文献情報
文献番号
199700509A
報告書区分
総括
研究課題名
ヒトがんの発生ならびに転移を抑制する遺伝子の解析
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
崎山 樹(千葉県がんセンター研究局)
研究分担者(所属機関)
- 尾崎俊文(千葉県がんセンター研究局生化学研究部)
- 中川原章(同生化学研究部)
- 竹永啓三(同化学療法研究部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
24,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
がんの発生ならびに転移に対して抑制的に関与する遺伝子を単離し、その構造解析、産物の機能を解明する。これら遺伝子の発現や存在様式をがんの組織型や悪性度との関連で把握することにより、各遺伝子産物の役割を明らかにし、それらを指標にして、がんの診断、治療、予後の判定や転移の予知、抑止することを最終目的とする。9年度の具体的な目的は以下の通りである。1) 細胞の増殖ならびにがん化を抑制する機能を持った分泌蛋白質であるDANの役割を分子レベルで詳細に検討する。2) 酵母の two-hybrid法により新たなDAN 結合蛋白質の同定を試みる。3) アフリカツメガエルをモデル動物としてDANおよびDAN結合蛋白質の一つであるDA41の機能を解析する目的で、それぞれのホモログのクローニングを試みる。4) BRCT(BRCA1 C-Terminus)領域をC末端に持つ新規遺伝子NFBD1産物の生物活性の解明を試みる。5)神経芽細胞腫をはじめとする数多くのがんの抑制遺伝子が複数存在することが推測されている1番染色体短腕遠位領域(1p34-pter)におけるLOH 検索を神経芽細胞腫、大腸がん、乳がん、肝がん等について行い、共通欠失領域の狭小化を試みる。6) 1p36.3にマップされた、p53 ホモログであるp73 遺伝子の変異の有無やLOH解析を神経芽細胞腫、大腸がん、乳がん、肝がん等について行う。7) 1p36にマップされた新規遺伝子について変異やLOHの有無を神経芽細胞種で検索する。8) がん細胞の遠隔転移に最も重要な表現形質およびそれに関与する遺伝子を同定する。
研究方法
1) 神経芽細胞腫培養細胞株(SY5Y)にDANを強制発現させ、分化への影響を調べた。2) 酵母の two-hybridスクリーニングは Clontech 社のシステムを用いて行った。3) アフリカツメガエル由来のDAN およびDA41 cDNA のクローニングは、卵巣由来のcDNA ライブラリーに対して、ラットのDAN およびDA41 cDNAをプローブとして試みた。4) NFBD1遺伝子の機能解析のために、NFBD1蛋白質のDNAへの結合能、GFPを付加した同蛋白の細胞内局在性の検索を行った。5) 1p34-pter のLOH の検索を、同領域の 16ヶの主にマイクロサテライトマーカーを用いて行った。遺伝子変異の検索は、PCR-SSCP 法および塩基配列決定によった。6) p73ゲノム遺伝子を含むP1クローンを単離し、構造解析を行った。p73遺伝子の各種がん組織における変異ならびにLOH の有無を検索した。p73の機能解析のひとつとしてCATアッセイを行った。7)「かずさ DNA 研究所」でクローニングされ、1p36 にマップされたFRAP(HG1249)、新規Kinesin関連遺伝子(HG3302)、KIAA0214、HG1362の神経芽種における変異の有無を検索した。 8) マウスLewis肺がんより樹立した低転移性(P29)および高転移性(A11)細胞株につき、血管新生能をdorsal air sac法により調べた。低酸素下での細胞培養はgas packを用いて行い、アポトーシスは血清濃度を0.5%に下げることや低酸素により誘導し、トリパンブルー染色による死細胞の計測、DNA断片化、TUNEL染色等により検出した。
結果と考察
1) レチノイン酸によるSY5Y 細胞の分化に伴って,DAN 遺伝子発現の顕著な増加が認められた。DAN 遺伝子の強制発現株では、親株に比べてレチノイン酸存在下における細胞分化の顕著な昂進が観察された。 DAN 遺伝子産物は,細胞増殖を抑制するという機能に加えて、レチノイン酸による細胞の分化誘導に積極的な役割を担っている可能性が示唆された。2) DANをバイトにし、酵母のtwo-hybrid法にてラット正常肺由来の cDNAライブラリーをスクリーニングした結果、5 個の陽性シグナルを得た。これらの cDNA の塩基配列を調べたところ、3 クロ
