我が国における英国PEM類似のイベントモニタリングを実施するための条件に関する研究

文献情報

文献番号
199700458A
報告書区分
総括
研究課題名
我が国における英国PEM類似のイベントモニタリングを実施するための条件に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
黒川 清(東海大学医学部長)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 薬物療法等有用性向上推進研究事業
研究開始年度
平成8(1996)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
2,625,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成8(1996)年度の研究については平成8年度総括研究報告書に記述されており、同報告書は公表されている(黒川清、大橋靖雄、川邊兼美、久保田潔、神津康雄、坂上正道、清水直容.厚生科学研究薬物療法等有用性向上推進研究事業我が国におけるPEM類似のイベントモニタリングを実施するための条件に関する平成8年度総括研究報告書、薬剤疫学、2、131-144、1997)。同報告書は我が国に英国PEM類似のシステム(以下『日本版処方-イベントモニタリング』または『日本版PEM』)を作ることの意義を強調し、具体的な方法としてはプライバシー保護のための手段を講じながら「診療報酬明細書(レセプト)を介した実態把握のための(全使用者を可能なかぎり代表する患者群を対象とする)研究」と「保険薬局を介した比較研究(“test drug"と““control drug"を比較する研究)」の二本立てで日本版PEMを施行するべきであると結論している。
平成9年度の研究では、以上の二つの方法でパイロットスタディを試み、方法論に関する具体的な問題点を明らかにすることを目的とした。
研究方法
東京大学医学部薬剤疫学講座が主催者となって日本版PEMのパイロットスタディを試みた。パイロットスタディでは平成9年3月に発売された経口糖尿病薬のtroglitazone (ノスカール、三共)を“test drug"とし、平成9年3月1日以後に患者に生まれてはじめて処方された(変更・追加の場合を含む)その他の経口糖尿病薬(SU剤、ビグアナイド、αグルコシダーゼ阻害剤)を“control drug"とした。
「診療報酬明細書(レセプト)を介した実態把握のための研究」のパイロットスタディでは事前調査で日本版PEMに協力可能であるとした複数の県医師会にさらに具体的な事項についての検討を要請した。
「保険薬局を介した比較研究(“test drug"と“control drug"を比較する研究)」のパイロットスタディは日薬の全面協力の下、主に各都道府県薬剤師会によって参加薬局が募られ、約760の院外保険薬局の参加を得て平成9年7月に開始された。
パイロットスタディはほぼ平成8年度報告書に記述されている方法に沿って行われているが、以下の2点については修正が加えられた。
第一に院外保険薬局から直接医師へ質問用紙を転送することに伴う保険薬局薬剤師の心理的抵抗感を減弱させることを主に期待して、院内薬剤部(科)・薬局(以下『院内薬剤部』)をもつ医療機関から院外処方箋が発行されている場合は院内薬剤部に協力を求めた。協力が得られた時には、院外保険薬局は患者ID番号を参考にして患者名、医師名を書き入れて完成させた医師用質問用紙を仲介業務をひきうけた院内薬剤部に転送する。
第二にPEMを長期調査と結びつける試みを行い、医師には医師用質問用紙と同時に患者自身に対し調査に協力し、住所氏名を主催者に登録することを求める患者用書類を送付し、当該医師に対し「適切と判断すれば患者に直接調査への協力を依頼してほしい」旨の要請を行った。協力の意志を表明した患者に対しては1年に1回程度郵送方式で質問用紙を送付し、主要な合併症発生の有無などを質問する。
その他についてはパイロットスタディは以下のようにほぼ平成8年度報告書に記述されている通りに行われている。
患者登録にあたってはプライバシーの保護に留意し、医師・患者名はコード化して登録する。主催者は患者に初めて当該の薬の処方が行われてから6ヵ月以上を経た時点で、登録した薬局に患者コード番号を印刷し、患者名と医師名を空欄にした質問票を郵送し、薬剤師は保管してあった登録原票と患者コード番号を照会し、患者名と医師名を記入して医師に転送し、医師は回答にあたって、患者名を匿名化して返送する。
質問票見本は平成9年度報告書に添付されているが、医師からは主にイベント情報を、薬剤師からは主に薬剤に関する情報の報告を求めた。
結果と考察
