がん発生に関与する遺伝子産物の機能の把握とゲノム不安定性解明に関 する研究

文献情報

文献番号
199700505A
報告書区分
総括
研究課題名
がん発生に関与する遺伝子産物の機能の把握とゲノム不安定性解明に関 する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
寺田 雅昭(国立がんセンター研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 長尾美奈子(国立がんセンター研究所)
  • 田原栄一(広島大学医学部)
  • 勝木元也(東京大学医科学研究所)
  • 押村光雄(鳥取大学医学部)
  • 三輪正直(筑波大学基礎医学系)
  • 江角浩安(国立がんセンター研究所支所)
  • 矢崎義雄(東京大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 総合的プロジェクト研究分野 がん克服戦略研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
156,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
それぞれの組織に特徴的な複数遺伝子変化の蓄積の結果、臨床的に問題となるがんとなり、その間、染色体の不安定性が重要な働きをするというがんの本態に関する基本概念は確立した。しかし、がんの発生・進展に必要な遺伝子は未知のものも多く、既知のがん関連遺伝子の機能や染色体不安定性の機序も不明なものが多い。本研究では、がん化に必要十分な遺伝子の同定とそれらの産物の機能の把握と染色体不安定性の機序の解明を行い、結果を悪性度判定と新しい治療法の開発に役立てることを最終的な目的とする。
研究方法
染色体不安定性の代表的な例としてサイクリンD1-HST1の存在する11q13とc-erbB2の存在する17q12の増幅ユニットの全塩基配列を含む構造を追求した。insituハイブリダイゼーションで増幅ユニットの特徴を明らかにした。Streptococcus anginosusDNAの食道がんを含む種々のがんにおける存在を追求した。SCIDマウス由来の細胞とこの細胞にヒトのDNA依存性蛋白質リン酸化酵素のサブユニット(PKcs)を有する染色体8番長腕を導入した細胞のミニサテライト(MN)の安定性を追求した。鋸歯状腺瘍(SA)からの大腸がん発生についてSA、p53やマイクロサテライト(MS)不安定性等を解析した。ヒトテロメラーゼ逆転転写酵素サブユニット(hTRT)のmRNA蛋白質発現を胃、大腸がんで分析した。テロメラーゼ(TEL)活性とMS不安定性を大腸がん、大腸腺腫で測定し、またTEL活性を胃がんグリオーマで測定した。経胎盤胎児への遺伝子導入法を改善した。アデノウイルスに組み込んだHST1遺伝子をアテロコラーゲンに混ぜて投与する方法を開発した。CEAに対する抗CEA単鎖variable fragmentとウイルスのenvelope蛋白の融合蛋白質を発現するレトロウイルスを構築して特異的にCEA産生細胞に導入するか検討した。ラットLIFのcDNAを分離・同定した。HST1遺伝子欠損マウス作製を試みた。H-、N-、K-rasの欠損マウスを作製、これらのマウスを掛け合わせて三種のras遺伝子の機能を追求した。PI3キナーゼのサブユニットp85a欠損マウスを用いてこれらの蛋白質の機能を追求した。成長ホルモン(GH)、プロラクチン受容体がMAPキナーゼを活性化する機構を培養細胞を用いて解析した。ポリ(ADP-リボース)合成酵素(PARP)の機能を明らかにするためショウジョウバエを用いて追求した。一酸化窒素(NO)の培養細胞VEGF誘導作用の機構を解析した。NOの抗がん剤による細胞アポトーシスに対する影響を明らかにした。
結果と考察
遺伝子増幅は発がん過程において重要な働きをしている遺伝子不安定性の代表的な例である。増幅遺伝子はがんの種類により特異性があり、1つのがん細胞で複数の増幅ユニットがしばしば存在し、1つの増殖ユニットには複数の遺伝子が存在すること、サイクリンD1の制御なき発現が増幅を誘導すること、遺伝子増幅はがんの悪性度予測に役立つことなどを明らかにしてきた。食道がん、頭頚部がんなどで高頻度に増幅するHST1やサイクリンD1の存在する11q13の領域で増幅する際には常に増幅している領域(コア領域)の遺伝子は全て決定しているが、本年度はこの領域の全塩基配列のうち約70%を決定した。また、11q12のc-erbB2は乳がん、分化型胃がんで高頻度に増幅が認められるが、このコア領域を決定し、増幅ユニット間のDNAの塩基配列はパリンドローム形成が見られ、Chi配列に近い配列があった。