がんの浸潤・転移に関する病理学的及び分子生物学的研究

文献情報

文献番号
199700515A
報告書区分
総括
研究課題名
がんの浸潤・転移に関する病理学的及び分子生物学的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
原田 昌興(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 松隈章一(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
  • 高橋和秀(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
  • 菊地慶司(神奈川県立がんセンター臨床研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
9,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究は、ヒトがんとして最も重要な上皮性悪性腫瘍、特に近年本邦でも増加傾向の著しい前立腺がん、乳がん等ホルモン依存性がんを視点に据え、浸潤・転移性がんの特性、浸潤性獲得および治療抵抗性がん発生の要因について病理学的・分子生物学的に解析し、的確な診断・新たな治療方策の開発に資する知見の集積を目指すものである。ヒトがんはしばしば組織学的に多様な構成を示し、同一症例においても増殖能をはじめ浸潤・転移能の異なる成分が混在するため、個々症例の動的病態の予測は困難なことが少なくない。特に進行性前立腺癌における内分泌療法反応性および再燃予知の的確な指標は未だ確立されていない。がんの悪性化進展に最も重要な転移形成初期過程における浸潤性獲得には、生理的組織構成細胞における細胞間ないし細胞基質間接着性に関わる分子機構の破綻が重要な要因と想定される。ヒトがんの主要な発生母地である上皮細胞の接着分子についてはカドヘリン・カテニン系を中心とする解析が進められているが、その他の細胞間ないし細胞基質間接着分子の機能、あるいは細胞骨格分子との相互作用についての知見は未だ乏しい。がん細胞においては、正常上皮細胞に認められる細胞基質間接着の喪失に伴うアポトーシス誘導は認められず、細胞間・細胞基質間接着性喪失とアポトーシス耐性獲得には関連があることが想定される。さらに、多段階発がん過程における遺伝子変異の集積は遺伝子不安定性に基づくものと想定されるが、その実態については十分には解析されていない。この様な視点から、浸潤・転移性がんの特性についての病理学的分析、上皮細胞における細胞基質間接着分子機構の解析、細胞接着性喪失とアポトーシス耐性獲得の関連、悪性化進展過程と遺伝子不安定性の関連について研究する。
研究方法
転移性がん、難治性がんの特性を分析するために、前立腺がん臨床例、剖検例の組織材料を用い、詳細な病理組織学的分析を行うと共に、増殖、浸潤、転移に関わる遺伝子蛋白の発現についての組織化学的検索、分子生物学的検索を行ない、組織型と対比検討する。浸潤・転移に関わる分子機構を解明するために、ヒト乳腺上皮細胞の単層培養系を用い、足場依存性増殖に関わる細胞の基質への接着と基質上での伸展過程における接着分子インテグリン・アクチン及び細胞骨格分子アクチニン等の関与について主としてウエスタンブロット法による解析を行なう。また、ヒト子宮頚管上皮の正常、ヒトパピローマウイルス遺伝子導入不死化、がん化各細胞の足場非依存性増殖モデル系・浮遊培養系を用い、細胞基質間接着性喪失に伴うアポトーシス関連遺伝子群の発現変動について解析すると共に、アポトーシス誘導遺伝子蛋白のクローニングを試みる。浸潤・転移能獲得過程に伴うゲノム不安定性の実態を解析するモデル実験系を開発するため、生体内遺伝子変異の定量的試験系として開発されたBig blueトランスジェニックマウスを用い、発がん剤及び発がん刺激曝露時期の相違による変異誘発率、変異スペクトラムの解析を行なう。
