熱帯病治療薬の開発研究

文献情報

文献番号
199700483A
報告書区分
総括
研究課題名
熱帯病治療薬の開発研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
大友 弘士(東京慈恵会医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 竹内勤(慶応義塾大学)
  • 北澤式文(慶応義塾大学)
  • 小嶋茂雄(国立衛生試験所)
  • 田中芳武(北里研究所)
  • 青木孝(順天堂大学)
  • 亀井喜世子(帝京大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 オ-ファンドラッグ開発研究事業
研究開始年度
平成5(1993)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
18,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年、わが国の国際化が進み、熱帯諸国との交流が盛んになるにつれ、マラリアなど国内には常在しない重篤な熱帯病の輸入症例が増加傾向にある。しかし、症例の絶対数はさほど多くはなく、収益性の面で民間企業でのかかる疾患の治療に必要な薬剤の開発は進まず、希少疾病用医薬品になっている。そこで、本研究班は熱帯病治療薬に関する基礎、臨床両面の総括的な研究を展開し、とくに医療上の必要性が増大している薬剤を輸入し、その品質試験により安全性を確認した上で治療開発を行い、国民医療に資することを目的にしている。
研究方法
マラリア、リ-シュマニア症などの熱帯性原虫疾患は再興感染症の中でも特に重要であり、流行地を有する熱帯諸国はもとより、これらの疾患が常在しないわが国を含む先進諸国においても国際化が進んで輸入症例が増加し、その医療対応が重要な問題になっている。このような現状に鑑み、国民医療の観点から薬剤ニ-ズが高く、しかも国内に流通していない希少疾病用医薬品である抗マラリア薬のメフロキン、クロロキン、キニ-ネ注射液、プリマキン、アルテスネ-ト、抗アメ-バ薬のデヒドロエメチン、フロ酸ジロクサニド、抗リ-シュマニア薬のスチボグルコン酸ナトリウム、抗トリマノソ-マ薬のスラミン、抗ランブル鞭毛虫薬のオルニダゾ-ル、抗フィラリア症薬のイベルメクチンなどを輸入し、国立衛生試験所において製剤の安全性及び有効性を確保する目的で規格及び試験方法を開発整備し、医薬品としての品質を確認した上で、このような薬剤による治療を必要とする医師に治験薬として無償供与する薬剤供給システムを構築した。しかし、これらの薬剤はあくまでもわが国では未承認の希少疾病用医薬品であるため、使用の際は患者に治療上の有用性と予想される副作用について十分に説明し、患者が文書による同意書を提出した場合に限り投与することにした。また、治療後は担当医から所定の治療報告書の提出を求め、コンピュ-タ処理により治療疫学的な解析を行い、治療効果、副作用などの情報を広く収集し、特に抗マラリア薬の中には薬物動態のパラメ-タ値には人種による異同も報告されているため、日本人に対する治療の適正化を図ることを試みた。さらに、国内に流通していない医薬品による治療のため、その薬剤情報を広く収集し、有用性の高い情報を網羅した治療の手引書を作成し、特に薬剤耐性マラリアの拡散によりWHOのガイドラインが変更された場合は適宜手引書の改定を行った。なお、今日のわが国において、最も輸入例が多い熱帯病はマラリアであるため、その発生状況に関する実態調査を併せて実施した。加えて、マラリアの場合は、1960年にタイとコロンビアに熱帯熱マラリア原虫のクロロキン耐性株が出現し、その後、急速に熱帯各地に拡散したほか、今日では他の抗マラリア薬にも耐性を示す多剤耐性株も一部地域に出現し、治療上の隘路となり事態は一層深刻化している。そのため、効果的な治療薬の確保や新規化学療法薬の開発が緊要の課題になっている。そこで、本研究班は依然として世界的に問題を残しているマラリアに対する新規化合物のリ-ド化合物の探索あるいは新規薬剤開発のための基礎および応用研究を展開し、すでにクロロキン耐性原虫株の抑制作用の検討あるいは抗マラリア活性を示す新規抗生物質の探索についてもある程度の知見を得るに至っている。
