糖尿病性腎症に関する研究

文献情報

文献番号
199700488A
報告書区分
総括
研究課題名
糖尿病性腎症に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
吉川 隆一(滋賀医科大学医学部)
研究分担者(所属機関)
  • 富野康日己(順天堂大学医学部)
  • 堺秀人(東海大学医学部)
  • 吉川隆一(滋賀医科大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 疾病対策研究分野 長期慢性疾患総合研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
20,600,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究班は、共同プロジェクトとして、糖尿病性腎症の遺伝因子および進展因子を解析すると共に、治療法を確立することを主目的としている。そこで、遺伝因子としてアンジオテンシン変換酵素(ACE)遺伝子を中心に多数例での解析を行うこと、進展因子を多角的に解析すること、および「糖尿病性腎症に対する蛋白制限食の効果」に関する多施設共同研究を開始することを目的とし、研究を推進した。
研究方法
【糖尿病性腎症の発症・進展に関与する遺伝因子の検索】NIDDM患者を対象に、1000症例を目標として、レニン・アンジオテンシン系遺伝子(アンジオテンシン変換酵素遺伝子:ACE、アンジオテンシノーゲン遺伝子:ATG、アンジオテンシンIIタイプ1受容体遺伝子:AT1R)多型を検索し、糖尿病性腎症の発症・進展と各遺伝子多型の関連性を検討した。【糖尿病性腎症進展因子の解析】腎生検により診断が確定した糖尿病性腎症例のデーターベースを構築し、予後に関連する因子を臨床経過・光顕的組織障害度より解析すると共に、新規腎生検例に関しては、コラーゲン関連因子の尿中排泄も検討した。さらに、過去の腎生検標本(パラフィン切片)を用いたin situ hybridization解析法を確実にするための基礎的検討を行った。【糖尿病性腎症の治療に関する多施設共同研究】1996年度に行ったfeasibility studyの成績に基づき、「糖尿病性腎症に対する蛋白制限食の効果」に関する多施設共同研究を開始した。データ・センター、検査センターを含む研究組織の構築、プロトコールの決定、栄養士会議による食事指導法の統一化、倫理委員会の承認を経て、計27施設で症例の登録を開始した。
結果と考察
【糖尿病性腎症の発症・進展に関与する遺伝因子の検索】1) 対照群(推定糖尿病罹病期間10年以上で、腎症を有さない症例)407例、2) 微量アルブミン群 327例、3) 顕性腎症群(透析症例を含む)437例、計1171例を解析した。ACE遺伝子D/I多型、AGT遺伝子M235T、AT1R遺伝子A1166C共に3群間で差がなく、糖尿病性腎症の発症とこれらの遺伝子多型とは関連しないと考えられた。Primary end pointを血清クレアチニン(Cr)値2.0 mg/dlに到達あるいは透析導入とすると、ACE遺伝子のDD多型を有する群で、IIおよびID群に比し、primary end pointに達する時間が有意に短いという結果が得られた。糖尿病性腎症群のみで解析しても同様の結果が得られ、かつAT1R遺伝子のAC+CC多型を有する女性例では、AA群に比しprimary end pointに達する時間が有意に短かかった。すなわち、ACE遺伝子およびAT1R遺伝子多型が糖尿病性腎症の進展に関与すると考えられた。【糖尿病性腎症進展因子の解析】腎生検を施行した顕性腎症例169例をデータベースに登録し、解析した。臨床成績では、腎生検施行時の総蛋白、血清アルブミン値、網膜症の有無、尿蛋白が、その後の1/Crの傾きと相関した。光顕では、糸球体病変と尿細管間質病変の両者が予後と関連していた。さらに腎生検時の尿中IV型コラーゲン排泄量がメサンギウム領域の拡大と相関していた。腎生検組織をより多角的に解析するためには、保存腎生検組織を用いたin situ hybridization法の確立が重要である。本年度は、ラット腎のパラフィン切片を用い、基礎的検討を行った。その結果、パラフォルムアルデヒドによる組織の固定時間、除蛋白処理の条件により、得られるシグナルが大きく変化したが、その際28S rRNAをマーカーとして用いることが有用であった。【糖尿病性腎症の治療に関する多施設共同研究】1996年度に行ったfeasibility studyに基づき、研究協力者との協議を重ね、多施設共同研究の本試験プロトコールを作成した。27施設で研究を行うこと
とし、全施設の医師・栄養士が参加する会議を開催し、プロトコールの検討および栄養指導法の統一化を推進した。また、検査の統一化を行うため検査センターを研究組織に加えると共に、データ処理および解析の目的でデータ・センターも研究組織に加えた。生物統計解析責任者は東京大学大橋靖雄教授に依頼すると共に、直接研究に携わらず、研究の進捗等により研究の開始・継続・中止・終了を決定頂くため、Independent Study Monitoring Committeeを置くこととし、数名の先生方にご就任頂いた。その後、プロトコールを最終決定し、平成9年12月中旬に、「多施設共同研究」として滋賀医科大学倫理委員会の承認を得た。倫理委員会を有する施設では、各々その承認を得る予定である。倫理委員会を有さない施設に関しては、主任研究者の属する施設(滋賀医科大学)との多施設共同研究として承認されたと考え、平成10年より症例の仮登録を開始した。【考察】まず、遺伝因子の検索では、最近特に問題となっているACE遺伝子多型と糖尿病性腎症との関連性に明確な解答を得る目的で、大規模なassociation studyを行った。計1171例を解析し、糖尿病性腎症の発症とACE遺伝子多型の関連性を否定する成績が得られた。しかし、腎生存期間との関連では、DD多型を有する症例が、ID+DD群に比し、腎死に至るriskが高いという成績が得られた。この成績は、NIDDM症例全体の解析および腎症例のみの解析でも一致しており、我が国のNIDDMにおいては、糖尿病性腎症の進展にACE遺伝子多型が深く関与していると考えられた。また、女性においては、AT1R遺伝子のC alleleも糖尿病性腎症の進展に関与していると考えられた。これらの成績より、糖尿病性腎症例ではACE遺伝子多型の検索が、high risk症例の抽出に有用であることが示された。進展因子の解析に関しては、特に保存腎生検標本のin situ hybridization解析法を動物を用いて確立する必要性が指摘された。この目的で新たな研究者の協力を得、種々の検討を加えた。その結果、パラフィン切片のin situ hybridizationを行う場合には、組織の固定、除蛋白操作の最適化が重要であり、この検討には28S rRNAをマーカーとしたin situ hybridizationが有用であることが明らかとなった。さらに、prospective studyの対象として、腎生検を行った169例の登録が終了した。予後に関与する因子として、糸球体障害のみならず尿細管間質障害が重要であることが明らかとなり、また、尿中IV型コラーゲン排泄量増加が糸球体病変の指標となり得る成績が得られた。貴重な登録症例であり、in situ hybridization解析を含め、今後詳細なprospective studyが可能となったと考えられる。糖尿病性腎症の治療に関しては、蛋白制限食の効果を検討するに当たり、一部の施設の倫理委員会を除いて全ての準備が整った。既に仮登録を開始しており、前観察期の後症例を群分けし、5年間の観察を行う予定である。
結論
糖尿病性腎症の遺伝因子および進展因子を解析すると共に、蛋白制限食に関する多施設共同研究を開始した。特に、多数例の解析で、ACE遺伝子多型と糖尿病性腎症進展との関連性が明確となった。

公開日・更新日

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