ーンは既に当研究室で同定されたDA41をコードしていたが、残りの 2 クローンはそれぞれ新規の蛋白質および BAT-3 (HLA-B-associated transcript-3) をコードしていた。新らたに同定されたBAT-3 蛋白質とDAN 遺伝子産物との相互作用の解析から、DAN 蛋白質の作用機構についての理解が進むものと期待される。3)アフリカツメガエルの卵巣由来で560アミノ酸をコードするDA41 cDNA (3,015bp)を得ることができた。しかしながら、アフリカツメガエルの DAN cDNA を得るには至っていない。 アフリカツメガエルをモデル動物として用いた多細胞生物の初期発生ならびに形態形成過程におけるDA41蛋白質の機能を解析することが可能になった。 4) NFBD1の産物は2,089のアミノ酸よりなり核に局在性を持つこと、C末端領域(1,841-1,893)にDNA結合活性が存在することを明らかにしたが、標的配列の同定および転写調節活性の有無については今後の課題として残された。5) 神経芽細胞腫 214 例の検体を用いて LOH 検索を行い、41% に LOH を認めた。本邦ではマススクリーニング発見症例が多いことから、interstitial deletion が高頻度に見られ、約0.5 ~ 2 Mbの距離を持つ3ヶ所の共通欠失領域が1p36 領域に存在することを明らかにした。6) p73 ゲノム遺伝子を含むP1クローンを得、その構造解析から第9イントロンにCT反復配列のあることが判り、これを利用したLOH解析が可能となった。 神経芽細胞腫272 症例でのLOH は19% で、マススクリーニング発見症例で有意に低いこと(9% vs 34%, p<0.001)、N-myc 増幅を伴う悪性度の高い症例(10% vs 71%, p<0.001)、および進行病期症例(14% vs 28%, p<0.05)において高いことなどから、神経芽腫の悪性度と相関して p73 遺伝子が欠失していることが考えられた。さらに、p73 と D1Z2 の領域が神経芽細胞腫の新しい共通欠失領域であることも示された。また、2 症例(3 期、4 期)において、それぞれ異なるアミノ酸変異を伴う塩基置換を認めた(P405R: 体細胞変異、 P425L: 生殖細胞変異)。両変異の場所は、いずれもp53にはなくp73に特異的なC-端側の領域であった。この領域にはプロリンおよびグルタミンの反復配列があることから、CAT assay を用いて転写活性化能を調べたところ、実際、転写活性化能が存在すること、上記の2つの変異はいずれもその活性の低下を引き起こしていることが判明した。神経芽細胞腫におけるp73 の発現は両アリルよりあると考えられたが、正常細胞の混入のため、組織での刷り込み現象が起きているか否かの検証は困難であった。以上の結果より、p73 は神経芽細胞腫発生の後期に関わるがん抑制遺伝子である可能性が示唆された。神経芽細胞腫と同様な解析を、大腸がん 82 症例、乳がん(87)、食道がん(48)、肺がん(36)、肝がん(48)、前立腺がん(106)を対象に行った。その結果、進行肺がんの1例において神経芽細胞腫と同じ変異(P405R, 生殖細胞変異)を認めた。しかしながら、他の腫瘍においては変異を認め得なかった。また、p73 のLOH 頻度は、大腸がん 17%、乳がん 13%、食道がん 8%、肺がん 30%、肝がん 20%、前立腺がん 6% であった。7)神経芽細胞腫組織において、FRAP に生殖細胞変異、新規 kinesin関連遺伝子にミスセンス変異を見い出したが、これらの遺伝子の機能解析は現在進行中である。8)マウスLewis肺がん細胞に由来する低転移性細胞P29と高転移性のA11の比較から、A11細胞で血管新生誘導能、低酸素下でのVEGFの発現量がともに亢進していることが判った。両細胞株間で運動能および浸潤能を比較したところ、いずれもP29細胞の方が高く、転移能との間に相関は認められなかった。一方、低血清濃度や低酸素によるアポトーシスの誘導にに対する抵抗性を調べたところ、A11細胞の方が抵抗性を示し、転移能との間に相関が認められた。この系で、アポトーシス関連遺伝子であるBcl-2、Bcl-XL、Bax、p27kip1の発現量を比較したが、これらの遺伝子の発現量とアポトーシス抵抗性との間に相関は認められなかった。従って、A11細胞におけるアポトーシス抵抗性は、既知のアポトーシス関連遺伝子以外の因子により制御されている
可能性が示唆された。
