病原性大腸菌O157による疾患の重症化の予防及び治療を目的とした医薬品の開発研究

文献情報

文献番号
199700485A
報告書区分
総括
研究課題名
病原性大腸菌O157による疾患の重症化の予防及び治療を目的とした医薬品の開発研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
竹田 多惠(国立小児病院小児医療研究センター)
研究分担者(所属機関)
  • 富樫武弘(札幌医科大学)
  • 栃丸博幸(北海道大学医学部)
  • 野村由美子(国立弘前病院)
  • 黒沼忠由樹(国立療養所岩木病院)
  • 千田勝一(岩手医科大学)
  • 小野木宏(国立仙台病院)
  • 木村滋(秋田赤十字病院)
  • 渡辺真史(山形県立中央病院)
  • 片寄雅彦(公立相馬総合病院)
  • 中原千恵子(筑波大学医学部)
  • 水口雅(自治医科大学)
  • 小栗政夫(公立藤岡総合病院)
  • 城宏輔(埼玉県立小児医療センター)
  • 早川堯夫(国立医薬品食品衛生試験所)
  • 山崎伸二(国立国際医療センター研究所)
  • 五十嵐隆(東京大学医学部)
  • 砂川慶介(国立東京第二病院)
  • 本田雅敬(都立清瀬小児病院)
  • 香坂隆夫(国立小児病院)
  • 武内可尚(川崎市立川崎病院)
  • 内山聖(新潟大学医学部)
  • 樋口晃(国立療養所富山病院)
  • 橋本浩之(国立金沢病院)
  • 春木伸一(福井県立病院)
  • 飯沼和枝(国立松本病院)
  • 近藤直美(岐阜大学医学部)
  • 高橋昌里(静岡県立こども病院)
  • 都築一夫(社会保険中京病院)
  • 神谷斉(国立療養所三重病院)
  • 林寺忠(国立京都病院)
  • 本田武司(大阪大学微生物病研究所)
  • 岡田伸太郎(大阪大学医学部)
  • 多和昭雄(国立大阪病院)
  • 塩見正司(大阪市立総合医療センター)
  • 橋爪孝雄(市立堺病院)
  • 片岡健吉(国立姫路病院)
  • 西尾利一(神戸市立中央市民病院)
  • 吉岡章(奈良県立医科大学)
  • 小池通夫(和歌山県立医科大学)
  • 白木和夫(鳥取大学医学部)
  • 菊池清(島根県立中央病院)
  • 清野佳紀(岡山大学医学部)
  • 金谷誠久(国立岡山病院)
  • 田中文夫(国立呉病院)
  • 石田喬士(国立福山病院)
  • 平岡興三(国立下関病院)
  • 黒田泰弘(徳島大学医学部)
  • 辻正子(国立善通寺病院)
  • 濱田嘉徳(国立療養所香川小児病院)
  • 石田世寸志(愛媛大学医学部)
  • 倉繁隆信(高知医科大学)
  • 満留昭久(福岡大学医学部)
  • 飯田浩一(国立病院九州医療センター)
  • 宮崎澄雄(佐賀医科大学)
  • 吉永宗義(国立長崎中央病院)
  • 古瀬昭夫(熊本中央病院)
  • 平松美佐子(国立療養所西別府病院)
  • 浜田恵亮(県立宮崎病院)
  • 宮田晃一郎(鹿児島大学医学部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 オ-ファンドラッグ開発研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
57,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
志賀毒素産生性大腸菌O157感染症は、HUSや重篤な脳症を続発し、しばしば死の転帰をとる。世界的に新興感染症の代表的疾患として注目されており、国内でも1996年から急激に患者が多発している。本疾患の根絶には感染源とその感染ルートの解明が最も効果的で必須であるものの、その解明は容易ではない。大規模な集団発生は関係者の多大な注意により減少したものの、散発的な患者の発生は例年なみに続いている。診断はできても特異的な治療法が世界的にまだ欠如しているため、医療現場では患者の臨床経過を慎重に観察し、支持療法に頼っているのが現状である。本菌の主要な病原因子は志賀毒素である。菌体外に分泌される蛋白性の細胞毒で、細菌毒素の中でもボツリヌス毒素や破傷風毒素に匹敵する毒力の最も強いものである。大腸菌O157は強く大腸粘膜に定着し、ここで増殖しながらこの毒素を宿主の細胞内に送り込む。これを早期に排除することが重症化の予防には必須である。患者は重篤な大腸炎を来しているため、腸洗浄などの機械的治療法は適用できない。カナダで開発中の吸着剤Synsorb Pkは志賀毒素のレセプター(Gb3)アナログ(オリゴ糖)を珪藻土に結合させた微細顆粒で、腸管環境でも特異的に毒素を吸着除去できると考えられる。現在、世界的に見て、理論的にも最も期待できる薬剤と考えられる。種々の食品に混合して経口投与することが出来る薬剤で、侵襲性がなく、化学的にも安全である。カナダや米国ではすでに第?相試験が進行中であることから、国内でも大腸菌O157の多発状況などを考慮し、その効果を早急に評価する必要性が高い。
