糖尿病の新検査技術・治療技術の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700495A
報告書区分
総括
研究課題名
糖尿病の新検査技術・治療技術の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
七里 元亮(熊本大学医学部代謝内科)
研究分担者(所属機関)
  • 葛谷信明(朝日生命成人病研究所臨床検査科)
  • 榊田典治(熊本大学医学部代謝内科)
  • 上山義人(東海大学医学部病理学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 疾病対策研究分野 長期慢性疾患総合研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
インスリン非依存型糖尿病を対象とした研究者らのRandomized prosepective study、及びインスリン依存型糖尿病患者を対象にした米国のDiabetes Control and Complications Trial (DCCT)により糖尿病性細小血管合併症の発症・進展を阻止するには、長期に亘る厳格な血糖制御が必要であることが明らかになった。一方、厳格な血糖制御により低血糖の頻度が増加することも明らかであり、厳格かつ生理的な血糖制御を実現するための新しい検査技術及び開発が緊急の課題となり、本班が編成された。検討課題を、・赤外光を用いた非侵襲的血糖計測法の開発、・携帯型人工膵島の開発と長期臨床応用、・インスリン遺伝子治療の可能性追求、の3点に絞り、基礎的検討を行い、将来の臨床応用上の問題点を明らかにすることを目的とした。
研究方法
1.赤外光を用いた非侵襲的血糖計測法の開発:(1)近赤外光を用いた非侵襲的血糖計測法の開発(葛谷ら):・試験装置の改良とグルコースの吸収波長の確認、長期再現性及びユニバーサルキャリブレーションの普遍性の検討。・可搬性試作器の開発。(2)近赤外光を用いた非侵襲的血糖計測法の開発(七里ら):1) In vitroにおける検討・ブドウ糖水溶液の吸光スペクトルから、吸光強度とブドウ糖濃度との相関。・カルコゲナイドATRプリズムを用いた際の赤外光口唇粘膜下到達度。2) In vivoにおける検討・糖尿病患者における口唇粘膜吸光強度を用いた血糖日内変動計測。2.携帯型人工膵島の開発と長期臨床応用(榊田、七里ら):(1)超速効型インスリン皮下注入パラメーターを決定後、皮下注入アルゴリズムを制御部門に組み込んだ携帯型人工膵島を用い、インスリン依存型糖尿病患者を対象に、ブドウ糖負荷試験を行い、血糖制御を試みる。(2)インスリン依存型糖尿病患者5例において、21日間にわたる血糖制御。3.インスリン遺伝子治療の可能性追求:(1)インスリン遺伝子発現ヒト表皮細胞の構築(上山、猪口):1)組み替えアデノウイルスベクターを作製し、ヒト表皮細胞にヒトプレプロインスリン遺伝子を導入し、プロインスリン産生ヒト表皮細胞を構築した後、レトロウイルスベクターとフローサイトメトリーを用いてインスリン遺伝子の導入効率の改善を図る。(2)非膵島細胞における膵β細胞機能の構築(七里ら): ブドウ糖濃度依存性にインスリンを分泌する非膵島細胞を構築し、in vitroでブドウ糖シグナル伝達機構を解析し、in vivoで動物移植時の糖代謝動態を解析する。
結果と考察
 光学系を用いた非侵襲的血糖計測法は国外においても近赤外光を用いて行われている。本班の葛谷らも、本研究において、光源の出力増加により、シグナル/ノイズ比を大幅に改善したが、ユニバーサルキャリブレーション法は確立し得ず、シグナル/ノイズ比の改善、血糖値と相関のある吸収波長の決定、キャリブレーション法の確立などの問題が残っている。本測定法の臨床応用の可否は、葛谷らが平成9年度の研究において開発した可搬性の計測機器を複数の施設で検討することにより、今後、明らかになるものと考える。一方、カルコゲナイド光ファイバーを装着した赤外分光光度計により中赤外光を用いて口唇粘膜ブドウ糖濃度を計測する本班の方法は、糖尿病患者において、波数1080cm-1の口唇粘膜吸光強度の増加と空腹時値よりの血糖値の上昇 の間に高い相関を示し、臨床応用に近い方法といえる。今後は計測時間の短縮、更なる精度の向上とともにシステムの小型化を図る必要があると考えられる。携帯型人工膵島の長期臨床応用においては、2つの問題点、・信頼性、安定性に優れたセンシング技術の開発とそ
