小児がんの遺伝的・発生生物学的要因の解明と診断への応用

文献情報

文献番号
199700517A
報告書区分
総括
研究課題名
小児がんの遺伝的・発生生物学的要因の解明と診断への応用
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
秋山 洋(国立小児病院)
研究分担者(所属機関)
  • 恒松由記子(国立小児病院)
  • 佐伯守洋(国立小児病院)
  • 宮内潤(国立小児病院)
  • 谷村雅子(国立小児医療研究センター)
  • 水谷修紀(国立小児医療研究センター)
  • 藤本純一郎(国立小児医療研究センター)
  • 東みゆき(国立小児医療研究センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
21,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
小児がんは臓器の発生・分化と関連を有するものが多く、発症要因、組織像、増殖分化能、退縮傾向、化学療法の感受性など、様々な成人のがんとの相違点がみられる。また先天奇形に高率に発生する特定の腫瘍の解析から、発癌機構に関する遺伝子レベルの解析が可能である。本研究班では、小児がんの生物学的特性の原因を遺伝的、発生生物学的、疫学的観点から解明してその結果を治療に応用し、さらに遺伝子診断や患者の細胞保存に関する諸問題を解決するための研究を行う。具体的には以下の研究を行う。1)小児がんの遺伝的背景の解明:遺伝性小児がんの代表的疾患であるAtaxia Telangiectasia (AT)の遺伝子は10kb以上の大きなもので解析は簡単ではない。異常遺伝子産物ATmに対する抗体を作成し、血清学的スクリーニング法を確立する。2)細胞周期関連遺伝子の役割の解析:細胞周期のS期への移行を抑制する因子p16とp27およびretinoblastoma蛋白 (pRB)の蛋白発現を組織化学にて検討し、腫瘍の増殖と分化との関連を調べる。3)微小残存腫瘍の検出法の確立:高感度で微小残存腫瘍を検出しうる分子生物学的検索法を開発し、臨床的意義を確立する。4)抗腫瘍免疫強化:T細胞活性化に重要な役割を担っているCD80を神経芽腫に遺伝子導入して、癌細胞に対する細胞障害性T細胞(CTL)誘導が可能か否かを検討する。5)小児難知性白血病の病態解明:未分化Bリンパ球での増殖機構をチロシンキナーゼに着目して解析し、小児白血病の増殖抑制法を開発する。6)がんの発生要因の遺伝疫学的研究:小児がんと先天奇形の合併状況の解析から、それらの共通の原因遺伝子を探索し発生機転を解明する。7)遺伝子診断に関わる倫理問題:がんと遺伝、遺伝子検査等についてがん患者とその家族の意識を調査し、これらについて患者や家族に考えてもらうための意識付けを行う。
研究方法
1)ATm蛋白N末端150アミノ酸のリコンビナント蛋白をウサギに免疫して抗体を作製し、ウエスタンブロット法により抗体の検定を行った。2)神経芽腫15例の組織切片を用いた免疫組織化学にて、p27、p16、pRBの局在を解析した。3)神経芽腫17例より得られた31検体につき、tyrosine hydroxylase mRNAを指標としてRT-PCR法により微小残存神経芽腫細胞(MRD)の有無を検索し、その臨床的意義を検討した。4)癌細胞への遺伝子導入を可能にするため、CD80遺伝子導入アデノウイルス(Ad)ベクタ- を構築した。遺伝子導入癌細胞とアロあるいは自己末梢血リンパ球との共培養後の細胞障害活性を51Cr遊離試験にて検討した。5)Pro-B細胞株(KM-3、Reh)、Pre-B細胞株Nalm-6およびEarly-B細胞株Daudiにつき、Western Blot法でSrc型チロシンキナーゼ(TK)および他のシグナル伝達系TKの発現を検討した。6)小児がん全国登録に蓄積された32,294例の資料に基づき、統計学的に有意な小児がんと奇形との合併を検討した。7)がん患者の両親と本人を対象とし、がんと遺伝、がん素質の発症前遺伝子診断、等についてアンケートを行った。対照として本院の看護婦、院内養護学級教諭および医学生にも配布した。
結果と考察
1)健常者、ATホモ患者10例、ヘテロ患者10名の末梢血B細胞株より蛋白を抽出し、ウエスタンブロット法によってATm蛋白を検定した。健常者では350kDaのATm蛋白を検出したが、ホモ患者では全く検出されず、ヘテロ患者では健常者の1/2程度の蛋白発現を認めた。ホモ患者ではATm蛋白の欠損ががん感受性を高めていると考えられた。ヘテロ患者でも蛋白レベルでは異常と考
