発がん感受性・抵抗性ならびに高発がん家系に関する研究

文献情報

文献番号
199700516A
報告書区分
総括
研究課題名
発がん感受性・抵抗性ならびに高発がん家系に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
横田 淳(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 吉村公雄(国立がんセンター研究所)
  • 宇都宮譲二(兵庫医科大学)
  • 牛島俊和(国立がんセンター研究所)
  • 鎌滝哲也(北海道大学薬学部)
  • 佐藤昇志(札幌医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
82,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
遺伝性腫瘍や高発がん家系の要因に関する研究は、この十余年の間にがん抑制遺伝子研究を中心に急速に進み、また、最近ではDNA損傷の修復異常との関連性もわかってきた。その結果、変異した遺伝子を遺伝的に受け継いでいるヒト、あるいは、遺伝子変異を起こし易いヒトは、がんになり易い体質であることが明らかになった。そこで、現在のがん研究の課題のひとつは、「がんになり易い体質をどこまで遺伝子レベルで解明できるか。その診断・治療・予防をどのように進めたらよいか。」ということである。しかし、我が国では高発がん家系の報告は少なく、その実態も十分に把握されていない。また、現在までに単離・同定された遺伝子の異常だけでは既知の高発がん家系のほんの一部しか把握できないる。そこで、本研究では、発がんに対する感受性・抵抗性の機構を分子レベルで解明し、その結果を臨床へ応用することを目的として以下の研究を進めた。第一に、がん情報のデータベース化及びがん患者の家系調査を進め、その結果、見い出された家系・患者におけるがん集積の状況を検討した。さらに、原因遺伝子の同定されている高発がん家系についてはその遺伝子診断を進め、新たに見い出されたがん集積家系についてはその家系に共通した特徴を整理し、がん集積の遺伝的要因を検討した。第二に、ラットの発がん感受性遺伝子、DNA修復に関与する遺伝子、発がん物質の代謝に関わる遺伝子、がん細胞の抗原性を規定する遺伝子などの単離・同定を行い、それらの遺伝子異常あるいは多型と発がん感受性の関連性を検討した。
研究方法
(1)がん情報のデータベース化及び家系調査による高発がん家系の把握
胃がん患者584名の家族歴を、独自に開発した家族歴登録システム「Family soft」に入力し、胃がんの集積状況について検討した。大腸がん研究会が収集したHNPCC家系156例を入力し、がん罹患部位について解析した。
(2)高発がん家系における遺伝的な遺伝子異常の把握
APC遺伝子の診断法についてPCR-SSCP法とProtein Trancation Test法の検出率を比較した。胃がん集積家系におけるマイクロサテライトDNA複製異常の頻度を調べた。
(3)実験動物モデルを利用した発がん感受性遺伝子の探索
ACIx(ACIxBUF)F1 backcrossラット117頭に83mg/lのMNNGを飲水中に混じて32週間投与し、胃がんの発症について観察した。遺伝子座位は、独自に開発したRDA、B1RDA、CAATRDA、AP-RDAマーカーと従来のマイクロサテライトマーカーを用いて決定した。
(4)DNA損傷修復酵素の活性と発がん感受性に関する研究
ヒトhOGG1遺伝子産物が2本鎖DNAから8-ヒドロキシグアニンを修復する酵素活性を、ゲルシフト法、HPLC法及びニッキング法で検討した。さらに、ヒトhOGG1遺伝子のゲノム構造を決定し、遺伝子多型について検討した。
(5)発がん物質代謝酵素の活性と発がん感受性に関する研究
CYP2A6の全欠損型変異について、ホモ欠損型の頻度を様々ながんについて検討した。CYP2A6とCYP2E1のサルモネラ菌による発現系を構築し、NNKを含む種々のニトロソアミンを被験物質として酵素の代謝的活性化能の特性評価を行った。
(6)がん細胞の抗原性及び生体の防御機構と発がん感受性に関する研究
ヒト印環細胞がんHST-2を用いてHLA-A31拘束性にキラーT細胞に認識される抗原ペプチドの配列を決定した。さらに、この抗原ペプチドを細胞に発現させ、キラーT細胞との反応を確認した。また、この抗原ペプチドの発現を他の胃がん細胞で調べた。
結果と考察
(1)がん情報のデータベース化及び家系調査による高発がん家系の把握
