ウイルス発がんにおける細胞のがん化機構解明に関する研究

文献情報

文献番号
199700507A
報告書区分
総括
研究課題名
ウイルス発がんにおける細胞のがん化機構解明に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
加藤 宣之(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 小原道法(東京都臨床医学総合研究所)
  • 徳久剛史(千葉大学)
  • 下遠野邦忠(京都大学ウイルス研究所)
  • 林紀夫(大阪大学)
  • 小池克郎(癌研究会癌研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
50,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ウイルスの感染が重要な発がんの因子となると考えられているがんの中で、特にわが国において発症者数が急激に増加している肝臓がんに焦点をあて、発がんの分子機構の解明とがん発症を抑制する手段の開発を目的とする。わが国における肝臓がんによる死亡者数は臓器別では第3位であり、そのうちの9割にはC型肝炎ウイルス(HCV)或いはB型肝炎ウイルス(HBV)の感染が認められる。したがって、感染者からのがんの発生を抑えることができれば、肝臓がんの発生は激減するものと考えられる。そのためにはウイルスの感染機構や増殖機構並びに発がん機構を解明し、感染者からのウイルスの排除及びがん発生を予防する手段の開発が必要である。本研究を効率良く遂行するためには、実験室レベルでのウイルスの感染増殖系の開発・確立が必要である。それと同時に肝炎及び肝がんの動物モデルの開発も必要である。一方、ウイルスによる発がん機構の解明には、ウイルス遺伝子及びその産物を指標にして、細胞側の遺伝子変化を追及することができるという利点がある。肝臓がん、特に、HCVの関与するものに関しては微小がんにおいても、既知のがん遺伝子やがん抑制遺伝子の異常がほとんど報告されていないことから、本研究により、細胞がん化に関与する新たな遺伝子が同定される可能性がある。また、最近、HCVは肝炎や肝細胞がんばかりでなく、リンパ増殖性疾患にも関与している可能性が示されていることから、HCVの細胞指向性の機構を明らかにすることにより、HCVの病原性を解く糸口になる可能性がある。
研究方法
(1)ヒト肝臓由来のPH5CH細胞を用いてHCV感染後、HCV量を半定量的RT-PCR法により解析し、長期間細胞でHCVの複製のみられるクローンの選択を行った。HCV感染PH5CH細胞において増殖しているHCV分子種の同定のために、HCV遺伝子の超可変領域1(HVR1; 81ヌクレオチド)の塩基配列を解析した。
(2) ヒトT細胞由来のMT-2C細胞に対してHCV陽性血清1B-1を接種し、12日目の細胞からRNAを抽出した。このRNAを用いてHCV遺伝子の全領域にわたる20か所についてRT-PCRを施行した。得られたPCR産物の塩基配列を決定した。また、接種血清1B-1からcDNAライブラリーを作製してHCV遺伝子断片を含むcDNAクローンを多数得た。これらのcDNAクローンの塩基配列も決定し、RT-PCR法により得たクローンの塩基配列と分子進化学的比較を行った。
(3)7種類のHCV陽性血清をPH5CH及びMT-2細胞に接種し、感染後、数日おきに細胞をサンプリングし、RNAを調整した。得られたRNAを用いて、RT-PCR法にてHCV遺伝子の半定量的解析を行った。感染後8日目の細胞から回収されたRNAからHVR1を増幅して、どのようなHCV分子種が増幅しているかを検討した。
(4)HCV 陽性の卵巣がん及び子宮体がん3症例の卵巣、子宮の非がん部、骨盤リンパ節、末梢血単核細胞及び血清からRNAを調整し、得られたRNAを用いてHCV遺伝子の5' 非翻訳領域に関して半定量的RT-PCRを施行した。得られた結果をもとに各組織におけるHCVの量的比較を行った。
