家族性卵巣がん関連遺伝子の分離と遺伝子診断による早期診断法の確立

文献情報

文献番号
199700511A
報告書区分
総括
研究課題名
家族性卵巣がん関連遺伝子の分離と遺伝子診断による早期診断法の確立
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
田中 憲一(新潟大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 石岡千加史(東北大学加齢医学研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
11,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、わが国において卵巣癌は急激に増加しつつあり、加えてその予後の悪さより本疾患の原因究明、治療成績の向上は国民的課題となりつつある。そのなかでも家族性卵巣癌は全卵巣癌の5%~10%を占めると推測され、家族性卵巣癌に関連する遺伝子としてBRCA1,BRCA2が分離されたが、わが国の家族性卵巣癌家系におけるその関与は50%前後であり、残りの家系における原因遺伝子の分離、同定が必要とされている。一方、HNPCCのキャリアーと同様にBRCA1に関連する卵巣癌患者は弧発例より予後が良好な結果が得られている。癌遺伝子、癌抑制遺伝子の解析を含む細胞周期、抗癌剤に対する感受性等の原因解明を行い、治療法の改善を行う事は必須であり、その成果は家族性卵巣癌を含む他の疾患に対して応用可能である。
研究方法
(1)母娘・姉妹などのfirst relative degreeに少なくとも2人以上の卵巣癌が存在する家系を集積し、更に乳癌患者が含まれる家系を家族性乳癌卵巣癌家系(breast-ovarian cancer family)、乳癌が認められない家系を家族性卵巣癌家系(site-specific ovarian cancer family)と分類した。患者を含め、同意の得られた家系構成員より末梢血もしくは唾液を採取し、DNAを抽出。死亡症例の場合にはホルマリン固定パラフィン包埋切片の正常組織よりDNAを抽出した。これらの検体を用い、遺伝子異常の解析を行った。(2)卵巣がん患者のうちBRCA1遺伝子の異常が認められた症例の進行期、発症年齢,組織型、治療の内容、再発の有無等の臨床、病理学的な解析を行い、弧発症例との比較検討を加える。さらに家系内での発症前BRCA1キャリアーおよび卵巣がん患者数を検索し我が国における浸透率を求める。(3)BRCA1遺伝子に異常が認められなかった家系のうち、姉妹発症例である9家系の患者のDNAを用いてnon-parametric linkage analysisを行った。マイクロサテライトDNA多型マーカー(FITCラベル)を用いてPCRを施行。PCR産物の長さの多型性をオートシクエンサーにて検出。この多型をもとにsib-pair programにより連鎖解析を行った.(4)卵巣癌症例の治療経験を有する全国の婦人科施設に過去5年間にさかのぼってアンケート用紙を送付、家族性乳癌、卵巣癌について調査を行ない、発症年齢、組織型、治療成績、予後、家族歴等についてコンピューター入力後、解析を行なう。
結果と考察
(1)今年度、新たに上皮性卵巣癌患者が2名以上認められる家族性卵巣癌家系、乳癌/卵巣癌家系18家系を集積し、BRCA1の全翻訳領域の解析を行った。PCR-SSCP法によりexon1,4,11を除く全てのexonをスクリーニングし、偏移したバンドが認められた領域とexon11についてdirect sequence法にて遺伝子解析を行ったところ、家族性卵巣癌3家系と家族性乳癌/卵巣癌家系4家系でgermline mutationを認めた。前年度までのものを含めると、卵巣癌家系15家系中6家系(40.0%)乳癌/卵巣癌家系11家系中9家系(81.8%)合計26家系中15家系(57.7%)の頻度であった。これらのうち9家系においては、1ないし2塩基の欠失によるframe shift,5家系においては1塩基の置換によるミスセンス突然変異であり、いずれもprotein truncationを引き起こすと考えられるものであった。 また1家系においてはzinc finger motifの構造に影響すると考えられる300番目のチミジンがグアニンに塩基置換されていた。従来このようなミスセンス突然変異が遺伝子の機能不能をもたらす有意義なものかどうかについては、評価の別れるところであったが、本症例ではこのTからGへの塩基置換が家系におけるジェノタイプならびにフェノタイプの検討の結果患者、健常人間で一致すること、さらにこの遺伝子異常が他の家系の構成員では全く認められない
