糖尿病の発症機序に関する研究

文献情報

文献番号
199700490A
報告書区分
総括
研究課題名
糖尿病の発症機序に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
金澤 康徳(自治医科大学附属大宮医療センター)
研究分担者(所属機関)
  • 長瀧重信(放射線影響研究所)
  • 小林哲郎(虎の門病院)
  • 佐藤譲(東北大学医学部)
  • 葛谷健(塩谷総合病院糖尿病センター)
  • 河津捷二(群馬大学医学部)
  • 門脇孝(東京大学医学部)
  • 岩崎直子(東京女子医科大学)
  • 羽倉稜子(朝日生命糖尿病研究所)
  • 池上博司(大阪大学医学部)
  • 花房俊昭(大阪大学医学部)
  • 岡芳知(山口大学医学部)
  • 清野進(千葉大学医学部)
  • 春日雅人(神戸大学医学部)
  • 豊田隆謙(東北大学医学部)
  • 鈴木進(東北大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 疾病対策研究分野 長期慢性疾患総合研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
55,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国の糖尿病人口はそれが強く疑われる者が 680万人であることが明らかにされ、尚増加中である。本疾患を予防し、又は発症早期に見出し、多様性のある病因、病態に対して適切に対処する方法を開発することは急務である。これへの対処のため、 1ハイリスク者の発見方法、 2糖尿病の増加を抑制するため、ハイリスク者に対し発症阻止効果を有する有効な処置(intervention)法の開発が必要である。本研究班はこれら方法論開発のための基礎的・臨床的研究を行うことを目的とする。
研究方法
糖尿病は遺伝的な素因の存在下に多くの環境因子等が加わり発症する疾患である。遺伝的素因の分析と加齢も加味した環境の因子がどのように影響し、相互作用するかを明らかにし、発症防止に効果的な介入法の開発を行うことにある。この視点からすでに平成 7、 8年度から続いている 4つのグループ研究を多施設の協力下に進めている。さらに個別研究として多様な糖尿病の病態を遺伝子面から解明していくため、IDDMの原因遺伝子検索、インスリン分泌機構や抵抗性に関与する蛋白質の遺伝子異常の解明、さらにヒトIDDM患者膵組織の分析からその発症機構に迫るなどの研究方法を用いた。
結果と考察
1)発症より 5年以内と推定され、病態としてNIDDM を示す3745例を 1九州、中四国、近畿、 2関東、 3東北の各地域から集め、抗 GAD抗体、 ICA等の自己抗体の陽性者を抽出した。そのうちインフォームドコンセントの得られた32例を対象に、経口血糖降下薬等を用いる従来法による治療とインスリンによる治療に割りつけ経過観察中である。一応の目標症例数は60例と考えられており、今後の研究継続と症例追加が必要である(長瀧、小林、佐藤)。2) IGTを長期に渡り追跡し、明らかな NIDDMの状態になることを防止しうるか否かの検討のための研究のプロトコールは作製されたが、使用予定薬に副作用の報告があり、その結果当面その薬物を中止した。生活習慣の変化の影響を観察する研究について生活習慣病班との共同研究を計画している。また IGTから NIDDMへの移行の背景因子の分析によると、IGT から NIDDMへの移行の危険因子は FPG> 105mg/dl、OGTT 2時間値≧ 160mg/dl、糖負荷後初期インスリン反応低下、肥満〔男≧25(BMI) 、女≧24(BMI) 〕であり、また空腹時インスリン値と血糖値の関係を示しインスリン抵抗性の指標の一つといわれるHOMA-IR の高値も指標とすべきことが明らかにされた(葛谷、河津)。3)common NIDDM関連の遺伝因子分析のため同胞対法を用い、全ゲノムに分布するマーカー遺伝子を指標として各染色体につきタイピングとその結果の multipoint analysisが進行しつつある。 2つのグループが 270組及び 250組につき行い、両グループの結果が一致をみるか否かで得られた結果検証することができる。各グループでの組数の増加を計り、病態との詳細な比較が行われつつある(岩崎、門脇)。4) NIDDMとIDDMの家族内に共存する頻度が高く、一部共通の発症機序があると考えられる。本研究はIDDM発端者の家系を全国的に集め、既知のIDDM関連遺伝子につき家系構成員内で分析し、 NIDDMとIDDMの共通因子を見出すことが目的である。適切な家系数はほぼ予定した数に達したので、これから測定のためのサンプルの収集と分析を行う