(5)HCV遺伝子の複製に重要な役割を担っていると考えられているHCV遺伝子のユニークな3' 末端構造、3' X(98ヌクレオチド)に結合する細胞性蛋白質を検出するために、アイソトープで標識して合成した3' X RNAをPH5CH細胞由来の蛋白質抽出液に加えた後、UVクロスリンキングを行い、3' X RNAと結合した蛋白質をポリアクリルアミドゲル電気泳動にて解析した。
(6)約9,600塩基より成るHCV遺伝子全長を組み込んだcDNAクローンの構築を行った。このcDNAはT7プロモーター支配下において発現するように設計されており、HCV感受性細胞(IMY4)にトランスフェクション後、T7 RNAポリメラーゼ発現組換えワクチニアウイルス或いは組換えアデノウイルスを感染させることによりHCV蛋白質を発現させた。HCV蛋白質の発現は、各蛋白質に特異的な単クローン抗体により確認した。粒子形成の有無については免疫電子顕微鏡法により検討した。
(7)HCV由来の構造蛋白質をコードしている遺伝子(C980やCore)をマウスのクラス1主要組織適合抗原遺伝子(H-2K)やB型肝炎ウイルスpX遺伝子のプロモーターの支配下に組み換える。これらの組み換え遺伝子をC57BL/6マウス由来の受精卵に導入してトランスジェニックマウス(H2-C980やPx-Core)を作製した。
(8)インターフェロンにより誘導され、二本鎖RNAによって活性化される蛋白質キナーゼ(PKR)とHCVのNS5A蛋白質との相互作用について検討した。
(9)大腸菌で発現させ、in vitroの系で開発したHCVのプロテアーゼ(NS3蛋白質)アッセイ系を用いてHCVセリンプロテアーゼ阻害剤としてオリゴRNAアプタマーの開発を行う。
(10)HCV感染患者130例について、ALT値の変動パターンにより、最低2年以上ALT値が正常である無症候性キャリア群(ASC)とALT値異常を伴う慢性肝疾患群(CLD)の2群に分け、HLA関連遺伝子の頻度を比較した。
(11)培養肝細胞を用いてX遺伝子とp53遺伝子をそれぞれ単独或いは同時に発現させ、免疫蛍光二重染色法を用いて細胞を蛍光染色し、共焦点レーザー顕微鏡により遺伝子産物の細胞内局在とその変化を観察した。培養肝細胞を用い、p53遺伝子とX遺伝子を同時に発現させて、p53蛋白質とX蛋白質の相互作用を観察した。
結果と考察
1)HCV感染後、70-100日間HCVの複製を維持できる3種類のクローン(PH5CH1、PH5CH7及びPH5CH8)を得た。HCV感染後、細胞内のHCV分子種は経時的に限られた分子種に収束していく現象を見い出した。また、このHCV感染系を用いて、インターフェロンαの抗ウイルス効果を確認することができたことから、培養細胞を用いたHCVの複製増殖系は種々の抗ウイルス剤の評価系として有用であることを示した。
2)接種血清1B-1には20種類以上のHCV分子種が存在するにもかかわらず、感染後12日目のMT-2C細胞ではわずか4種類に収束していることを明らかにした。しかも、その中でも特定の1種類のみがHCV遺伝子全領域にわたって優勢となっていることが分かり、HCV分子種によりMT-2C細胞内での複製効率が異なることが示唆されたのと同時にMT-2C細胞に適応できるHCV分子種の存在が示唆された。
3)7種類のHCV陽性血清のPH5CH細胞及びMT-2細胞に対する感受性はそれぞれ異なっていたことから、HCVの細胞指向性が示唆された。また、HVR1の解析から、HCV陽性血清中に肝細胞指向性及びリンパ球指向性のHCV分子種が様々な割合で存在することが示唆された。
4)検討した3例とも血清におけるHCV量に比べて、リンパ節では高いコピー数のHCVが検出され、HCVがリンパ節において複製している可能性が示唆された。
5)3' X RNAと結合する2種類の細胞性蛋白質(38及び57-kDa)を見い出した。このうち、57-kDaの蛋白質がPolypyrimidine tract binding protein (PTB)であることを明らかにした。
6)HCV遺伝子にコードされている全蛋白質が産生され、ウイルスRNAの複製中間体であると考えられるマイナス鎖RNAの存在が確認されたことから、HCV RNAが細胞内で複製している可能性が示唆された。免疫電子顕微鏡による検討から細胞質内に直径30-35nmの内部に核酸を有するコア粒子様構造物が、また、小胞体内に50-60nmのウイルス様粒子の生成が認められた。