研究方法
1997年5月、Synsorb Pk は武田薬品工業株式会社によりTAK751S の治験薬名で臨床試験が開始され、同年11月には予定患者数を
遙かに超えた(128例)ために終了した。本研究班では、これに先立ち、in vitroの薬効試験を行い、Synsorb Pkが腸管環境の様な夾雑物存在下や種々のベビーフードと混合しても吸着効果に影響がないかどうかを検討した。また、治験から得られた患者便中の毒素の消長を病日別に測定し、Synsorb Pk投与によって明らかに毒素が除去されているか調べた。患者の便から回収したSynsorb Pkが明らかに毒素を吸着しているかどうかも調べた。こうした結果から、さらに研究班でもSynsorb Pkを配布し、引き続いて吸着剤の臨床試験を行うことは必要であると決定した。全国の主要病院(小児科を標榜する)に臨床試験の協力を依頼したところ、55カ所の施設で参加承認が得られた。患者のエントリー基準は志賀毒素産生性大腸菌感染症と診断された患者(6ヶ月以上16歳未満)の小児を対象とし、患者にはインフォームドコンセントを得たうえで、入院を原則として投与を行ってもらった。また、発症後4日以内であることもエントリーの条件とした。各施設では倫理委員会あるいは治験委員会で承認(IRBに相当)を得たうえで通常の治療を行いながら(抗菌剤の併用など)、吸着剤を投与した。さらに必要な検査を実施すると共に、便や血清検体、原因菌の保存を行った。同意の得られない患者は対照群として臨床データの提供協力を依頼した。薬剤は14Kg(約 200 人分)をカナダ、シンソルブバイオテック社から研究用に使用することを条件に輸入した。小児病院薬剤課の協力でこれを100gに小分けし、拠点病院にあらかじめ配布した。契約施設以外の周辺病院を受診した患者は、転送して試験を行っていただくことを周知した。
結果と考察
武田薬品工業による治験患者128例の血清や便検体を調べることにより、多くの新しい情報が得られた。すなわち、急性期患者の便中にはこれまで報告されていた毒素量(100pg/ml)よりも遙かに高い濃度(1ug/ml)の志賀毒素が検出された例があった。しかもStx1よりもStx2が生体内では圧倒的に多量産生されていることもわかった。しかし、Synsorb Pk投与開始翌日にはそのレベルは検出限界以下となった。患者の便からSynsorb Pkを回収し、その粒子に志賀毒素が吸着しているかどうかを酵素抗体法で調べた結果、患者の腸管内で毒素が確実に結合していることが確認できた。しかし、多くの患者は薬剤投与開始時にすでに便中のフリーの毒素量が検出限界以下であることが多かった。抗菌剤の投与で早期に陰性化しと思われた。武田薬品工業の治験終了後、引き続き研究班で行った臨床試験では、参加した患者は1997年12月から1998年3月まではわずかに2例であった。冬期を迎えたためである。1998年度夏期には多くの患者がエントリーされることが予想される。Synsorb Pkを投与された2例の患者はいずれも大腸菌O157(Stx1+2)が便培養で検出された4歳と3歳の散発患者で、いずれも合併症なく7日後と2日後に回復した。
結論
大腸菌O157などの志賀毒素産生性大腸菌感染症の治療として、カナダで開発中の吸着剤Synsorb Pkの有用性について、臨床試験による薬効評価を行っている。患者は多くの場合、抗菌剤が併用されているため、初期から便中に存在するフリーの志賀毒素は検出限界以下であることが多かった。しかし、抗菌剤が未投与の患者では初期の便中には1ug/mlもの濃度の毒素が検出されることもあり、毒素を早急に除去したり中和することが必要と思われた。Synsorb Pkは毒素のレセプターアナロクで、腸管の様な環境でも特異的にかつ安定に毒素を吸着していることがわかった。早期に診断ができ、本剤の投与が開始できた患者では、腸管のフリーの毒素は陰性化し、合併症なく出血性大腸炎からの回復も早まると思われた。しかし、患者の中には菌に暴露後遅れて発症したり、急激にHUSなどの重症兆候をきたす例があり、その場合はSynsorb Pkだけでは制御が困難と思われた。本疾患の臨床上の対策には、一次医療でも簡便迅速に診断のできる簡易キットの開発が必須であると思われる。引き続き臨床試験を行い、Synsorb Pkなどを活用した効果的な治療法を全国の医療機関において確立する必要がある。

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