新開発食品素材の安全性評価に関する研究

文献情報

文献番号
199700410A
報告書区分
総括
研究課題名
新開発食品素材の安全性評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
池上 幸江(国立健康・栄養研究所食品科学部部長)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 食品衛生調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
10,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年の生活習慣病の広がりや、高齢化社会への急速な移行は、国民の間に健康への関心を高めている。健康上の利点を強調する食品に対する関心も高く、こうした需要に対し様々な商品が市販されている。これらの中にはその有効性はもとより、安全性 の面でも問題のあるものも少なくない。安全性の問題は原料や製造工程の衛生問題もあるが、有効成分の安全性確認が充分に行われていない場合も多い。とくに、健康食品などでは実際に国民の間に健康被害が生ずる事例も報告されている。また、通常の食品でも、食品加工や製造技術の進歩によって新しい食品素材が開発されつかわれる場合が増えている。これらの素材の安全性は食品添加物等に適用されている試験方法だけでは充分ではない。国民の食生活の特性を考慮して、総合的に判断する必要がある。例えば、長期に摂取された場合、他の栄養素の摂取や利用性への影響、腸内細菌叢への影響、あるいはその成分に固有な生体影響などについても検討が必要である。
本研究では、健康食品や通常食品に使われる新開発食品素材の安全性を文献調査と動物実験による検討によって総合的に行うこととした。  
研究方法
1. 低カロリー脂肪食品素材の消化管に及ぼす影響
現在、市場に出ている低カロリー脂肪素材に関する文献調査を行った。また、そのうちから、ソルビトールの脂肪酸エステルであるソルベステリンを材料として、SD系ラットに飼料中添加量の異なる4段階で4週間飼育した。飼育終了後のラットについて、血漿脂質、膵臓消化酵素、小腸粘膜酵素、盲腸内短鎖脂肪酸量、糞便中への排泄量等の測定を行った。
2. 低カロリー脂肪食品素材の化学発癌に対する影響について
既報の諸文献を検索、検討し、脂肪摂取量と結腸癌の発症率の関係をラットの化学発癌を中心に、ヒト大腸癌の疫学研究や遺伝子解析を含めて検討した。併せて、食物繊維による大腸癌の発癌抑制効果の作用機構について脂肪摂取との関係において考察した。
3. フラボノイド化合物の生体内抗酸化能及び脂質代謝を指標とした安全性評価に関する研究
フラボノイド類に含まれる化合物に関する化学、摂取量、生理作用、疫学的研究、抗酸化作用、代謝に関する文献調査を行った。このうちよりヘスペリジンを選んで、ウィスター系ラットに6段階の量で投与し、約3週間の飼育後、血清と肝臓の脂質に対する影響を観察した。
4. イソフラボノイド化合物のエストロゲン様作用と腎臓カルシウム沈着の可能性  イソフラボノイドのエストロゲン様作用、日本人の摂取量と生体内濃度、大豆製品中濃度、骨に対する作用について文献的な調査を行った。併せて、卵巣を摘出した ddyマウスにゲニスタインとエストロゲンを投与し、子宮重量、骨髄細胞、骨量への影響を観察した。
4. 中枢神経機能を指向する新開発食品素材の安全性に関する研究
各種の方法で得た情報から、脳機能を修飾する作用を謳った食品素材を探り、これらについて文献的な調査を行った。併せてウィスター系ラットを用いて、メラトニン濃度の異なる飲料水で飼育し、行動量自動測定装置を用いて、自発行動・飲水行動量を観察した。 
5. 新開発健康茶素材の安全性評価に関する研究
現在わが国で市販されている各種健康茶について利用目的、成分などを文献調査した。併せて、ラットに数種の茶侵出液を投与し、体重、飲水量、摂食量、血液生化学値に対する影響を観察した。
6. 各種新開発食品素材の安全性に関する文献的検討
アレルギー様被害の見られる健康食品17種及びクレアチンについて文献検索を行い、データを整理して、安全性に問題のあるものを明らかにした。
結果と考察
結果=1. 低カロリー脂肪食品素材の消化管に及ぼす影響
成人病の危険因子である肥満を予防するために、様々な低カロリーの食品素材が開発され、糖質系素材以外に新たに脂質系の代替食品素材が加工食品に利用されている。
