EBウイルス関連胃癌の局所免疫機構と個体特性に関する研究

文献情報

文献番号
199700518A
報告書区分
総括
研究課題名
EBウイルス関連胃癌の局所免疫機構と個体特性に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
徳永 正義(鹿児島大学医学部公衆衛生学教室)
研究分担者(所属機関)
  • 栄鶴義人(鹿児島大学医学部難治性ウイルス疾患研究センター)
  • 秋葉澄伯(鹿児島大学医学部公衆衛生学教室)
  • 愛甲孝(鹿児島大学医学部第一外科学教室)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
EBウイルス(EBV)関連胃癌は日本人胃癌の約7%を占める胃癌であり、すべての癌細胞にEBV encoded small RNA(EBER)およびEBV nuclear antigen(EBNA)-1が発現し、EBVはepisomal monoclonalityがみられ、高い血清抗体価および粘膜内病変の"lace pattern"と呼ばれる特異な形態発現を示すなど特徴ある胃癌である。本研究はEBV関連胃癌の特性、特に高度に浸潤するCD8 Tリンパ球が認識するEBV感染胃癌細胞の抗原、EBV関連胃癌患者の遺伝学的背景、および、EBV関連胃癌患者の治療と予後の特性を明らかにすることを目的とする。
EBVはヒトに普遍的に存在するウイルスであり、日本の成人ではほぼ100%EBVが潜伏感染している。しかし、EBV関連胃癌の発生はごく一部の人に限定されており、このような人々の遺伝学的背景を明らかにする必要がある。また、発生したEBV関連胃癌では、粘膜内の早期胃癌や浸潤癌のリンパ上皮腫様の組織像を示す腫瘍でリンパ球浸潤が著明であり、患者のEBVに対する抗体価も高く、EBVに対する免疫反応が起こっている。このような局所の細胞性免疫と液性免疫を発現する機構を明らかにすることは、EBV関連胃癌の発生及び病態理解に寄与するものと考えられる。
研究方法
鹿児島県の病理施設で生検標本にて胃癌とされた症例のパラフィンブロックを借用し、Hematoxilin & Eosin染色およびEBV encoded small RNA(EBER) in situ hybridizationを施行し、EBERを発現している胃癌をEBV関連胃癌とする。EBV関連胃癌の場合、手術切除標本の検索、癌細胞および浸潤リンパ球の分離培養を実施する。切除標本では免疫組織化学的検索、早期胃癌の周辺背景病変の検索、また、浸潤リンパ球の検索をする。さらに、患者の同意を得て採血およびアンケートによる生活習慣調査をする。血液は血清でEBVのviral capsid antigen(EVC), early antigen(EA), EBNAに対するIgG, IgAの抗体価測定を経時的に実施する。さらに、末梢リンパ球分離をしてHLA typingを血清学的方法およびDNA typingで実施する。生活習慣調査では患者の喫煙、飲酒、食事嗜好品の調査をする。
結果と考察
平成9年4月から平成10年3月まで鹿児島県内の病理施設で診断された胃癌1,016例の生検標本を用いEBER in situ hybridization法にて癌細胞のEBER発現を検索することによりEBV関連胃癌44例を見出した。これらのEBV関連胃癌症例および EBV陰性胃癌を対象に研究を進めた。
EBV関連早期胃癌の凍結標本での検索で、癌細胞はEBNA-1 および EBERを発現しているのに加え、HLA class 1 および class 2も強く発現していることが明らかになった。しかし、EBV特異的細胞障害性T-細胞の標的とされるEBNA-2やLMP-1の発現は見られない。また、胃癌組織では著明なリンパ゜球浸潤が観察されるが、これらのリンパ球の大部分はCD8陽性の細胞障害性T細胞であり、癌胞巣内に浸潤しEBER陽性癌細胞と接触して存在していることがわかった。CD4陽性T-細胞は癌胞巣内には少なく、むしろ癌胞巣間に見られる。癌組織内にCD20陽性B-細胞は少ないが、時にリンパ濾胞を形成することがある、また、EBV関連胃癌では時に形質細胞の浸潤が著明である。