結果と考察
希少疾病用医薬品の供給システムが構築され、このような薬剤を必要とするわが国の医療体制が著しく改善された。このことは、特にマラリアにおいて顕著にみられ、国内では入
手が困難であったメフロキンやキニ-ネが研究班から供給されるようになったため熱帯熱マラリアやその重症患者の治療が比較的容易に実施できるようになった。また、クロロキンとプリマキンが確保されたため、マラリアの中で最も症例数の多い三日熱マラリアの医療対応が合理的になり、その再発率の低下に結び付いた。マラリア以外では、最近における感染要因の多様化により患者発生数が増加している赤痢アメ-バ症の重症例にはデヒドロエメチン、無症状感染者の糞便中に排出され、感染源になる嚢子の駆除にはフロ酸ジロキサニドがよく利用された。さらに、最近、インド、中近東、中南米などからの散発的な輸入症例がみられるようになったカラアザ-ルや皮膚及び粘膜・皮膚リ-シュマニア症の特効薬であるスチボグルコン酸ナトリウムもよく利用された。このほか、沖縄県などの風土病的な存在になっている糞線虫症患者にはイベルメクチンによる治療が広く行われるようになり、しかも治療のガイドラインとして研究班が作成した治療の手引書が広く活用されるなど、他に類をみない本研究班の活動は内外から高く評価され世界保健機関からも関心を寄せられており、熱帯病特別計画局のゴダ-ル局長も視察された。新規薬剤の開発研究に関しては、マラリア原虫のクロロキン耐性を消去できると考えられるジベンゾスベロイルピレラジン誘導体の新規合成法の確立、赤血球へのマラリア原虫の侵入阻止効果を有するジピリダモ-ルの検討、中国で開発された抗マラリア薬のアルテミシニンと同様の作用を有する化合物を微生物代謝産物の中から見いだしたほか、その手順が複雑なため完全合成が収益性の面で障害になっているアルテミシニンの活性基を有するヘテロ化合物の合成、さらにアジサイ葉水抽出液中の抗マラリア作用などを見いだし、その応用研究へのステップに進める段階に到達している。加えて、本研究班の最も重要な対象疾患になっているマラリアに関しては、毎年継続して国内での発生状況に関する実態調査を実施し、その感染状況の疫学的背景から治療薬の選択、治療後の予後との関連についての解析を行い、わが国における輸入マラリアの現状を解明すると同時にニ-ズの高い抗マラリア薬を探索するよすがとした。
結論
国民の健康維持や医療対応に必要な医薬品は国内に流通させるのが本来の姿である ことは論を待たない。しかし、最近の急激な国際化に呼応した感染症の疾病構造の変化により医療現場からのニ-ズが高まっているとはいえ、患者の絶対数が必ずしも多くはないため、収益性面から民間企業がほとんど関心を示さない希少疾病用医薬品を扱う研究班の編成も緊急避難的な意味で十分に存在価値があると思われる。特に本研究班は必要な薬剤を治療担当医に単に供給するだけでなく、その有効性と安全性を配意した上で体系的な治療指針の策定に努力し、医療開発を行ってきたほか、新規薬剤のリ-ド化合物の探索も意欲的に展開して来た点で、その活動は他に類をみないユニ-クな存在である。また、これまで構築してきた希少疾病用医薬品の供給システムは、すでに医療関係者に広く認識され、これを解消すれば、今日の日本でも遭遇頻度が高くなっているマラリアなどの治療に直ちに混乱を来すことは明白である。そのため、現在増加傾向にある熱帯病に対する研究班活動を継続し、希少疾病用医薬品の確保、供給体制の一層の拡充を図るほか、現在著しい変貌がみられる疾患に対する治療の適性化に資する医薬品情報の収集と治療疫学的な研究を展開し、併せて必要な医薬品の早期承認に向けて研究者として協力すべきであろう。

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