7)Px-C980遺伝子(Core,E1及びE2)を導入した系統においておいて、Core蛋白質の発現量の多い系統では10ヵ月齢を経過した頃から肉種などの悪性腫瘍の発生が観察された。この結果から、Core蛋白質の細胞腫瘍化能が示唆された。これらのトランスジェニックマウスに抗Fas抗体を静脈注射したところ、抗Fas抗体に対する感受性が著しく上昇していることを明らかにした。
8)NS5A蛋白質が培養細胞で発現しているPKRと結合することを明らかにし、NS5AのC端側3分の2が会合に必要な領域であることを示した。さらに、NS5A蛋白質に会合しているPKRは不活性型であることが分かり、PKRの下流のシグナル伝達がNS5Aにより抑制される可能性が考えられた。
9)大腸菌で発現させ精製したHCV NS3蛋白質を用いて、抗HCV剤のマススクリーニングが可能なアッセイ系を開発した。オリゴRNAライブラリーを構築し、プロテアーゼ活性を示すNS3蛋白質と結合するアプタマーを選択した。その結果、マイクロモル以下の濃度で抗プロテアーゼ活性を示すアプタマーを単離した。
10)ASC33例とCLD97例の臨床背景では、ALT値がASCで低値であった以外、平均年齢、ウイルス量、HCV遺伝子型に有意な差は認められなかった。HLAハプロタイプの解析から、class I 抗原のB54がASCに比較してCLDで高値であった。
11)X遺伝子とp53遺伝子を共発現させると、X蛋白質のミトコンドリア局在には変化がなかったが、p53蛋白質の核移行が阻害され、細胞質局在を示すことが分かった。従って、p53遺伝子の変異による不活性化が起こらなくても、X遺伝子発現により生ずるp53蛋白質の核移行阻害により、核内でのp53蛋白質の機能発現が阻害され、細胞がん化の初期反応が誘発される可能性が示唆された。
結論
HCVの増殖効率の良いヒト肝臓由来のクローン化PH5CH細胞を選択し、抗ウイルス剤の評価系を開発した。In vitro HCV感染MT-2C細胞(ヒトT細胞)由来のHCV遺伝子の全塩基配列を決定した。In vitro HCV感染MT-2細胞及びPH5CH細胞を用いてHCVの細胞指向性を明らかにした。HCVが肝臓ばかりでなく、リンパ節にも比較的多量に存在することを明らかにし、リンパ節がウイルスの複製の場になっている可能性を示唆する結果を得た。HCV遺伝子の3'末端構造、3'Xに結合する2種類の蛋白質(38及び57-kDa)を見い出し、そのうちの一つがポリピリミジントラクト結合蛋白質、PTBであることを明らかにした。HCV遺伝子全長を培養肝細胞(IMY4)に導入して、HCV蛋白質の発現とHCV RNAの複製を確認した。免疫電子顕微鏡による検討により、細胞内及び培養上清中にウイルス様粒子の存在を示した。HCVの構造蛋白質(コア及びエンベロープ)を過剰発現するトランスジェニックマウスを作成した結果、抗Fas抗体に対する肝細胞感受性が増強された。また、コア蛋白質を過剰発現するトランスジェニックマウスにおいては10 カ月齢を経過した頃から悪性腫瘍の発生がみられた。HCVのNS5A蛋白質がインターフェロン誘導2本鎖RNA依存蛋白質リン酸化酵素(PKR)の低リン酸化型(不活性型)と相互作用することを見い出した。HCV NS3のプロテアーゼ活性を抑制するRNAアプタマーをスクリーニングし、マイクロモル以下の濃度でプロテアーゼ活性を阻害するものを単離した。HLAの型解析により、肝炎患者でのクラスI B54の頻度が無症候性キャリアに較べて高いことを見い出した。
免疫蛍光二重染色法により、B型肝炎ウイルス(HBV)のX蛋白質がミトコンドリアに局在することを見い出した。p53蛋白質とX蛋白質を同時に発現させると、x蛋白質の局在は変化しないが、p53蛋白質の核移行が阻害され、細胞質に局在することを見い出した。

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