文献情報
文献番号
202017009A
報告書区分
総括
研究課題名
認知症者における抑うつ・無気力に対する治療法に関するエビデンス構築を目指した研究
課題番号
20GB1002
研究年度
令和2(2020)年度
研究代表者(所属機関)
井原 一成(国立大学法人 弘前大学 大学院医学研究科)
研究分担者(所属機関)
- 川勝 忍(公立大学法人福島県立医科大学会津医療センター)
- 鈴木 匡子(東北大学 大学院医学系研究科高次機能障害学)
- 大庭 輝(大阪大学 大学院人間科学研究科)
- 小林 良太(山形大学 医学部)
研究区分
厚生労働科学研究費補助金 疾病・障害対策研究分野 認知症政策研究
研究開始年度
令和2(2020)年度
研究終了予定年度
令和4(2022)年度
研究費
11,550,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
BPSDの治療研究は、多様な症状からなるBPSD全体を標的とする段階から、個々のBPSD症状を標的とする段階へと進んでいる。認知症における抑うつと無気力の治療法に関するエビデンス構築のためには、両症状を区別して同定し、また、認知症の病型別に治療標的を絞って研究を進める必要がある。本研究では、認知症者における抑うつ・無気力の概念を整理し、両症状の診断基準を吟味した上で、今後の研究で用いる適切な評価方法を選定するとともに、エビデンス構築のために、抑うつと無気力の薬物療法と非薬物療法の既存研究のレビューを行う。また、病理学的な背景を考慮した神経基盤に基づき抑うつと無気力を区別する方法の開発を目指すものである。
研究方法
認知症における抑うつと無気力の既存の臨床研究について、ナラティブレビューを行い両症状の概念と既存の診断基準を整理した。両症状の既存の治療研究について、非薬物療法と薬物療法の別にシステマティックレビューを行った。また、研究班メンバーによるワークショップを行い、臨床施設で行う調査にむけて、認知症に伴う抑うつと無気力の症例を同定するための評価指標を選定した。これらの作業と並行して、分担研究者が所属する各臨床施設では画像データ等の収集と整理を行い、データセットを整備し、既存データの分析を開始した。また、これら患者データの比較対照となる健常者データを得るために、健常中高年者を対象としたアンケート調査を実施した。
結果と考察
認知症に伴う抑うつの診断基準と無気力の診断基準は、BPSDとは独立した臨床研究の文脈で以前より作成されていた中で、2000年代になって、両症状のそれぞれ代表的な研究者達のコンセンサスに基づき、抑うつについてはアルツハイマー病(AD)用に、無気力についてはAD及びその他の認知症用にと発表されていた。両診断基準は、それまでの概念研究と臨床研究の到達点ではあったが、完全ではなく、同質性が不十分な抑うつあるいは無気力が同定されうるものであった。本研究では、両症状を捉える評価スケールが、それぞれの診断基準の不十分な点、特に抑うつと無気力の鑑別を補うように、また、病型の違いを反映するように、脳画像やバイオマーカーとテストバッテリーを構成することを念頭に選定した。また、評価の信頼性を高めるための半構造化面接法も採用した。
システマティックレビューは、治療のエビデンスが未確立であることを明らかにした。既存の臨床試験の多くが、BPSDの多様な症状を一度に評価する中でその一部として得られた抑うつまたは無気力の変化を介入群と対照群で比較したものであり、介入前に臨床上意味のある重症の抑うつや無気力であることを担保していなかった。組み入れ基準に適切な診断基準と重症度とを設定していた少数の研究から、効果を示す可能性のある治療法(ADのアパシーに対するmethylphenidateと早期の認知症における感情や刺激に焦点を当てた心理社会学的アプローチ)を見出した。
認知症患者の調査は、ADとレビー小体型認知症について、既存のMRIデータとアミロイドPETデータを用いて抑うつまたは無気力と関係する所見の探索を開始した。無気力を主訴としたレビー小体型認知症において、剖検による前頭葉の萎縮とレビー病理及び生前のMRI上の脳萎縮とSPECTでの前頭葉での血流低下とが照合することを確認した。また光ポトグラフィーを用いた調査により、無気力を伴う認知症患者で認められた前頭葉の機能低下が治療により改善していたことを見出した。さらに、特発性正常圧水頭症では、無気力が64%で認められ抑うつよりも頻度の高い症状であることを明らかにした。
アンケート調査は、cognitive/behaviorタイプの無気力が健常中高年者の高次の生活機能に遍く関係していることを示した。他方で、うつは、一部の高次の生活機能とは関係しないという結果であった。
システマティックレビューは、治療のエビデンスが未確立であることを明らかにした。既存の臨床試験の多くが、BPSDの多様な症状を一度に評価する中でその一部として得られた抑うつまたは無気力の変化を介入群と対照群で比較したものであり、介入前に臨床上意味のある重症の抑うつや無気力であることを担保していなかった。組み入れ基準に適切な診断基準と重症度とを設定していた少数の研究から、効果を示す可能性のある治療法(ADのアパシーに対するmethylphenidateと早期の認知症における感情や刺激に焦点を当てた心理社会学的アプローチ)を見出した。
認知症患者の調査は、ADとレビー小体型認知症について、既存のMRIデータとアミロイドPETデータを用いて抑うつまたは無気力と関係する所見の探索を開始した。無気力を主訴としたレビー小体型認知症において、剖検による前頭葉の萎縮とレビー病理及び生前のMRI上の脳萎縮とSPECTでの前頭葉での血流低下とが照合することを確認した。また光ポトグラフィーを用いた調査により、無気力を伴う認知症患者で認められた前頭葉の機能低下が治療により改善していたことを見出した。さらに、特発性正常圧水頭症では、無気力が64%で認められ抑うつよりも頻度の高い症状であることを明らかにした。
アンケート調査は、cognitive/behaviorタイプの無気力が健常中高年者の高次の生活機能に遍く関係していることを示した。他方で、うつは、一部の高次の生活機能とは関係しないという結果であった。
結論
認知症における抑うつと無気力の治療のエビデンスは未確立であった。その一因は、両症状を区別して同定する診断基準の未確立にあったので、臨床試験を今後行うことを念頭に、診断基準と評価方法を選定した。既存の画像データやバイオマーカー、病理学的検索結果は、抑うつと無気力の背景には神経基盤のあることを示唆するものであった。臨床施設での認知症類型別の評価に、本研究で選定した抑うつと無気力の評価方法を適用し、そこで得られる脳画像やバイオマーカー、高次機能検査の結果を吟味することで、病理学的な背景に基づく神経基盤を組み合わせた、精度の高い、また認知症の病型別の両症状の評価方法の開発に結びつくものと考える。他方で、健常者において、高次の生活機能は、抑うつと無気力に対して異なる関係性を示した。認知症患者における高次の生活機能評価は、両症状の鑑別に役立つ可能性がある。
公開日・更新日
公開日
2022-02-24
更新日
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