。すでに先行して検索された例でのIDDM遺伝子としてインスリン5'上流の多型性(VNTR)が見出されており、これが共通遺伝子であるか否かの確認を行っている(羽倉、金澤)。5)IDDM関連遺伝子は従来報告のあった遺伝子座を中心に検討した。IDDM 13 の疾患感受性は、疾患感受性の少ないIDDM 1アリルと有意に相関していることが見出された。IDDM 13 の遺伝子の確定のほか、今後病態上の差異等を分析する予定である。 MHCの周辺遺伝子の詳細な検討を進め、 NODマウスでIDDM 16 の位置を確定した(池上)。発症時の膵組織の変化と病態・免疫学的特徴の詳細な分析により、(i) 膵組織全体の炎症所見と急激に起こるインスリン不足を来す「劇症型」、(ii)典型的膵ラ島炎を認め、膵由来の自己抗体の検出をみて徐々にインスリン依存になっていく「亜急性型」、(iii) 自己抗体の存在の検出頻度、膵インスリン分泌が長期に渡り残存する「慢性型」があり、発症予防の免疫学的介入も種々の方法が必要であることを示唆した(花房)。膵β細胞の破壊に関与する活性酸素を捕捉する還元型 ubiqurol 10を還元型に維持する DT diaphorase遺伝子の609 (C→T)変異はIDDM患者に有意に高頻度に認められた。DT diaphorase 活性は膵β細胞保護に作用という点で、新しいIDDM発症関連遺伝子として注目された(豊田)。6) NIDDMの発症要因解析は膵β細胞の機能分析とインスリン作用の場であるインスリン受容体及びシグナル伝達系の両方から行う必要がある。ミトコンドリア機能は ATPを大量に消費する分泌機能に必須であり、電子伝達系異常はインスリン分泌機能に著しい影響を与える。ミトコンドリア DNA3243位の変異は電子伝達系に異常をもたらすが、必ずしもその異常を持つ者全員が糖尿病を発症しているわけでない。この未発症例を詳しく観察することは糖尿病の発症における低インスリン分泌と抵抗性についての多くの情報が得られると考えられる。多くの神経内科、内科の協力を得て現在約30例の登録を終了し、今後のフォローアップの体制が整った(岡)。膵β細胞内に発現しているインスリン分泌調節関連遺伝子を見出すため、膵β細胞クローンのMIN6細胞より DNAライブラリーを作成、既知蛋白質との相互作用を示す蛋白質を用いての検索により、49の未知蛋白の DNAクローンを得て検討中である。 ATP感受性 Kチャネルノックアウトマウスではブドウ糖、SU薬に対するインスリン分泌反応は乏しいが、動物に外見上の異常は認められなかった(清野)。インスリン作用のシグナル伝達は非常に多くの物質により調節されているが、uncoupling protein(UCP)1のエクソン1 の5'側 112番目の A→C 置換が糖尿病者で有意(p=0.0002) に高頻度であった。UCP2、UCP3では糖尿病との関連は認められなかった(春日)。抑うつ症例で NIDDMの発症が有意に高いことにより、インスリン感受性をインスリン遺伝子の5'上流多型性部位(VNTR)及びチロシン水酸化酵素遺伝子(TH)に注目して分析した。抑うつ症例ではVNTRの33回と41回繰り返し配列が有意に高頻度であり、またTHのアレル7 が有意に高頻度であった。TH7 はインスリン抵抗性との関連が深かった。また抑うつ剤による治療によりインスリン抵抗性改善を来すことはTH7 の糖尿病に対する影響が間接的であると考えられた(鈴木)。
結論
発症機序に関する本研究班の全ての研究は国際的に高く評価されている。IDDMの発症予防の臨床的研究についてはスタートした所であり、また他の研究についても着手され現在進行中である。具体的成果については今後少なくとも 3年程度待たなければならないが、途中で得られた結果で多くの従来の疑問点を解決するものであった。遺伝子を基にした分析が多いが、この基礎的な部分は臨床的に有効な予防法、治療法の開発に大きな飛躍をさせるであろう。その意味では全て臨床に有用な研究である。

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