本研究で扱ったソルベステリンは、ソルビトールにオレイン酸を主とした脂肪酸をエステル結合させた糖脂肪酸エステルの一種である。現在、この素材は実用化されていないが、類似の素材であるオレストラ(庶糖の脂肪酸エステル)は米国において実用化されている。オレストラは、脂溶性の高い栄養素の吸収に影響があることが報告されている。また、オレストラもソルベステリンも膵臓リパーゼによってほとんど分解されず、大部分が大腸に移行する。通常の食事ではこうした脂溶性物質が多量に消化管内に存在すれば、他の栄養素の消化・吸収に影響することが懸念される。また、大腸内に存在する場合には腸内細菌叢やその代謝に影響することも考慮する必要がある。
実験動物による検討の結果、ソルベステリンの高投与では体重増加が抑制された。膵臓においては、アミラーゼの活性が上昇し、リパーゼの活性は低下した。小腸スクラーゼ活性は、全ての部位において高くなる傾向があったが、トレハラーゼ活性は変動がなかった。飼料中のソルベステリン含量の増加に伴い、盲腸内容物重量及び短鎖脂肪酸量が増加した。 以上の結果から、ソルベステリンの摂取は、消化管機能に影響がみられるが、飼料中濃度12%以下であれば、顕著な影響はないと判断された。
2. 低カロリー食品素材の化学発癌に対する影響について
大腸癌、乳癌などの近年わが国で死亡率の増加している癌では、脂肪摂取が癌発症に関係していることを文献調査から明らかにした。すなわち、脂肪摂取量、カロリー摂取量の抑制は癌発症率を低下させる。他方、摂取する脂肪の種類は発癌に影響することが示唆されている。すなわち、リノール酸の摂取は大腸癌を増加させ、魚油やn-3系脂肪酸は抑制的に作用する。また、大腸内の腸内細菌が生成する短鎖脂肪酸のうち、酪酸は大腸粘膜細胞に生じた癌細胞の増殖を抑制する。
このように、脂肪の摂取と大腸癌発症との関連はきわめて複雑な関係にある。低カロリー脂肪素材は脂肪摂取やカロリー摂取、あるいはリノール酸摂取の低下を介して大腸癌発症を抑制する可能性が考えられる。また、1. の研究結果より、盲腸内容物中の短鎖脂肪酸にも変化がみられ、これによっても大腸癌発症を抑制する可能性が考えられる。しかし、他方において、大腸内の醗酵生成物の増加や腸内細菌叢の変化は発癌を亢進する場合もある。そこで、今後は低カロリー脂肪素材を投与した動物において、大腸の化学発癌への影響について検討したい。
3.フラボノイド化合物の生体内抗酸化能及び脂質代謝を指標とした安全性評価に関する研究
フラボノイドはdiphenolを基本構造とする化合物の総称で、緑黄色野菜、ハーブ類、果実類、豆類、お茶などに含まれている。近年、フラボノイド類が心臓疾患の予防に有効であることが疫学的な研究で明らかにされ、また抗変異原性・抗癌作用、抗菌・抗ウィルス作用、抗炎症作用、エストロゲンあるいは抗エストロゲン作用などの多様な生理作用が明らかにされてきた。その結果、フラボノイド類を含む健康食品などが広く利用されるようになっている。そこで、文献から各種フラボノイドの摂取量をみると、日本人の摂取量は高いことが分かった。フラボノイド類は抗酸化作用を介して有効性が発現すると考えられるが、ケルセチンのように変異原性が報告されているものもある。安全性に関するデータは少ないが、エストロゲン作用をもつものもあり、充分な検討が必要である。そこで、フラボノイドの一種であるヘスペリジンについて、抗酸化作用と脂質代謝への影響を指標として安全性を検討した。なお、エストロゲン作用をもつイソフラボンについては別途4で検討した。
ラットにヘスペリジンを体重kg当たり0.001gから1.0gを21日間投与して、体重、血清と肝臓脂質への影響を観察した。その結果、これらの指標にとくに顕著な影響は見られなかった。また、ヘスペリジンのアグリコンであるヘスペレチンでも影響のないことを確認した。
4.イソフラボノイド化合物のエストロゲン作用と腎臓カルシウム沈着の可能性
文献調査によると、日本人の血中と尿中のイソフラボン濃度は欧米人に比べて20倍から40倍も高い。とくに大豆加工品の摂取が要因と考えられる。大豆中のダイゼインゲニスタインはエストロゲン様作用を持っていることが報告されており、イソフラボンの一種であるクメストロールは不妊の原因となることが報告されている。イソフラボン類はエストロゲンのレセプターのαよりβにより親和性が高いことが示されている。他方、エストロゲンやイソフラボン類は骨の密度を高める作用のあることが明らかにされている。 そこで、卵巣摘出マウスを用いて、ゲニスタインについて、エストロゲン作用の強さと骨密度に対する作用を比較した。その結果、骨密度を高める作用が発現する濃度では、子宮重量の増加を指標としたエストロゲン作用は認められなかった。今後は多量摂取によるエストロゲン作用と腎臓へのカルシウム沈着について検討したい。