ーンは既に当研究室で同定されたDA41をコードしていたが、残りの 2 クローンはそれぞれ新規の蛋白質および BAT-3 (HLA-B-associated transcript-3) をコードしていた。新らたに同定されたBAT-3 蛋白質とDAN 遺伝子産物との相互作用の解析から、DAN 蛋白質の作用機構についての理解が進むものと期待される。3)アフリカツメガエルの卵巣由来で560アミノ酸をコードするDA41 cDNA (3,015bp)を得ることができた。しかしながら、アフリカツメガエルの DAN cDNA を得るには至っていない。 アフリカツメガエルをモデル動物として用いた多細胞生物の初期発生ならびに形態形成過程におけるDA41蛋白質の機能を解析することが可能になった。 4) NFBD1の産物は2,089のアミノ酸よりなり核に局在性を持つこと、C末端領域(1,841-1,893)にDNA結合活性が存在することを明らかにしたが、標的配列の同定および転写調節活性の有無については今後の課題として残された。5) 神経芽細胞腫 214 例の検体を用いて LOH 検索を行い、41% に LOH を認めた。本邦ではマススクリーニング発見症例が多いことから、interstitial deletion が高頻度に見られ、約0.5 ~ 2 Mbの距離を持つ3ヶ所の共通欠失領域が1p36 領域に存在することを明らかにした。6) p73 ゲノム遺伝子を含むP1クローンを得、その構造解析から第9イントロンにCT反復配列のあることが判り、これを利用したLOH解析が可能となった。 神経芽細胞腫272 症例でのLOH は19% で、マススクリーニング発見症例で有意に低いこと(9% vs 34%, p<0.001)、N-myc 増幅を伴う悪性度の高い症例(10% vs 71%, p<0.001)、および進行病期症例(14% vs 28%, p<0.05)において高いことなどから、神経芽腫の悪性度と相関して p73 遺伝子が欠失していることが考えられた。さらに、p73 と D1Z2 の領域が神経芽細胞腫の新しい共通欠失領域であることも示された。また、2 症例(3 期、4 期)において、それぞれ異なるアミノ酸変異を伴う塩基置換を認めた(P405R: 体細胞変異、 P425L: 生殖細胞変異)。両変異の場所は、いずれもp53にはなくp73に特異的なC-端側の領域であった。この領域にはプロリンおよびグルタミンの反復配列があることから、CAT assay を用いて転写活性化能を調べたところ、実際、転写活性化能が存在すること、上記の2つの変異はいずれもその活性の低下を引き起こしていることが判明した。神経芽細胞腫におけるp73 の発現は両アリルよりあると考えられたが、正常細胞の混入のため、組織での刷り込み現象が起きているか否かの検証は困難であった。以上の結果より、p73 は神経芽細胞腫発生の後期に関わるがん抑制遺伝子である可能性が示唆された。神経芽細胞腫と同様な解析を、大腸がん 82 症例、乳がん(87)、食道がん(48)、肺がん(36)、肝がん(48)、前立腺がん(106)を対象に行った。その結果、進行肺がんの1例において神経芽細胞腫と同じ変異(P405R, 生殖細胞変異)を認めた。しかしながら、他の腫瘍においては変異を認め得なかった。また、p73 のLOH 頻度は、大腸がん 17%、乳がん 13%、食道がん 8%、肺がん 30%、肝がん 20%、前立腺がん 6% であった。7)神経芽細胞腫組織において、FRAP に生殖細胞変異、新規 kinesin関連遺伝子にミスセンス変異を見い出したが、これらの遺伝子の機能解析は現在進行中である。8)マウスLewis肺がん細胞に由来する低転移性細胞P29と高転移性のA11の比較から、A11細胞で血管新生誘導能、低酸素下でのVEGFの発現量がともに亢進していることが判った。両細胞株間で運動能および浸潤能を比較したところ、いずれもP29細胞の方が高く、転移能との間に相関は認められなかった。一方、低血清濃度や低酸素によるアポトーシスの誘導にに対する抵抗性を調べたところ、A11細胞の方が抵抗性を示し、転移能との間に相関が認められた。この系で、アポトーシス関連遺伝子であるBcl-2、Bcl-XL、Bax、p27kip1の発現量を比較したが、これらの遺伝子の発現量とアポトーシス抵抗性との間に相関は認められなかった。従って、A11細胞におけるアポトーシス抵抗性は、既知のアポトーシス関連遺伝子以外の因子により制御されている
可能性が示唆された。
結論
DAN 遺伝子産物が神経芽腫の細胞分化に重要な役割を担っていることが判明し、BAT-3 蛋白質とDAN 遺伝子産物との相互作用の解析から、DAN 蛋白質の作用機構についての理解が進むものと期待される。NFBD1蛋白質がDNA結合能を持つことが判明した。神経芽細胞腫における1p34-pter の LOH 解析から、本領域には少なくとも3ヶ所に共通欠失領域が存在することが示唆された。 今回の結果から、共通欠失領域のコンティグ作成を行い、遺伝子の同定にとりかかる段階に達したものと考えられた。p73、FRAP、新規kinesin関連遺伝子は神経芽細胞腫がん抑制遺伝子の候補と考えられたが、その証明には今後のさらなる検討が必要である。p73遺伝子は9年度に検索した中では神経芽細胞腫と肺がんを除き、遺伝子変異が見られないことが示された。血管新生能およびアポトーシス抵抗性が遠隔転移を決定する重要な因子である可能性が示唆された。
公開日・更新日
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