浸潤、転移の分子機構に基づいた転移の予防及び新しい治療法の開発

文献情報

文献番号
199700514A
報告書区分
総括
研究課題名
浸潤、転移の分子機構に基づいた転移の予防及び新しい治療法の開発
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
竜田 正晴(大阪府立成人病センター)
研究分担者(所属機関)
  • 明渡均(大阪府立成人病センター)
  • 向井睦子(大阪府立成人病センター)
  • 松本美佐子(大阪府立成人病センター)
  • 高橋克仁(大阪府立成人病センター)
  • 中森正二(大阪大学)
  • 飯石浩康(大阪府立成人病センター)
  • 伊藤和幸(大阪府立成人病センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究班では・浸潤を定量化したin vitro浸潤モデルと・ヒトにみられるような発癌から転移に至る過程を研究しうる転移動物モデルを開発した。浸潤モデルを用い,がん細胞の浸潤,転移の分子機構とシグナル伝達系の解明を行い,基礎研究により得られた成果に基づき,浸潤・転移抑制物質を検索し,さらに新たに開発した転移動物モデルを用い,その有効性を検証するという一貫した研究システムを構築した。この一貫した研究システムを用い,本年度は,さらに強力な浸潤・転移抑制作用を有する薬剤を検索し,その抑制機序を解明するとともに,転移動物モデルを用い,その有効性と安全性を確認しヒトがん転移の予防,治療への道を拓きたい。
研究方法
(1) 浸潤抑制物質の検索とその抑制機序の解明。強力な浸潤抑制物質である1-oleoyl-lysophosphatidic acid(LPA)の構造類似体である1-palmytoyl cyclic LAPおよびより代謝を受け難いと考えられる3-0-carba-cyclic LPAを新たに合成し,その浸潤抑制作用を検討した。浸潤の程度は,既に開発したin vitro浸潤モデル(単層培養浸潤モデル)を用い測定した。この培地にcyclic LPAなどの薬剤を添加し,MM1細胞(ラット腹水肝癌細胞)の浸潤に及ぼす効果を検討した。またcyclic LPAによる浸潤抑制機序を知るために細胞内cyclic AMP濃度とローダミンフェロイジン法によりアクチン重合への効果を検討した。さらにcyclic LPAによる浸潤抑制作用を形態学的に検討するため,LPAを添加したMM1細胞をポリL-リジンをコートしたスライド上にのせ,経時的に細胞を固定し,走査電子顕微鏡及びビデオエンハンサーを用い光学顕微鏡下に観察した。
(2) Verapamilによる大腸・小腸癌腹膜播種性転移の予防。Wistar系雄性ラットに発癌剤azoxymethane(7.4 mg/kg)を週一回,10週間皮下注射するとともに,同時にオリーブ油に懸濁した消化管ホルモンであるボンベシン40 オg/kgを隔日に投与すると,実験開始45週目に腹膜播種性転移が高率に認められる。カルシウム拮抗剤verapamil 10 オg/kgまたは20 オg/kgを16週目から実験終了まで皮下に隔日に投与し,45週目にすべてのラットを屠殺し大腸・小腸腫瘍の有無,腹膜播種性転移の有無について肉眼的および組織学的に検討した。
結果と考察
(1) cyclic LPAによる浸潤の抑制と作用機序。・浸潤の強力な誘発物質であるLPAの構造類似体である1-palmytoyl cyclic LPAおよび3-0-carba cyclicLPAはいずれもMM1細胞の増殖に対しては何らの影響を与えなかったが,in vitro浸潤定量モデルでは浸潤を強力に抑制した。・MM1細胞に浸潤を誘発するLPAを添加すると細胞内のcyclic AMPが減少するのに対して1-palmytoyl cyclic LPAおよび3-0-carba cyclic LPAを共存させるとcyclic AMPは一過性に上昇することが認められ,cyclic LPAによる浸潤抑制には,cyclic AMPのレベルを上昇させるためであることが示唆された。次にがん細胞の形態変化および金コロイド法による運動能に対するcyclic LPAの効果を検討した。MM1細胞の中皮細胞層への浸潤はLPAの添加により誘発されるが,スライドグラス上での運動にはLPA以外にfibronectinによりスライドグラスを予めコートすることが必要であることが分かった。LPAによって誘発されるラフリングや偽足の形成などの形態変化や細胞運動は,cyclic LPAを添加することによって完全に阻止された。さらにLPAによるMM1細胞のアクチンの重合がcyclic AMPによって抑制されることより,cyclic LPAは直接がん細胞の運動を抑制していることを明らかにした。・cyclic LPAによる浸潤抑制が細胞内cyclic AMPの上昇によるものと考えられるため,細胞内のcyclic AMPの濃度を上昇させる薬剤forskolin,cholera toxin,dibutyryl cyclic AMP,isobutyl methyl xanthine (IBMX)などの効果を検討した。細胞内cyclic AMPのレベルを上昇させるこれらの物質はいずれも浸潤を強く抑制し,LPAによって誘発されるラフリングや偽足形成などの形態変化や細胞運動がこれらの物質により抑制されることを明らかにした。さらには,LPAによりMM1細胞のアクチン重合が細胞内cyclic AMPを上昇させるこれらの物質により抑制することを示した。 今後はわれわれが既に開発した転移動物モデルを用い,in vivoでcyclic LPAと細胞内cyclic AMPレベルを上昇させる薬剤の有効性と安全性を確認し,臨床応用への道をさぐりたい。
(2) verapamilによる転移予防。・対照群では55%(11/20)のラットに大腸または小腸に腫瘍が認められた。ボンベシン単独投与群ではすべてのラット(20/20)に腫瘍が認められた。ボンベシンと10 オg/kgまたは20 オg/kgのverapamilを併用注射した群ではその腫瘍発生率はそれぞれ 90%(18/20),95%(18/19)でこれらボンベシン投与群では,verapamil併用の有無に関わらず,対照群に比べ腫瘍発生率が有意に高く,verapamilの併用は腫瘍の発生には明らかな影響を与えないことが分かった。・対照群では腹膜播種性転移は全く認められなかった。しかしボンベシンを投与した群では担癌ラット12匹中11匹(92%)と,対照群に比べ転移発生率は有意に高率であった。これに対しverapamil 10 オg/kgまたは20 オg/kgを投与した群における転移発生率はそれぞれ18%(2/11),8%(1/12)と用量依存性に低くなり,いずれもボンベシン単独投与群の転移発生率と有意の差を認めた。verapamilは臨床的に抗不整脈剤として用いられている。本実験で用いたverapamil 10 オg/kgまたは20 オg/kgは通常臨床で用いる量の約2.5倍から5倍に相当しており,今後さらに検討することによって転移抑制剤として臨床的に応用することができる可能性がある。
結論
in vitro浸潤モデルを用い,浸潤・転移の分子機構を検討し,その成果に基づき新しい浸潤抑制物質を見いだした。またこれまでのin vitroでの研究成果に基づき,カルシウム拮抗剤が転移抑制作用のあることをin vivo転移動物モデルを用い確認し,これらの物質の臨床への応用の可能性を提示した。

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