の応用、・より安全な皮下インスリン注入方式の開発とその臨床応用が、未解決であった。しかし、生体適合性に優れた2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine(MPC)膜を被覆した微小針型ブドウ糖センサ及びマイクロダイアリシス・サンプリング法を応用したブドウ糖センサを開発することにより、センシング技術の問題が解決され、未解決の問題は、より安全な皮下インスリン注入方式の開発とその臨床応用となっていた。本研究では、新たに開発された従来の速効型インスリンより2~3倍吸収の速い超速効型インスリンアナログを用い、closed-loop皮下注入アルゴリズムを開発し、本アルゴリズムを組み込んだ携帯型人工膵島をインスリン依存型糖尿病患者に応用した結果、長期にわたり、ほぼ生理的な血糖制御が可能なことを認め、これにより携帯型人工膵島における注入経路の問題解決にメドがついたものと考える。また、インスリン遺伝子治療の可能性追求に関しては、上山、猪口により、ヒト・プレプロインスリン遺伝子導入皮膚細胞を、組替えアデノウイルスを用いて糖尿病免疫不全マウスに移植することにより、生物活性を持ったプロインスリンが産生され、また血糖が低下することが明らかにされたが、移植後にインスリンの分泌が認められなかったことから、ヒト表皮細胞においては転換酵素の活性が不十分なものと推測され、今後同遺伝子の同時導入などを試み、インスリン分泌を確認する必要がある。また、レトロウイルスによる安定的遺伝子導入を試み、フローサイトメトリーの併用により、導入効率を10倍に増加させるとともに、安定した発現を確保することが出来た。一方、七里らは、マウス由来の下垂体細胞にヒトインスリン遺伝子、2型糖輸送担体、膵型グルコキナーゼ遺伝子を導入、発現させることにより、ブドウ糖濃度依存性インスリン分泌を示す非膵島細胞(AtT20HI-GLUT2-GK細胞)を構築することに成功した。AtT20HI-GLUT2-GK細胞のブドウ糖濃度依存性インスリン分泌機構に、正常膵β細胞と同様に、KATPチャンネル、電位依存性Caチャンネル、解糖系が関与することから、本研究を推進することにより未だ明らかでない正常膵β細胞のインスリン分泌機構の研究にも資するものと考えられる。今後は、AtT20HI-GLUT2-GK細胞に膵β細胞で発現しているCaシグナル伝達系等のインスリン分泌に機構に関与する遺伝子の導入を行い、2相性インスリン分泌の再現を試みる。インスリン遺伝子治療の可能性追求に関しては、インスリン分泌能を構築するために最も適切な非膵島細胞の選択、インスリン遺伝子導入のためのベクターの決定、インスリン遺伝子発現調節法の模索、などの基礎的検討が行われている段階であるが、ブドウ糖濃度依存性にインスリンを分泌しうる細胞を構築しえたこと、ヒト表皮細胞にインスリン遺伝子を発現させることができた点で、大きな前進と考える。現在、糖尿病患者のQuality of Life を改善するために、新しい検査技術・治療技術の開発が急務となっており、本班の研究は、その端緒となるものと考えている。
結論
「糖尿病の新検査技術・治療技術の開発に関する研究班」では、「赤外光を用いた非侵襲的血糖計測法の開発」、「携帯型人工膵島の開発と長期臨床応用」、「インスリン遺伝子治療の可能性追求」の3点につき、研究を行った。「非侵襲的血糖計測法の開発」は、葛谷らが近赤外光を用いた透過光で、皮膚のブドウ糖濃度を計測しうることを確認した後、血糖測定装置の軽量化を試み、可搬性の測定機器を試作した。七里らは、カルコゲナイド光ファイバーシステムを導入したフーリエ変換赤外分光光度計による口唇粘膜のブドウ糖濃度測定システムを開発し、糖尿病患者の血糖日内変動測定に適用し、口唇粘膜ブドウ糖濃度計測による非侵襲的血糖計測の可能性を示唆した。「携帯型人工膵島の開発と長期臨床応用」においては、七里、榊田らがインスリン注入経路を静脈内投与経路からより安全な皮下注入経路への変更を試み、超速効型インスリンを用いたインスリン皮下注入アルゴリズムを開発後、同アルゴリズムを装備した携帯型人工膵島をインスリン依存型糖
尿病患者に適用、ほぼ生理的な血糖コントロールが得られることを明らかにし、携帯型人工膵島の長期臨床応用の可能性を示した。「インスリン遺伝子治療の可能性追求」においては、上山、猪口がプロインスリン産生ヒト表皮細胞を構築し、ベクターの改良によりその導入効率を改善した。七里らは、ブドウ糖濃度依存性のインスリン分泌を示す非膵島細胞を構築し、そのインスリン分泌特性をin vitro及びin vivoで検討し、KATPチャンネルの関与など、正常膵β細胞に類似の分泌特性を認めた。

公開日・更新日

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