食品衛生管理の経済学的研究

文献情報

文献番号
199700405A
報告書区分
総括
研究課題名
食品衛生管理の経済学的研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
久繁 哲徳(徳島大学医学部衛生学講座)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 食品衛生調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
わが国における,0‐157に起因する大規楳な食中毒の発生は,膨大な健康的および経済的損失を社会にもたらした。こうした状況に適切に対応するためには,食中毒の発生を減少・予防するための保健政策の迅速な立案と実行(rapid health policy making and imPIementation)が求められる。
その際,とくに実現可能性が重要な意味を持つが,中でも限られた保健資源のもとで最大の利益を得ることが最も重要な条件となる。そこで,食中毒の予防対策の有効性と費用の総合的評価方法,およびそれに基づく政策選択の意思決定の方法を確立することを目的として,食中毒の予防対策の経済的評価を実施したいと考えた。
研究方法
食中毒に対する予防対策の経済的坪価を,以下の計画にしたがって実施した。
1)経済的評価の方法論の検討:既存情報の系統的吟味(systematic review)を実施し,わが国における通用可能な方法を設定する。
2)経済的評価のための情報把握:食中毒のHACCP予防対策の費用と効果について,実態調査、センサス情報,モデル分析により推定を行った。なお,今回の検討に当っては,対象としてはとくに学校給食を設定し,検討を行った。
疾病の負担としては,地域症例(とくに0‐157)について,臨床的病像別に費用分析を実施するとともに,社会医療診療行為別調査を用い,腸管感染症の入院別年齢別の費用分析を実施した。
また,予防対策費用としては,HACCPによる学校給食施設改善にともなう費用について,モデルを設定し推定を行った。
3)経済的評価の試行:上記の検討結果に基づき,わが国における食中毒に対する予防対策を実施した場合の,費用ー効果ないし費用‐便益を予測的評価を拭みた。
結果と考察
結果=1)経済的評価の方法論
食中毒の予防対策に関する経済的評価については,米国農務省が中心となって一達の研究が進められていた。評価方法としては,費用‐便益分析(cost-benefit analYsis)が用いられていた。とくに生命の価値評価には,VOSL(統計的生命価値)が用いられていた。この方法は,生涯稼得総額を基本にした人的資本法に分類された。効果については,いくつかの強い仮定を認定して評価が実施されていた。こうした方法は,わが国においても適用可能であり,より詳細な内容の検討とわが国への適用条件についての検討が求められる。
なお,上記の分析では,食中毒による社会的損失は年間1兆から2兆円近くにおよんでおり,予防対策としてHACCP(危害分析重要管理点)システムを導入した甥台,得られる総便益は200億円から2兆円におよぶと推定されている。
2)食中毒の負担と費用
食中毒の負担の基礎となる食中毒の発生数については.食中毒発生状況および患者発生状況など報告があるが,正確な把握が困難であった。一方,社会医療行為別診療報酬のデータから,腸管感染症診療件数が年間45万一50万件であり,人口構成から,7‐15歳の年間発生数を6.5万人と推定された。
食中毒に関連する医療費は,社会医療診療報酬および地域での事例検討から,入院では1.9万円/日(入院期間5日),外来では0.5万円/日(通院期間3日)と推定した。なお,両者の構成割合は,それぞれ2%,98%とした。したがって,食中毒の疾患負担は.l0億7900万円/年間と算定された。
また,食中毒発生の際は,関連者の検査が実施されるが,原因により異なるため正確な評価は困難であるが,地域の事例から有症者の5倍程度(一般検査費300円)を想定すると,その費用は195万円と推定された。
一方,死亡による便益の損失は(ライプニッツ,ホフマン法)から,2千万円から4千万円と推定された(ここでは,その中間的な値である3千万円を用いた)。また,YOSL(l0歳)を用いると1億3千万円となる。食中毒による死者数は過去5年間(7‐15歳)5名が観察されているため,年間1名とすると,その損失は3000万円/年となる。
以上より,食中毒の負担は年間11億1095万円と概算される。対策の期間を15年間と設定すると,総額166億6425万円となる。ただし,時間選好を考慮し,5%で割り引くと現在価値は115簾5388万円となる(なお,米国のVOSLの生命価値を利用すると年間の負担は129億円と想定された)。