「診療報酬明細書(レセプト)を介した実態把握のための研究」のパイロットスタディでは事前調査で日本版PEMに協力可能であるとした複数の県医師会にさらに具体的な事項についての検討を要請したが、「地区医師会長会議で同意が得られなかった」などの理由でそれ以上の進展は望めず、また以下の「保険薬局を介した比較研究」のパイロットスタディが開始されたため、「レセプトを介した実態把握のための研究」のパイロットスタディの施行はこの段階で実質的には断念された。
レセプトの利用は単に薬のモニタリングに限らず、我が国における疫学的、公衆衛生学的調査の質を向上させる上で重要である。このためには以下の二点を明確化し、診療側の「レセプトの研究への利用がレセプト審査の強化に結びつくのではないか」との危惧を払拭することが必要である。即ち(1)プライバシー保護に十分な配慮が払われることを条件にレセプトを我が国における疫学的、公衆衛生学的研究に利用することを認める。(2)レセプトの疫学的、公衆衛生学的研究への利用をレセプト審査とは完全に切り離す。これらについてはその主旨に違反する事態がおきないような明確なとりきめが必要であり、最終的には社会保険診療報酬支払基金法、国民健康保険法など関係法規において明文化することが望ましい。
「保険薬局を介した比較研究(“test drug"と“control drug"を比較する研究)」のパイロットスタディは比較的順調に進んだが、?院外保険薬局または参加院内薬剤部に「適切な“control"とは何か」が理解されにくい、?薬局の一部には薬の処方が中止された患者、特に処方開始後早期に薬の処方が中止された患者を登録の対象から除外するなど恣意的選択が行われる傾向がある、?参加院外保険薬局の関連する医療機関・医師からの研究への参加の同意の取得、また院内薬剤部が参加に先立って行う院内の合意形成が困難である、などの問題点も明らかとなった。しかし、いずれも今後解決可能な問題であり、今後レセプトの利用の可能性をさぐりながら、院外保険薬局のみならず、院内薬剤部の参加も得て、「院内・院外薬局・薬剤部を介した比較研究」として一層の発展をはかることが重要である。
本報告書作成時にはパイロットスタディは進行中であり、未だ最終的な登録数と回答率を示す段階にはないが、参考値としては平成10年4月17日現在、参加薬局数は辞退した薬局を除いて全国46都道府県の958薬局(うち、院内薬剤部83)で、このうち315から1件以上の患者ID番号登録があった。登録された患者(ID番号)数は“test drug"と“control drug"合わせて約2700(“test drug"と“control drug"の比率は約1:1)である。質問票発送は平成10年2月末に始り、平成10年4月17日までに471通が発送された。2月末日までに発送した161通の質問票のうち4月17日までに保険薬局から92通(57%)、医師からは36通(22%)が返送された。長期調査のため医師が手渡した用紙を用いての患者自身からの登録は6件(4%)であった。
国際的には、副作用の頻度などに関する行政による調査は医療の中に既に存在するシステムや活動を利用し、疫学研究の原則に則って行うことが主流となりつつある。我が国における製薬メーカーが直接担当しする「使用成績調査」のあり方が今後市販後調査における国際的スタンダードの一つになる可能性は低い。この点に鑑み、PEMなど第三者機関が行う、より疫学的な方法を我が国の市販後調査の一方法として定着させるためにGPMSPにとり入れることは重要である。その際、医薬品副作用被害救済・研究振興機構法によって支えられる事業として位置づけるなど使用成績調査とは異なる調査として定着をはかるのも選択肢の一つと考えられる。
平成10年3月現在進行中のパイロットスタディでは、東京大学医学部薬剤疫学講座が「当面の主催者」を務めており、その実施には日医の協力とともに日薬の全面協力に負うところが大きい。またより広く院内薬剤部の参加をえるためには日本病院薬剤師会(日病薬)の協力も重要である。
最終的にPEMがどの組織・団体により主催されるべきかは今後の論議に委ねられるべき事柄であるが、いずれにしても日医、日薬、日病薬など調査に直接関与する医師、薬剤師を代表する団体自身による主催か、これらの団体の全面協力を可能とする形態が選択されなければならない。
結論
平成9年度研究では、平成8年度研究で明らかにした日本版処方-イベントモニタリング(PEM)の具体的実施方法にそってパイロットスタディを試み、その可能性を検証した。レセプトを利用したPEMについてはレセプト審査との切り離しの保証なしには十分進展しえないと結論された。院外保険薬局の薬剤師が院外処方箋から対象患者を直接特定する方式は実現可能性が大であり、平成9年に新しく発売された糖尿病治療薬troglitazoneをtest drugとするパイロットスタディでも一定の成果をあげつつある。今後院外保険薬局だけでなく病院内薬剤部の参加を得るとともに医師のより積極的参加を得てPEMを我が国における医薬品(特に新薬)の第三者研究機関による評価方法として育成していくことが重要である。

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