国立がんセンターにおいて1995年からの2年間に胃がんの手術を受けた全患者の家系図を、独自に開発した家族歴解析ソフトFamily Helpに登録した。584家系中、家系内に3名以上がん患者がいたのは107家系(18%)、2名がん患者がいたのは205家系(35%)、がん罹患が発端者のみの家系は272家系(47%)であった。また、第一度親族の胃がんは137家系(23%)、親の胃がんは99家系(17%)、同胞の胃がんは51家系(9%)に見られた。データベースとして充実させていくためには、組織型などの情報を入力したり、集積度の高い家系について家系調査を行うことが必要である。
大腸がん研究会で集められたHNPCCアムステルダム基準に合致した156家系の登録を行った。発端者以外では大腸がん399例、胃がん53例、子宮がん28例、肝がん12例、卵巣がん10例、肺がん7例、膵がん6例、その他のがん31例であった。発端者は7人が胃がん、5名が子宮がん、2名が卵巣がんにも罹患していた。より精度の高いデータベースとするためには、重複して登録されている可能性のある家系、診断時年齢不明の家系などを再調査する必要がある。
(2)高発がん家系における遺伝的な遺伝子異常の把握
APC遺伝子の遺伝子診断は、PCR-SSCPでは陽性率が37%だったが、Protein Trancation Test等では80%に上昇した。胃がん集積家系におけるマイクロサテライトDNAの複製異常は散発性の非遺伝性と考えられる胃がんと同様の頻度でしか検出されず、HNPCCと家族性胃がんとは異なる疾患であることが示唆された。
(3)実験動物モデルを利用した発がん感受性遺伝子の探索
MNNGによる胃発がんに関して、腫瘍の発生の有無では、染色体3番D3Rat55近傍に最大LOD score 3.6、染色体4番Amppに最大LOD score 2.6のピークが認められ、前者には、胃癌抵抗性に関与する遺伝子Gcr1が存在すると考えられた。腫瘍径を用いた連鎖解析では、何れの座位にも有意な連鎖は認められなかった。今後、さらに領域を限定し、標的遺伝子の同定を試みる必要がある。
(4)DNA損傷修復酵素の活性と発がん感受性に関する研究
8-ヒドロキシグアニンはGからTへの変異を誘発し、発がん要因として重要な修飾塩基だが、この8-ヒドロキシグアニンをDNA中から除去修復する機構はヒトの細胞では全くわかっていない。そこで、酵母のOGG1遺伝子と約40%の相同性を持つ新規ヒト遺伝子を単離し、hOGG1と命名した。hOGG1蛋白質は2本鎖DNA中から特異的に8-ヒドロキシグアニンを除去する活性を持っており、この酵素活性が遺伝子変異の効率を規定する一因であると推定された。また、この遺伝子は多型やスプライシングの相違によって様々な活性を持つ蛋白質を生成していることが明らかになった。今後その活性と発がんとの関連性を明らかにしていく必要がある。
(5)発がん物質代謝酵素の活性と発がん感受性に関する研究
(CYP)2A6は煙草の煙に含まれるがん原性ニトロソアミンとして知られているNNKを代謝的に活性化する酵素であり、煙草と肺がん発生との相関に寄与している可能性がある。そこでCYP2A6 遺伝子全欠損型の遺伝子多型が発がん、特に肺がん感受性の個体差に寄与している可能性を検証した。その結果、肺がん患者においてはCYP2A6 遺伝子全欠損の頻度が有意に少なく、他のがんでは相関しなかった。さらに、NDMAやNDEAのように側鎖が直鎖状であるか立体的に小さい変異原物質はCYP2E1で主に活性化されるのに対し、NMPhAやNNKのように立体的に大きくなるとCYP2A6で優先的に代謝活性化されて変異原性を示すようになることがわかった。この結果からCYP2A6発現の個体差と肺がん感受性との関連性が強く示唆された。
(6)がん細胞の抗原性及び生体の防御機構と発がん感受性に関する研究
がん細胞の抗原性に関しては、今年度より胃がん細胞に対する生体の認識機構と胃がん発生の関連性を明らかにすることを目的とした研究を開始した。胃印環細胞がん細胞株HST-2を用いてCD8(+)キラーT細胞が認識するHLA-A31拘束性の抗原を探索したところ、Tyr-Ser-Trp-Met-Asp-Ile-Ser-Cys-Trp-Ileの10個のアミノ酸からなるペプチドが同定され、F4.2と命名した。F4.2はHLA-A31陽性の他の胃がんでも発現しているものがあり、このような細胞にはCTLも反応したことから、F4.2を使用した胃がんワクチンが有効である可能性が示唆された。
結論
がん家系の登録システムが完成し、胃がん研究会、大腸がん研究会などと協力して登録が始まった。今後、順次登録の範囲を拡大して我が国におけるがん家系のがん集積状況について整理していく予定である。また、発がん感受性を規定する分子に関しても、新しいDNA修復酵素遺伝子の単離や発がん物質代謝酵素の活性の個体差の同定、またヒトおよびラット胃がん感受性遺伝子等に関して新しい情報が数多く得られた。今後は、これらの情報から臨床で役立つものを選択し、がんの予防・診断・治療への応用を検討していくことが重要である。

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