えられた。2)神経芽腫ではp27は未熟な腫瘍細胞では陰性ないし微弱陽性であったが、神経節細胞に分化しつつある段階では細胞質と核内に陽性で、成熟した神経節細胞には核内のみが陽性であった。p16 も同様に分化を示す腫瘍細胞に陽性反応が見られた。pRBは逆に未熟な小型の神経芽腫細胞に陽性反応がみられた。細胞周期抑制因子の局在は神経芽腫の分化と関連することが示された。細胞内局在の違いの意義は今後検討すべき重要な課題と考えられた。3)微小残存腫瘍の検出:IVA期症例の骨髄5検体(15%)と末梢血3検体(50%)およびIVB期症例の骨髄1検体(50%)のみでMRD陽性所見を得た。骨髄MRD陽性の5例のうち完全寛解は2例(40%)であり、MRD陰性例の完全寛解率70%を大きく下まわった。初診時末梢血でMRD陽性の3例中、完全寛解は1例(33%)のみで1例は死亡したが、MRD陰性の3例は全例完全寛解を得た。骨髄MRD陰性で治療を終了した症例や、MRD陰性骨髄を移植した症例は再発・転移を認めていない。RT-PCR法によるMRDの検出法は予後予測因子として、また安全性確認にも有用と考えられた。4)Adベクタ- を用いることで培養癌細胞のみならず新鮮分離癌細胞に対しても高発現のCD80遺伝子導入が可能になった。悪性黒色腫および神経芽腫においてはCD80遺伝子導入により明らかな細胞障害活性増強が認められ、これらはTCR依存的な活性であることが確かめられた。一方、口腔扁平上皮癌および肺腺癌/小細胞癌においてはCD80遺伝子導入効果が認められなかった。神経芽腫はCD80遺伝子導入によりCTL 誘導増強可能な癌種であることが明らかになった。神経芽腫はcostimulatoryシグナル付与効果の優れた癌腫であることが示された。5)Src型TKの発現では、 Hck がKM-3とRehで特異的に発現していた。一方、Lyn, Fynの発現はNalm-6, Daudiで強く、KM-3, Rehでは僅かであった。他のTKも発現の差は見られなかったが、KM-3から抗Syk抗体で免疫沈降したものの中にチロシン残基リン酸化を受けたCD45とCalnexinが含まれることが判明した。SykがCD45およびCalnexinと結合していることは未分化Bリンパ球の増殖機構解明に役立つ成果である。6)がんと奇形とが同系統の臓器に発生した組合せには、ウイルムス腫瘍と腎・尿管・尿道奇形、肝腫瘍と胆道閉鎖、睾丸腫瘍と停留睾丸、卵巣腫瘍と子宮卵巣形成不全、皮膚がんと母斑などがあった。近接の臓器に発生した組合せは、睾丸腫瘍と鼠径ヘルニア、尾仙部奇形腫と鎖肛・尿管・尿道・二分脊椎、Wilms腫瘍と停留睾丸などであった。異なる臓器に発生したものには、ウイルムス腫瘍と精神発達遅滞・虹彩欠損・白内症・心奇形・色素異常、ANLLと低身長・腎奇形、肝芽腫と精神発達遅滞・半側肥大、肝腫瘍と血管腫、消化器がんと精神発達遅滞、神経芽腫と幽門狭窄、睾丸腫瘍と心奇形、骨腫瘍と停留睾丸などがあった。以上から小児がんと奇形の新たな関連性が示唆された。がんと同系統の臓器には単独奇形の合併が多く、同一遺伝子(因子)の多面発現の可能性があり、がんと異系統の臓器の奇形には多発奇形や精神発達遅滞を伴うことが多く、がんと奇形の原因遺伝子が連鎖している可能性が高い。7)患者家族からは平均45%の回答率を得た。回答者は父67人、母77人、患者本人15人その他2人(計161人)の回答であった。早期診断の価値が高いがんの遺伝子検査を受けさせるという回答は50%、受けさせないという回答は6%であった。研究的な遺伝子検査への協力は、55%の人が検査を受け結果も知りたいと答えた。他の対照集団では、医学生が条件なしで賛成の傾向、その他は否定的な回答が多かった。患者や家族ががんの遺伝を理解し、予防へつながる道を積極的に取り入れたいという希望が大きいことがわかった。
結論
小児がんの特性を遺伝・生物学的ならびに臨床的・疫学的に解析した。今回作製したATM抗体はAT患者のみならずキャリアーの診断も可能となるため、臨床応用が期待しうる。細胞周期抑制遺伝子の発現は神経芽腫の分化に関連することが示された。遺伝子増幅による神経芽腫のMRD検索は、治療戦略の決定など重要な役割を果たし得ることが示された。神経芽腫はCD80分子によるシ
グナル付与による腫瘍特異的T細胞誘導効果の高い癌であることが示された。成熟Bリンパ球で刺激伝達に関与するSykキナーゼが、小児白血病由来未分化B細胞株ではCD45やCalnexinと複合体を形成していることが明らかとなった。がん関連遺伝子の探索に有用な特定の小児がんと奇形との組合せが疫学的解析から示された。患者と家族に対するアンケート調査の結果、遺伝子診断で発症前診断することを前向きに考えていることが判明した。

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