蓄積遺伝子異常の網羅的把握によるがんの特徴の解明と診療への応用

文献情報

文献番号
199700506A
報告書区分
総括
研究課題名
蓄積遺伝子異常の網羅的把握によるがんの特徴の解明と診療への応用
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
関谷 剛男(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 阿部達生(京都府立医科大学)
  • 大木操(国立がんセンター研究所)
  • 口野嘉幸(国立がんセンター研究所)
  • 田矢洋一(国立がんセンター研究所)
  • 林崎良英(理化学研究所ライフサイエンス筑波研究センター)
  • 山田正夫(国立小児病院小児医療研究センター)
  • 菅野康吉(国立がんセンタ-中央病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
95,550,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
ヒトがんの形成には複数個の遺伝子における変異の蓄積が必要である。同種のがんでも、個々の患者のがんに蓄積している異常遺伝子の組み合わせは異なることから、がんの形成機構の解明、ならびに、より的確な診断、より合目的的な治療には、腫瘍それぞれに蓄積しているDNA異常を網羅的に把握することが肝要である。これら変異の標的は、がん遺伝子、がん抑制遺伝子である。したがって、個々の患者のがんに蓄積しているがん遺伝子、がん抑制遺伝子の異常をできれば全て把握すること、また、これらの遺伝子異常を網羅的に、迅速かつ簡便に同定するストラテジィー、解析技術を確立すること、そして、得られた情報をがんの診療に最大限に利用することを目的とする。がんの種類に共通する異常、個々のがんで特異的な異常の把握は、手術の施行、あるいは、化学療法実施の有無の決定などで、有益な判断材料を提供すると考えられる。がん関連遺伝子の多くが、シグナル伝達、細胞周期などの制御機構に関与するタンパク質の遺伝子であることから、得られる情報はがんの生成機構の解明、細胞増殖機構の基礎的理解につながるものである。
研究方法
目的の達成には、1)既知標的遺伝子における変異の迅速、効率的な同定、2)標的とすべき遺伝子としての新規がん関連遺伝子の発見、3)未解析領域におけるDNA異常の検出等の基盤的研究が必要である。新規がん関連遺伝子の発見には、がんにおけるDNA異常を出発点にするほかに、既知遺伝子産物の機能から類推した別の遺伝子のがんにおける異常の検出も考えられる。この観点にそったがん関連遺伝子産物の機能の解明にも力を入れる。未知領域におけるDNA異常の検出にもつながるが、特に望まれるのは、標的を設定することなく、既知遺伝子、未知遺伝子に関わりなくあらゆる異常を網羅的に把握できるストラテジィー、技術の誕生である。得られた情報をがんの診断、治療へ最大限に利用する工夫を常に念頭に置きながら下記の研究を進める。
ジェネティックなDNA異常の把握:(1)ヘテロ接合性の消失(LOH)、AP-PCR、制限酵素ランドマークゲノムスキャンニング(RLGS)解析などで検出したゲノム上の異常領域に存在する新規がん関連遺伝子を同定する。ポジショナルクローニングの限界を克服するため、遺伝子機能を利用した新たな方向からの検索を行う。第11染色体長腕上の肺がんがん抑制遺伝子等の単離に、YACクローンをヒトがん細胞株へ導入し、その細胞のヌードマウスの皮下における造腫瘍能の抑制を指標とするアプローチをとる。(2)間期細胞核の多色FISH解析を、染色体レベルでの既知遺伝子異常の検出による細胞診に応用する。ブラントエンドSSCP法を用いたLOHの検出を、生検組織DNA、膵液や尿などの体液DNAを材料に行う。(3)第11、21染色体の物理地図を基盤に、これら染色体上に転座点を持つ白血病等造血器腫瘍の関与遺伝子の同定を行う。
エピジェネティックなDNA異常の把握:(1)がんにおけるCpGアイランドのメチル化によるがん抑制遺伝子の不活性化を理解するため、肺がんDNAを材料に、高度にメチル化されたDNA断片をメチル化CpG結合ドメイン(MBD)カラムクロマトグラフィーで分画し、CpGアイランドを含むDNA断片をSPM法で同定する。SPM法は、CpGアイランドに由来するDNA断片が変性剤濃度勾配ポリアクリルアミドゲル電気泳動中に、GCに富む部分が二本鎖のままの部分解離分子となるため、泳動速度が極端に遅くなり、ゲル中に残存することを利用したCpGアイランドの簡便な単離法である。MBDカラムとSPM法を利用することにより、がんで特異的にメチル化されているCpGアイランドの網羅的単離を行う。(2)発がんモデルマウスの肝臓がんDNAのRLGS解析で、がん特異的にメチル化される染色体領域を多数検出し、これらの部位に存在する遺伝子を同定することにより、メチル化で不活性化される遺伝子の網羅的な把握を行う。