11q13および17q12増幅はもともとの染色体の場所ではなく、全て他の染色体に転座した場所で増幅がおきていた。Streptococcus anginosusのDNAが約90%の食道がんで見られ、非がん部には殆ど検出出来なかった。胃がんでは約40%に見られたが、肺がん、腎臓がんなどでは検出できなかった。今後、介入研究でDysplasiaなどが正常化するかなど、この細菌の食道がん発生における役割を追求する。オカダ酸存在下でNIH3T3細胞を培養するとMNの不安定を誘導し、細胞は造腫瘍性を示す。SCIDマウス由来の線維芽細胞はMNの不安定性をおこしているが、ヒトのDNA-PKcsを含む染色体8番長腕を導入すると、MN不安定性は認めなくなった。PKcsがMN安定化に大きな役
割をしている。HNPCCで見られるTGFbII受容体遺伝子の異常は胃がんでは極く稀であった。またSAではp53遺伝子異常が早期におこり、従来言われていたAdenoma-carcinoma sequenceとは異なることも明らかとなった。肝がん、胃がん、大腸がんではhTRT発現とTEL活性が高頻度に検出された。大腸がんで重複がんではMS不安定性を示すものが単発がんより有意に多かった。種々のグリオーマのTELを検討し、アストロサイトーマ、グレードIIIで陰性のものが多く、この場合はテロメア長が長かった。また、TEL陽性不死身化細胞と陰性不死身化細胞を細胞融合すると、TEL陰性でテロメア長の長い細胞となり、TEL以外にテロメア短縮を補償する機構のあることを示唆した。未知、既知の遺伝子の個体における機能を明らかにするための機能解析法の開発も行った。多くのリポゾームをテストし、再現性よく胎児に遺伝子を経胎盤に導入する方法を確立した。この方法を用いてアルブミンのプロモーターにマーカー遺伝子を組み入れ、7日胎児肝臓で特異的にマーカー遺伝子を発現することを示すことが出来た。アテロコラーゲンに混ぜアデノウイルス-HST1を腹腔内投与すると、血中HST濃度および血小板数上昇が40日と長期続くのみならず、ゲル除去により急速にHST1濃度と血小板数を下げ、しかもこの方法では少なくとも3回反復投与が可能であることを明らかにした。アデノウイルスを用いた遺伝子治療の重要な基盤技術と考える。さらに標的細胞に遺伝子を導入するために、抗CEA単鎖variable fragmentとenvelope蛋白質の融合蛋白質を発現するレトロウイルスを構築し、このウイルスにb-ガラクトサイデース遺伝子などを組み込み、CEA産生がん細胞株に特異的に遺伝子を導入することに成功した。ラットのLIFcDNAの分離に成功し、このLIFによりラットのES細胞を未分化の状態に保つことが出来た。HST1(-/-)マウスは胎児発生初期で致死であり、以前示した肢芽発生以外にもHST1は重要な役割をしていることを示した。H-、N-、K-ras欠損のマウスを作製し、それぞれの掛け合わせ実験を行い、二重欠損や三重欠損マウスを作った結果、H-およびN-rasはマウスの個体発生や成長、成熟に必要ないこと、しかしこれらのrasはK-ras遺伝子と機能的にお互いに補完的に働くことを推測させる結果を得た。p85a欠失マウスを確立し、酸化ストレスに伴うp53依存性のアポトーシスにp85aが関与していることを明らかにした。ショウジョウバエではPARP遺伝子の存在する領域を欠く個体は一令幼虫で致死であった。GHやプロラクチンは受容体の細胞内ドメインに結合するJAK2チロシンキナーゼの活性化を介し、EGF受容体のチロシンリン酸化をおこし、MAPキナーゼを活性化することを見出した。NOにより血管増殖因子のVEGFが誘導されるが、このVEGFの誘導は転写因子であるHIF-1がグアニルサンシクラーゼ活性依存的に活性化されることによることを明らかにした。またNOはヴィンクリスチン等の抗がん剤によるアポトーシスを抑制した。
結論
本年度は増幅ユニットの構造上の特色、MNの不安定機序の解明で研究が進展した。なお、食道がんでStreptococcus anginosusが高頻度に存在することを発見した。遺伝子の機能も主として個体レベルで把握する方法の開発を主にノックアウトマウスを用いての個体レベルで把握することに重点をおき、成果をあげることが出来た。個体レベルのみでなく、細胞、分子レベルの研究も不死身化細胞におけるTELとテロメアの関係、JAK2キナーゼMAPキナーゼとの関係、NOのがんにおける役割について成果をあげることが出来た。

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