また、EBV関連早期胃癌をEBV陰性早期胃癌と病理組織学的に比較検討したところ、EBV関連早期胃癌の周囲組織では腸上皮化生を伴う萎縮性胃炎が著明であることがわかった。しかしながら、早期胃癌の粘液組織化学的検索でEBV関連胃癌の大部分は胃型の粘液を発現していることが明らかになった。 更に、約60%の組織からHelicobacter pylori(H.pylori) DNAがpolymerase chain reaction法により検出された。このような所見から、胃粘膜におけるEBVの感染はH.pylori感染に伴う萎縮性胃粘膜に成立する可能性が示唆された。また、EBV関連多発胃癌の検索によりEBER陽性の異型上皮組織の存在が明らかになったが、このような異型上皮組織でもCD8陽性T細胞の反応が見られた。
EBV関連胃癌170例とEBV陰性胃癌1590例のリンパ節転移について検討したところ、EBV関連胃癌では全進達度でリンパ節転移の頻度が低かった。ことに早期胃癌での差異は顕著であった。すなわち、EBV陰性早期胃癌562例では53例に転移を認めたのに対しEBV関連早期胃癌75例ではリンパ節転移を全く認めなかった。
EBV関連胃癌細胞の培養を2例について実施している。うち一例は培養13代目でEBER陽性癌細胞の培養継続中である。
EBV関連胃癌患者血清から経時的抗体価測定を実施中である。現在までの成績ではEBV関連胃癌患者のVCA およびEAに対するIgG抗体価はEBV陰性患者や健常人に比較して有意に高い。また、それぞれの患者の術前から術後5年間までの観察でVCAの高抗体価には低下傾向が見られない。
EBV関連胃癌患者のHLAを陰性胃癌患者と比較したところHLA DQ3の頻度が特に高い傾向が観察された。
アンケート調査は現在までに120例について実施したが、喫煙習慣はEBV関連胃癌患者でEBV陰性胃癌患者より多い傾向が見られた。しかし、症例数が不十分であり今後の継続調査が必要である。
結論
EBV関連胃癌は実際的にはEBERを発現する胃癌と定義されるが、EBERおよびEBNA-1がすべての癌細胞に発現していること、episomal monoclonality、高抗体価、および早期胃癌での"lace pattern"と呼ばれる特徴的な形態発現などの所見から、これらの癌でEBVは発癌の初期の段階で関与している可能性が高い。
EBV関連胃癌は局所の細胞性免疫反応という面からも特異な所見が見られる。すなわち、EBV関連癌細胞胞巣の中には著明なCD8 T-lymphocyteの浸潤が見られる。しかしながら、従来知られているEBVに対する細胞障害性 T-lymphocyteの標的であるEBNA-2やlatent membrane antigen(LMP)-1はEBV陽性癌細胞で発現が見られない。したがって、CD8 T-lymphocyteの認識するEBV抗原を明らかにする必要があるが、現在までのところEBV陽性癌細胞や浸潤しているCD8 T-lymphocyteの分離培養に成功していない。
EBV関連胃癌患者の抗体検査でVCA-IgGは術前10年くらい前から、EBV関連早期胃癌の治癒的手術後5年間の経過後も抗体価に変化は見られず持続的高抗体価が観察されている。これらの所見から、EBV関連胃癌患者のVCA-IgG抗体は胃癌細胞に対する抗体ではない可能性が強い。むしろ、これらの患者は口腔や鼻咽頭などで持続的にEBV産生が起こっているという特異な免疫機構の持ち主である可能性も考えられる。このような観点から患者のHLA型の検索を実施してきたが、EBV関連胃癌患者ではHLA-DQ3の頻度が高いことが明らかになった。
EBV関連胃癌患者の予後については、EBV陰性患者と比較してやや良好であるという傾向が得られているが、両者間に明らかな有為差を得るに至っていない。しかしながら、リンパ節転移を検索したところ、EBV関連胃癌ではEBV陰性胃癌に比較して極端に転移の頻度が低い。この所見はEBV関連胃癌細胞そのものがリンパ節転移を起こしにくいという特性を持っていると考えられる。ことに、我々のEBV関連早期胃癌症例ではリンパ節転移を全く認めなかったことから、胃癌の生検標本でEBERの発現を検索することは臨床上有意義であると考えられる。

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