事より病的な突然変異と判断した。更にBRCA1に突然変異の認められない10家系を対象としてBRCA2遺伝子の全翻訳領域を解析したところ明らかな突然変異は1例もみとめられなかった。核酸の異常は8家系8ヵ所において認められたが、そのうち7箇所の異常はすでにポリモルフィズムと発表されているものであり、他の1例は新たに検出されたものであるが、家系におけるジェノタイプならびにフェノタイプの検討の結果患者、健常人間で一致しない事より病的でないと判断した。(2) BRCA1遺伝子の突然変異の認められた患者は23名であり、その内訳は乳癌患者を含まない家系より9名、含む家系より14名であった。卵巣がん初発時の年齢は38歳から77歳に分布し、その平均年齢は51.3歳であり、我が国における非家族性卵巣がんの平均初発年齢とほぼ同等であった。腫瘍組織の組織型は23例中22例がしょう液性腺癌であり。1例が未分化癌であった。我が国における卵巣癌の組織分類を見るとしょう液性腺癌は約45%前後であり、我々のBRCA1関連卵巣癌症例中しょう液性腺癌の占める割合は明らかに高度であった。次に23例中臨床進行期3期で腫瘍摘出術とシスプラチンを主体とした化学療法を最低2コース受けた13例と同時期に新潟大学医学部附属病院において、同様の手術療法とシスプラチンを含む化学療法を2コース以上受けた上皮性卵巣癌3期29例の予後をカプラン・メイヤー法による5年生存率にて比較したところ、 BRCA1関連卵巣癌13例の生存期間は115ヶ月、生存率は0.786であり、コントロール群29例の生存期間52ヶ月、生存率 0.303に比較して、同様の治療を受けたにもかかわらず明らかに良好な成績である事が示された。また組織型をしょう液性腺癌に限定した場合でも、あるいは落合らによる全国調査363例の生存率に比較しても有為に予後良好であった。 BRCA1遺伝子に突然変異の認められた32名の卵巣癌患者並びに36名の女性健常者を対象としてカプラン・メイヤー法により浸透率の計算を行ったところ、40歳までの危険率は0.057と欧米に比較し、低率であったが、70歳までの生涯危険率では0.824であり欧米とほぼ同率の危険率が示された。(3)両遺伝子に関連しない家系を対象として、新規の関連遺伝子の検索を行っているが、残った家系は殆どが患者数が2名の小さい家系なため、通常行われているparametric linkageによる解析は不可能であり、患者が少なくとも2名以上存在すれば解析可能なsib-pair analysis あるいはヘテロ接合性の消失(LOH)を因子として加えた連鎖解析LMINK法の改良を行い実施している。その結果、5q21、6p25-27、9q34-35、13q13-14領域においてLOHの頻度が高く関連遺伝子の存在が示唆され、non-parametric linkage analysis(sib-pair method) を用いて、この領域の連鎖解析を行った。マーカーD9S60-D9S61周辺で従来のlinkage programによる解析では、LOD scoreが1.0と有意ではなかったが,sib-pair programによる解析では、患者間で対立遺伝子を共有する割合が0.055(共有しない)、0.109(一つだけ共有)、0.836(二つとも共有)と疾患発症に関連した遺伝子の存在が推測される結果が得られた。この解析法は姉妹に2人以上の患者が存在すれば解析できる利点を有するが、多くの家系を用いた追試と、他の染色体領域の解析を行っていく必要があろう。(4)アンケート調査による上皮性卵巣癌4512例の解析の結果、1例の遺伝性卵巣癌/乳癌家系、6例の遺伝性卵巣癌家系、5例の家族性卵巣癌家系が認められた。
結論
我が国の乳癌/卵巣癌家系の約60%、卵巣癌家系の約30%にBRCA1遺伝子の異常が認められたが、明らかなBRCA2の異常は観察されなかった。一方、BRCA1遺伝子に異常を持つ卵巣癌患者の発症年齢は欧米の患者より高く、またその予後は弧発性卵巣癌患者のそれより明らかに良好であった。日本人におけるBRCA1遺伝子の卵巣がんに対する生涯危険率が80%であることを明らかにした。さらに両遺伝子に関連しない家系の解析の結果、新しい関連遺伝子の存在が示唆された。全国の医療機関を対象としたアンケート調査の結果、我が国の家族性卵巣がんの発生頻度は欧米の約10分の1であった。

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