結果と考察
これまでに多くのヒト前立腺がんは増殖能、アンドロゲン依存性などの性状の異なる組織型の混在からなることを報告してきた。今年度、前立腺全摘術の施行された前立腺がん症例の病理学的解析により、臨床的には組織内限局性とされた症例においても、精嚢など隣接臓器浸潤、所属リンパ節転移が25-30%に認められることを確認した。この早期浸潤・転移癌は組織異型度高度の傾向を示し、原発巣に比し低分化の髄様・索状組織要
素の優勢増殖が認められた。この髄様・索状組織要素は生化学的アンドロゲン代謝活性が低く、組織化学的アンドロゲン受容体発現の抑制傾向、がん細胞の無限増殖能獲得に関与するテロメレース活性の高発現傾向を示す。また、アポトーシス関連遺伝子蛋白Bcl-2の組織化学的発現例では同様に髄様索状要素の増殖が優勢であり、同一分化度症例群においてBcl-2発現例の予後は有意に不良であることを確認した。子宮頚管上皮細胞にヒトパピローマウイルスDNAを導入して得られた不死化細胞系により、テロメレースの活性化はこのがん化過程の1ステップである不死化過程においてみられることを確認し既に報告した。この不死化細胞は足場非依存性増殖モデル実験系・浮遊培養細胞系において増殖能を示すと共に、アポトーシス抑制的に作用するBcl-2発現の増大、アポトーシス促進的に作用するBax, Bakの発現減衰を示した。さらに、子宮頚癌細胞系は浮遊培養細胞系においては、アポトーシス過程の実行に関連すると想定されている遺伝子蛋白インターロイキン1b転換酵素・ICEファミリープロテアーゼの発現抑制が認められた。がん細胞の浸潤性増殖機転には細胞間接着機構の異常、破綻が重要であると想定され、昨年度までに細胞間接着機構に関わるカドヘリン・カテニン系の分子動態を解析し、bカテニンのチロシン燐酸化により接着分子複合体形成が阻害されること、このチロシン燐酸化は上皮細胞増殖因子EGFの受容体活性化による可能性を示した。今年度は細胞基質間接着に関わるインテグリンの発現動態についての解析を試み、正常細胞の足場依存性増殖には細胞の基質への接着と基質上での伸展が必須であり、この細胞の伸展にはa-アクチニンを介するアクチン結合インテグリンb1の関与が重要である可能性を見出した。がん細胞における浸潤増殖機転にもこのb1インテグリンをはじめとする接着分子と細胞骨格分子等との分子間相互作用の破綻が重要である可能性が想定され今後の課題となる。がんの悪性化進展は遺伝子変異の集積と共に、遺伝子不安定性に基づく発現形質の変動によりもたらされ、転移標的臓器特異性には変異修復系の存在態様の相違が想定される。昨年度までに突然変異の定量的試験系として開発されたBig blueトランスジェニックマウスを用い、化学肝発がん実験系において肝細胞誘発変異はDNA損傷修復酵素遺伝子adaにより明らかに抑制されることを明らかにした。今年度はさらに発がん刺激の曝露時期による変異集積性の相違について解析を試み、マウス胎生期の発がん剤曝露による誘発変異率・スペクトラムは胎齢により異なり、変異率の相違には変異修復系の発達が関与している可能性が示唆された。また、同じアルキル化発がん剤でも異種物質では変異様式の異なることが示された。今後、発がん剤誘発変異の曝露時期による変異率及び変異スペクトラムの相違を応用し、発がん進展過程における遺伝子変異の集積性、遺伝子不安定性の関与について検索を進める必要がある。
結論
ヒトがんはしばしば生物学的性状の異なる細胞集団により構成され、進展過程には特にアポトーシス抑制形質の発現した増殖能の高い細胞の選択的増殖が重要な関わりを持つ。異質の細胞集団の発生及び悪性化進展過程には遺伝子不安定性要因が関与していると想定される。上皮系がん細胞の浸潤能獲得過程には、インテグリン等細胞基質間接着分子及び細胞骨格蛋白分子の相互作用の失調、それに伴う増殖機転の変調が重要である可能性が示唆される。

公開日・更新日

公開日
-
更新日
-

研究報告書(紙媒体)