がん関連遺伝子の産物の機能解析:(1)独自に発見したs-MYC/MYCLのアポトーシスへの関与の機構を検討する。(2)細胞周期、アポトーシスの制御に関与するp53タンパク質に関し、10-13カ所のリン酸化残基を含む部位に対する抗体を作成し、機能動態とリン酸化との関連を解析する。
結果と考察
1)YACクローンを酵母スフェロプラストとの融合で、ヒト肺がん細胞株へ導入し、細胞のヌードマウスの皮下における造腫瘍能の抑制を検討した。その結果、染色体11q欠失領域から示唆された肺がん関与がん抑制遺伝子の存在領域が約 1メガ塩基対にまで狭められた。LOH解析でがん抑制遺伝子を追求する従来の方法では、狭い領域を欠失している試料の有無が限界となる。生物活性を指標とすることにより、遺伝子領域ぎりぎりまで狭めることができ、遺伝子単離に新しい道を開くものと考えられた。2)FISH 法を駆使したヒトがんにおける染色体変化の把握で、細胞診断が可能であることを示した。特に、多発性骨髄腫における14q+の検出が従来のG-分染法では困難であったのに対し、多色FISH法を用いた中期あるいは間期染色体の解析で50-73%の効率で検出できることを明らかにした。3)蛍光標識プライマーを用いたブラントエンドSSCP法によるp53遺伝子等における多型解析で、検体に含まれる腫瘍細胞の割合が10%前後であってもLOHの検出が可能であることを明らかにし、この方法が、大腸がん、膵臓がんや患者の膵液、膀胱がんや患者の尿を材料に、がんの病態解明に応用可能であることを示した。4)ヒト第21染色体の物理的地図を基盤に、t(16;21)転座を持つ急性骨髄性白血病において、第21染色体上のAML1遺伝子と第16染色体上のMTG16遺伝子との間の新規融合遺伝子AML1/MTG16の存在を明らかにした。解析した4例の患者RNAの全てが、AML1のruntドメインとMTG16の大部分を含むキメラ構造を持ち、興味深いことに、トポイソメラーゼIIの阻害剤投与による二次性白血病患者3例においては、転座点がいずれもイントロン3に存在することを明らかにした。5)肺がん手術材料のDNAから、MBDカラムクロマトグラフィーで高度にメチル化された断片を得、ラムダファージベクターを用いたライブラリーを作成した。SPM解析でCpGアイランドを持つクローンを選択して、塩基配列の決定を行い、がん特異的なメチル化を解析した。発現しているDNA断片として、データーベース上に報告されているESTと一致する塩基配列を持つクローンに関しては、CpGメチル化で不活性化される肺がんがん抑制遺伝子と考えられ、遺伝子の同定を進めている。メチル化CpG結合カラムクロマトグラフィーとSPM法を組み合わせることにより、ヒトがんにおける高度メチル化CpGアイランドの網羅的単離が可能と考えられる。8)肝臓がんモデルマウスであるSV40T抗原遺伝子導入純系マウスと野生型マウス間のF1のDNAを、RLGS法で解析し、染色体欠損領域、ならびに、高度にメチル化された領域を明らかにした。高度メチル化領域として、14座位を明らかにし、これらのうち、p16遺伝子に加え、異常メチル化を示す DNA 断片の1つがTrnR2遺伝子に由来することを明らかにした。このアプローチも、がんに関与する高度メチル化CpGアイランドの網羅的単離を可能にする。8)イントロンレスMYC遺伝子産物は、c-MycやN-Mycの持つ転写活性因子ドメインをほぼ完全な形で保持しているが、トランスフォーミング能を欠失している。しかし、アポトーシス誘導能は残存し、c-Mycの場合と同様に, caspase-3の活性化が要求されることを明らかにした。9)p53タンパク質上に予想される約 10カ所のリン酸化部位と2カ所のアセチル化部位を特異的に認識する抗体を作成し、DNA傷害によるp53の活性化が15番目セリンのリン酸化によることを明らかにした。このリン酸化のため、MDM2タンパク質がp53に結合しにくくなり、その結果、安定化されて転写活性能も高まることを明らかにした。
結論
本研究事業、ならびに、対がん10か年総合戦略事業で、独自に開発したSSCP、RLGS、SPMなどのDNA解析技術を駆使して、がんにおけるDNA異常のいくつかを明らかにし、また、臨床技術としての応用も行った。まだその
実体が明らかではないエピジェネチックなDNA異常に関し、ヒトがん、ならびに、モデルマウスにおいて、CpGアイランドのメチル化が関与する該当遺伝子候補を網羅的に収集することができ、新たながん抑制遺伝子の発見に結びつくことが期待される。また、独自に作成した抗体を駆使した細胞周期の制御に関与するタンパク質の解析で得られた情報は、がんの分子生物学的な理解に大きく寄与すると考えられた。

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