ、6ヶ月未満の短期母乳では10%以下に低下させた。ただし、授乳法に関わらず明らかにHTLV-Iの高危険群となる母親が存在している事が明らかになった。
日赤の輸血に於けるHBV、HCV、HIVの感染を look backにより解析した。HBVについてはwindow期感染が少なくない事、又そのような感染者がキャリアーになる事が明らかとなった。

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