疫学に基づくがん予防に関する研究

文献情報

文献番号
199700521A
報告書区分
総括
研究課題名
疫学に基づくがん予防に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
富永 祐民(愛知県がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 立松正衞(愛知県がんセンター研究所)
  • 菊地正悟(順天堂大学医学部)
  • 祖父江友孝(国立がんセンター研究所)
  • 大島明(大阪府立成人病センター調査部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
25,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
これまでの疫学的研究からヒトの発がんにはたばこと食物の寄与度が大きいことが明らかにされているので、本研究においては食生活、喫煙と密接な関係がある胃がんと肺がんを対象として、危険因子解明のための大規模な疫学的研究、1次予防に向けての研究を行う。?現在なお日本人が最もかかりやすい胃がんについては食生活などの生活習慣、Helicobacter pylori(Hp)の感染と胃がん、およびその高危険病変である萎縮性胃炎との関係を調べと共に、萎縮性胃炎と胃がんの関係を臨床病理疫学的に解明する。?わが国で最近急増しつつある肺がんについては組織型により増減傾向が異なり、喫煙との関連性にも差がみられるので、肺がんの高率地域と低率地域において大規模な患者・対照研究を実施して、地域別、組織型別に危険因子の解明を行い、きめの細かい予防対策を立てる。また、肺がんの1次予防を目指して、これまで喫煙対策が十分進んでいない職域を対象として禁煙支援システムを開発し、介入試験を実施してその効果を評価する。
研究方法
胃がんについては1985年から1989年にかけて愛知県がんセンター病院消化器内科を受診し、胃内視鏡検査を受けた患者の内、胃がんの既往、胃切除術を受けた者などを除く約5,400人を対象として、長期間の追跡調査から新発生胃がん患者を把握し、ベースライン調査時の生活習慣、萎縮性胃炎所見などとその後の胃がんリスクの関係を解析した。さらに、経過観察中に把握された新発生胃がん患者の切除標本や生検標本について、腸上皮化生所見、p53変異、Hp感染などについて時系列的に詳細な組織学的な検索を行った。Hp感染と胃がんの関係についてはスナネズミを用いて発がん実験を行った。さらに、萎縮性胃炎、Hp感染、胃がんリスクの関係について、2つの職域を対象として疫学的研究を行った。萎縮性胃炎の有無と程度は血清ペプシノゲンI(PGI)とペプシノゲンII(PGII)値から推定し、Hp感染の有無は健診時の残余血清を用いてHp IgG抗体値を測定した。肺がんについては死亡率が高率な大阪府と沖縄県および死亡率が低率の長野県を対象として、人口動態統計および地域がん登録資料に基づいて、組織形別に肺がんの死亡率と罹患率の推移と地域差を調べた。さらに、3地域において組織型別に肺がんの危険因子を解明するための大規模な肺がんの患者・対照研究を行った。また、肺がんの1次予防を目指して、大都市の1モデル事業所に加えて、新たに3事業所を対象として喫煙対策研究(主として、禁煙支援方法の開発と喫煙行動に対する介入試験)を行った。
結果と考察
1)萎縮性胃炎と胃がんに関する臨床病理、疫学的研究
?約5,400人の胃内視鏡検査受診者を対象として、平均9.5年間追跡し、92名の新発生胃がん患者を把握した。昨年度に比べて新発生胃がん患者は12名増加したが、萎縮性胃炎に対する胃がんの相対危険度(RR)および統計学的有意性は僅かに低下した(RR=2.67, 95%信頼区間=0.99-7.35 → RR=2.01, 95%信頼区間=0.87-4.64)。また、高度の萎縮性胃炎症例では中等度の萎縮性胃炎より胃がんリスクが低くなる傾向が観察された。1985年から1995年への10年間の胃内視鏡所見を比較し得た157例(男79例、女78例)について萎縮性胃炎所見を比較したところ、大きな変化はみられなかった(完全一致率=68.8%、上下1段階を変化無しとした不完全一致率=97.5%)。ベースライン検査時に萎縮性胃炎所見がみられなかった22例については10年後に軽度の萎縮性胃炎が見られた者は5例(22.7%)、中度の萎縮性胃炎が見られた者は1例(4.6%)、併せて6例(27.3%)であった。今後さらに対象集団の追跡を継続し、新発生胃がんが100例を越した時点で最終解析を行う。