したがって,予防対策がl00%効果的であれば,115,5億円の便益が見込まれ,効果が50%であれば57,8億円となる。 3)予防対策の費用
過去の学校給食の食中毒発生事例についての危費分析では,二次汚染によるものが49%加熱不足25%,長時間放置16%,調理従事者8%となっている。こうした原因については,施段・機器だけでなく,HACCPによる予防と対応するものが多かった。一方,学校給食設備に対する一斉点検およびそれに基づく改善勧告が平成9年度に実施されているが,その結果も同様な傾向を示していた。
これらの動向に対応して,平成8年度には0‐157対策費として,施設改修費が42億円,機器整備費が78億円,平成9年度には,同様の項目について88億円の事業が実施されていた。
一方,学校給食設備の改善について,食中毒予防のために新築時に必要となる費用(従来型との差額)を,モデル設定により検討した結果,単独校(500食)では8800万円,共同施設(5000食)では2億6700万円と推定された。
また,個別の給食センターにおける改善の事例評価をした結果,施設改善費が530万円,機器設備改善費が1170と推定された。なお、作業内容と形態の変化にともなう労働時間の増加により1800万円に費用が必要と推定された。
4)食中毒予防対策の経済的評価の試行
上記の検討結果に基づき,費用‐便益について予測的評価を試みると,予防対策による便益は15年間の間で約170億円であり,その現在価値は約115億円となる。したがって,全国の学校給食の対策費用が,この範囲内に収れば,費用-便益は正となり効率的な事業と評価される。
考察=食中毒に対する系統的な予防対策は,わが国は十分な検討が実施されておらず,危機管理として積極的に先進諸国での成果を導入することが必要とされている。そうした対策の一つにHACCPがあり.米国を中心として,科学的な管理が日常的に実施され,成果を挙げている。
わが国における学校給食にも,0‐157などの発生を契機として食中毒の予防対策の確立が求められており,HACCPの適用が進められてきている。こうした保健政策を実施するに当って,保健資源を適切に配分することが重要な条件となる。  米国においては,農務省が中心となりHACCPの経済的評価を実施し,予防対策として効率的であることが報告されている。基本的な評価方法は費用‐便益分析であり,従来,行政の事業を評価する上でよく用いられきたものである。 ただし,疫学的あるいは臨床的情報が必ずしも十分に蓄積されていないため,強い仮定をおいた評価となっている点に注意が必要である。
わが国においても,こうした評価の方法論を確立し,保健政策上積極的に利用することが求められるが,今回の検討では,上記の方法がわが国においても十分に適用可能であると考えられた。そこでまず,食中毒の発生による社会的負担(費用)を,この評価枠組みにより推定したが,年間115億円程度と推定された。したがって,予防対策が成功すれば,この費用が削減でき,社会的な便益となる。
こうした便益と比較すべき予防対策の費用について,個別施設およびモデル設定により,施設・機器の改費費用推定を行った。それぞれの費用算定は可能であったが,全国レベルにおいて、はたしてこうした改善ニーズが,どのような種類,どのような頻度で存在するか,ほとんど不明であった。また,食中毒への対応は,必ずしも施設・機器だけではなく,より作業管理としてのHACCPが重要視される。その意味では,今後,こうした観点からのニーズ検討を早急に行うことが必要と考えられた。
こうした検討に基づき,はじめて食中毒の経済的評価が最柊的に可能となり,費用と便益の総合的判断が決定できるものと考えられる。
結論
わが国における学校給食における,食中毒予防対策の経済的評価を実施した結果,米国で先駆的に実施された費用一便益分析がわが国においても適用可能と判断された。この枠組みによって,15年間の食中毒の負担は115億円(現在価値,割引率5%)と推定された。これは,予防対策が成功すれば,便益として評価される。一方,予防対策として,学校袷食の施設・機器の改善費用について,事例検討および専門家評価により推定することができた。 しかしながら,現在,全国の予防対策ニーズを十分に把握していないため,上記の評価に基づき,全体焚きな予防対策の費用を見積もることができなかった。その意味では,早急に予防対策のニーズを評価し,予防対策の最終的な費用-便益評価を実施することが必要と考えられる。

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