5.中枢神経機能を指向する新開発食品素材の安全性評価に関する研究
最近脳機能を高めることを標榜する食品や成分が増えている。高齢化社会への急速な移行や受験戦争、あるいは社会生活への不適応などがこれらの商品への需要を高めている。今回文献等から、イチョウ葉エキス、西洋オトギリソウエキス、フィトエストロジェン、ピログルタミン酸、ジエチルアミノエタノル、アセチル-L-カルニチン、メラトニンなどの有効性が注目されていることが判明し、その有効性と安全性に関する論文を整理した。 これらの物質の一部は、国によっては医薬品として利用されていたり、医薬品とし ての開発が試みられたが、有効性が明確ではないために食品としての利用に止まっているものもある。いずれにしても長期的に摂取されるものであり、また神経系に作用する物質であるだけに安全性への配慮が求められるものである。医薬品として利用されているものでは、安全性の確認もされているが、食品として利用される場合にはこうしたデータによる配慮がなされているかは明らかではない。
そこで、今回はラットの行動を自動測定する方法を用いて、メラトニンの影響について検討した。わが国ではメラトニンは食品としての利用はできないが、外国での購入やインターネットによる個人輸入でかなり広く利用されているのが現状である。
ラットの飲料水に溶かして、1日当たり20μgから1.6mgのメラトニンを投与した。
その結果、これらの条件ではラットの体重増加の抑制が見られた。この原因は摂食量の低下によるものであった。これらの量は人が通常摂取するメラトニン量より低いものであった。また、メラトニンの投与は、ラットの午前中の行動量の低下をまねいていた。今年は実験方法の開発も目的であったが、ほぼその目的は達成した。しかし、メラトニンによる体重抑制が低い濃度で起こったことは今後さらに詳細に検討する必要がある。とくに夜行動物であるラットと人の行動様式の違いにも配慮する必要があると思われる。
6.新開発健康茶素材の安全性評価に関する研究
わが国では長くお茶は緑茶を指していた。しかし、近年では緑茶や紅茶以外の様々なお茶が健康増進を目的として利用されている。その標榜されている効果は癌、糖尿病、動脈硬化、肝臓疾患、胃腸病、痴呆等の予防、体重減少等多様である。現在わが国で市販されているお茶の実態について調査した。併せて、緑茶、紅茶、ギャバロン茶の浸出液をラットに継続的に摂取させ、肝臓のアミノ酸組成と腸内細菌への影響を観察した。とくにギャバロン茶はアミノ酸代謝物であり、その影響が危惧されたが、問題のないことが確認できた。
7.各種新開発食品素材の安全性に関する文献的検討
近年食生活や生活環境の変化によって、アレルギー疾患が増加している。とくに、 健康食品などで報告される健康危害はアレルギーによるものと思われるものが多い。
今回対象とした成分や食品17種のうち、クロレラ、ローヤルゼリー、プロポリス、アロエ、キチン・キトサン、人参、コラーゲン、イチョウ葉、卵黄油、にんにく、、サイリウム、ビタミンE、単離大豆たんぱく、リノレン酸、DHA、オリゴ糖などでアレルギーに関する報告が見出された。とくにサイリウム、クロレラ、ローヤルゼリー、プロポリスなどで報告例が多い。
他方最近米国においてクレアチニンを摂取していたスポーツ選手の死亡事故が報告され、クレアチニンの安全性がFDAでも問題にされた。そこで、文献的な調査を行ったが、クレアチニンにとくに問題があるという報告は見出せなかった。
考察=本研究では、低カロリー脂肪素材、フラボノイド類、イソフラボン類、中枢神経機能に影響する成分や食品、各種健康茶、アレルギーを発症する食品や成分について、その健康影響に関する文献的調査を行い、一部の成分についてはさらに実験動物による安全性について検討した。
低カロリー脂肪素材は脂肪摂取の抑制に有効なものであるが、今年研究対象としたソルベステリンはほとんど消化・吸収されないところから、消化管機能に影響することが懸念される。実験動物に検討の結果、飼料中の濃度に相関して、膵臓酵素、小腸粘膜酵素、盲腸短鎖脂肪酸濃度に影響することが確認された。消化管への影響がみられない条件は12%以下と判断された。したがって少量の摂取には問題がないと考えられるが、脂溶性ビタミンの利用性、あるいは大腸内微生物の変化やその醗酵生成物の変化を介する大腸癌発症への影響などをさらに確認する必要がある。