?1989年と1996年の職場検診の受診者2,699人の血清ペプシノゲン(PG)値I,IIに基づく萎縮性胃炎の年次変化を調べたところ、同一群では経時変化が少なかったが、同一年齢群で比較すると最近生まれた集団の萎縮性胃炎所見が軽度であった(加齢の影響より、出生年コホートの影響が大きかった)。
?4,346人の職域対象者の血清Hp IgG抗体を測定し、Hp感染の危険因子を分析したところ、同胞数が多いこと、父親の胃疾患の既往歴などがある症例の感染リスクが高かった。
?上記の?の胃内視鏡受診者から発生した胃がん54例と性・年齢をマッチした非がん対照54例の手術/生検標本を粘液・免疫組織学的に検索したところ、胃腸上皮混合型の腸上皮化生が胃がんに多くみられたが、p53変異、Hp感染には有意差がみられなかった。
?スナネズミに対してN-methyl-N-nitrosourea(MNU)とN-methyl-N'-nitroso-N-nitroso- guanidine(MNNG)を投与した実験胃発がんモデルを確立し、Hp感染のpromoter作用とco-initiator作用があることを証明した。ただし、Hp感染単独では胃がんは発生しなかった。
2)肺がんの疫学と予防に関する研究
?肺がんの高率地域と低率地域での組織型別の危険因子を究明するために、肺がん死亡率が高率の沖縄県と大阪府、肺がん死亡率が低率の長野県の3地域で患者・対照研究を行いつつある。1996年1月から3年計画で症例を集積する予定であり、1997年6月までに肺がん患者635例(大阪512例、長野県佐久102例、沖縄宮古21例)、対照患者2,163例(大阪1991例、長野県佐久128例、沖縄宮古44例)を集積した。組織型別に危険因子を解明するためにはさらに多数の症例を確保する必要があり、1998年度末まで症例集積を継続し、必要症例数の集積が終了した時点でデータを詳細に解析する。本年度は人口動態統計資料に基づいて都道府県別に肺がんの年齢調整死亡率(1960-95)を計算し、男女とも沖縄県と大阪府で肺がん死亡率が高く、長野県で低いこと、その差は拡大傾向にあることを明らかにした。また、大阪府、沖縄県、長野県(佐久地域)の地域がん登録資料に基づいて、3地域の組織型別肺がん罹患率を比較した。その結果、肺がん罹患率についても肺がん死亡率と同様の傾向がみられ、組織型別にみると、男では沖縄県では他地域より扁平上皮がんが多く、沖縄県、大阪府共に長野県(佐久地区)に比べて腺がん、小細胞がんが多かった。女では沖縄県、大阪府共に長野県(佐久地区)に比べて扁平上皮がん、小細胞がんが多く、腺がんについては3地域で差はみられなかった。
?肺がんの1次予防を目指した喫煙対策に関する研究としては、平成8年度までに農山村地域(大阪府能勢町)での地域ぐるみの包括的な喫煙対策システムを確立し、その効果を評価し、一定の効果を得たので、平成9年度から都会の職場における喫煙対策システムの確立、その効果を評価するための研究を開始した。本年度はモデル職場(大阪市の某衣料品卸会社)におけるこれまでの分煙・禁煙支援に関する経験に基づいて、新たに3事業所を加えて、喫煙行動に対する介入研究に関する研究計画の作成、職場関係者との研究打ち合わせ、対象職場での指導者トレーニングを行った。
結論
わが国で多い胃がんについては、生活習慣、萎縮性胃炎と胃がんに関する大規模なコホート研究を行い、萎縮性胃炎と胃がんの間には密接な関係があること、萎縮性胃炎所見の10年間の経時変化は比較的小さいこと、組織学的研究から胃腸混合型の腸上皮化生が胃がんに多くみられること、Hp感染率は年齢よりも出生年コホートの影響が大きい(より最近生まれた者の感染率が低い)ことがわかった。Hp感染と胃がんの因果関係を確認するために、スナネズミに対してMNUとMNNGを投与した実験胃発がんモデルを確立し、Hp感染にはpromoter作用とco-initiator作用があることを証明した。ただし、Hp感染単独では胃がんは発生しなかった。わが国で急増しつつある肺がんについては、肺がんの高率地域と低率地域で組織型別肺がんの患者・対照研究を行うと共に、肺がんの1次予防を目指して大都市の職域を対象として喫煙に対する介入方法の確立と評価に関する研究を行いつつある。

公開日・更新日

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