フラボノイド類は近年、多様な有効性が注目され、フラボノイド類を含む健康食品などの利用が増えている。今年は文献的な調査から、有効性に関する研究が多いことを確認したが、安全性に関する報告が少ないことが分かった。今年はヘスペリジンを対象として実験動物による安全性の確認を行ったが、問題のないことを明らかにした。
今後はさらにその他の成分についても検討する必要がある。
イソフラボン類は近年とくに骨形成に有効な成分として注目されているが、エストロゲン様作用や多量の摂取による腎臓へのカルシウム沈着が報告されている。今年は骨密度増加作用が発現する量ではエストロゲン作用はないことを明らかにした。今後は多量摂取の影響について検討する必要があると思われる。
中枢神経機能に影響を与える食品や成分について文献などからの調査を行った。この中から最近外国から容易に入手ができるメラトニンについて、ラットの行動への影響を観察する方法によって中枢神経への影響を明らかにした。メラトニンは人が通常摂取する量以下でもラットの体重増加を抑制し、午前中の行動の抑制が見られた。この方法を今後はさらに他の成分にも応用するとともに、メラトニンの影響の再現性についても検討する必要がある。
最近各種の健康茶が販売されているが、その有効性はもとより安全性にも疑問のあるものも少なくない。医薬品となる成分が使われていたり、残留農薬、微生物汚染など食品として適切でないものもある。今年は詳細な検討を加えることができなかったが、今後は使用・販売実態などの調査が必要な食品群である。
最近食品アレルギーが増えているが、健康食品の被害報告などでも、アレルギーと思われる症状がみられる。そこで、17種の食品や成分についてアレルギーに関連した報告をまとめた。その結果、サイリウム、クロレラ、ローヤルゼリー、プロポリスなどでのアレルギー報告が明らかとなった。
今後は新規な食品や成分に関してさらに文献的な調査を充実させ、安全上の問題のあるものを明らかにしていくことが必要であると思われた。
以上のように今年の研究では最近市場に出回るようになった食品や成分、あるいは今後利用されると思われる新しい素材について、その健康影響について文献的な調査と一部の成分について実験動物による安全性の確認を行った。その結果、低カロリー脂肪素材、フラボノイド、イソフラボノンに関しては対象とした成分と今回の実験条件の範囲ではとくに大きな問題はないことを確認した。しかし、今後検討すべき課題のあることも明らかにした。他方、中枢神経機能に影響する成分や食品、各種健康茶などについては詳細な検討が必要である。  
また、新規開発の食品や成分については系統だった文献調査の有効性が明らかになった。こうした調査を通して、問題となる食品や成分を明らかにし、詳細な研究の必要な成分や何らかの行政上の対応の必要性についても明らかにできるものと考えている。
結論
今年度の研究では、可能なかぎりひろく現在問題となる食品や成分について研究対象とした。   今後低カロリー脂肪素材としての利用がもくろまれているソルベステリンでは、消化酵素への影響と大腸の発酵生成物から安全な摂取限界を明らかにしたが、脂溶性栄養素の利用性や大腸癌発症への影響などの課題を残した。
フラボノイド類とイソフラボノイド類については化合物が多いために、今年度対象とした化合物からだけで判断はできないが比較的安全性が高いことを確認した。今後は食品素材として使われる化合物についてさらに検討し、また多量摂取の影響もみる
必要があると思われた。
中枢神経系に作用する食品や成分については、実験方法を確立したが、対象としたメラトニンの安全性はさらに詳細な検討が必要であると思われる。また、その他の食品と成分について、引き続き検討したい。
以上のように実験動物による安全性の確認に併せて、文献的な調査も行った。お茶として販売されている商品とアレルギーを発症する可能性のある食品と成分について明らかにした。今後はその他の健康影響についても文献的な調査を充実させることが必要であると思われた。また、今年度は新しい食品の販売実態などについて、系統的な調査は行わなかったが、こうした調査をふまえて問題となる食品や成分を明らかにしていく必要性が痛感された。

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