食品中の微量元素の安全性に関する研究

文献情報

文献番号
199700402A
報告書区分
総括
研究課題名
食品中の微量元素の安全性に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
冨田 寛(日本大学医学部耳鼻咽喉科学教室名誉教授)
研究分担者(所属機関)
  • 中嶋常允
  • 中島三治(エ-ザイ生科研(株)研究所)
  • 鈴木泰夫(徳島大学医学部衛生学)
  • 鈴木泰夫(徳島大学医学部衛生学)
  • 岡田正
  • 高木洋治(大阪大学医学部小児外科)
  • 荒川泰之
  • 林洋一
  • 鈴木壱和(日本大学医学部第3内科)
  • 池田稔(日本大学医学部耳鼻咽喉科)
  • 竹内重雄(日本大学医学部化学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 食品衛生調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
最近の日本人の生活環境の変化によって、老人や小児における必須微量元素とくに亜鉛摂取量の低下や、妊婦、味覚障害患者、アルコ-ル肝炎や糖尿病患者における亜鉛欠乏が報告されている。また、土壌の化学肥料による亜鉛不足についても警告が出されている。これらのことから、健康者及び疾病を持った対象者における必須微量元素の1日摂取量ならびに体内量(血清等)を測定し、かつ各種食品の必須微量元素の含有量を検討することは、疾病に対する予防および治療の観点から重要な事と思われる。
本研究はそれらを明らかにすることを目的とする。
研究方法
1) 日本人が日常摂取する食物の中から、亜鉛とセレンの摂取量の多い米を使って、各種微量元素を土壌から投与した場合のイネの生育及び玄米成分への影響を調べた。また、今回はセレン単用での効果と新たにクロムについてもその作用を調べた。
2) 日本、中国、インドネシアの住民1273人の毛髪中の微量元素19種の含有量を測定し、国際比較をおこなった。対象者の地域は、中国のハルビン市、インドネシアのメダン市および日本の徳島県にした。試料は、各地域の理髪店より一般住民の毛髪を一人ずつ収集した。測定した総人数は1273人であり、そのうち、メダン市住民151人、ハルビン市住民149人、および徳島県住民973人である。なお、年齢は40~49歳、性は男性に限定した。微量元素の測定は湿式灰化後ICAP法で19元素を測定した。
3) 微量元素の含有量については、分担研究者鈴木が報告した「食品中の微量元素含有量表」を用い、国民一人当たりの食品の摂取量は国民栄養調査のデ-タを利用し、クロム、銅、マンガン、セレニウム、亜鉛の1日摂取量並びに1日摂取量に占める食品群寄与率を算定した。
4) 血漿ACE比の測定は、長期静脈栄養施行患者では、亜鉛投与量増減に伴い、鋭敏に反応するが、亜鉛欠乏が多い慢性肝疾患や味覚障害患者では変化がない症例が多かった。これには緩衝液の影響が考えられるので、その検討を行った。
5) 4)の結果に基づいた測定法で、あらためて慢性肝疾患の血漿ACE比を測定し、血清亜鉛値の変動と比較検討した。
6) ヒトの潜在性亜鉛欠乏に対して、白血球亜鉛値は、血清亜鉛値よりも、より確実な指標となりうる成績を得たが、動物実験でそれを確かめるために、家兎にジチゾンおよびEDTAを投与して、血清亜鉛値および白血球亜鉛値の時間的変動を研究した。
結果と考察
1) 土壌中のへの微量元素投与がイネの生体内吸収と生育に及ぼす影響
イ) 生育調査:初期生育の段階で、微量元素無処理のMn、Fe、Zn、B、Moを配合したミネラル剤(ミネラックス)区とそれにSeとCrを加えた総合区およびセレン単用区(Seで1ppm)においてはイネの生育が促進される傾向を示した。尚、クロム単用区(Crで10ppm)ではやや生育が抑制された。
ロ) 玄米分析(Crは未分析):対照区に比べ、微量元素を投与したミネラックス区、総合区で玄米中のZn、B、Seの成分量が増加した。Zn、B、ではこれら元素を投与していないセレン単用区、クロム単用区においても同様の結果となった。特に、セレン単用区と総合区ではセレンを投与しなかった対照、ミネラックス、クロムの各区に比べ玄米中のSeが顕著に増加した。
ハ) 土壌分析(Mn、Fe、Cu、Zn、B):イネ栽培跡地の土壌調査を行った結果、特にこれらの元素を投与したミネラックス区と総合区でCu、Zn、Bの残効が認められた。
2) 日本、中国、インドネシア住民の毛髪中微量元素含有量の比較研究
イ) インドネシア、中国、日本住民の毛髪中19種類の微量元素含有量を明らかにした。ロ) インドネシアでは微量元素含有量は比較的 高く、日本は低い。
ハ) 日本と比較し、2倍以上高い元素は、インドネシアでは8種類、中国では4種類みられた。
ニ) 鈴木の他の研究と文献的考察より、地域差は食習慣及び地域環境の違いによるものと考えた。
3) 日本人の食品別微量元素摂取量に関する研究
1日摂取量は、クロム0.15mg/day、銅1.80mg/day、マンガン 7.4mg/day、セレニウム0.19mg/day、亜鉛10.2mg/dayであった。
食品群別寄与率の高いもの上位5群は、クロムでは、穀類(25.4%)が最も高く、次いで魚介類(12.3%)、野菜類(11.7%)、獣鳥鯨肉類(11.2%)、乳類(6.6%)であった。 銅では、穀類(34.6%)が最も高く、次いで魚介類(14.3%)、野菜類(11.4%)、豆類(11.3%)、獣鳥鯨肉類(6.7%)であった。
マンガンでは、穀類(50.4%)が最も高く、次いで嗜好・調味料類(12.3%)、豆類(11.0%)、野菜類(10.4%)、いも・でん粉類(3.3%)、藻類(3.3%)であった。
セレニウムでは、魚介類(54.6%)が最も高く、次いで、獣鳥鯨肉類(14.4%)、卵類(13.0%)、穀類(8.9%)、乳類(2.8%)であった。
亜鉛では、穀類(35.3%)が最も高く、次いで獣鳥鯨肉類(18.6%)、魚介類(11.9%)、野菜類(7.4%)、豆類(7.2%)であった。
4) 血漿ACE比の測定法に関する検討
イ) 血漿ACE活性に及ぼす緩衝液の影響 :血漿試料を、一試薬系および二試薬系のリン酸緩衝液ならびにトリス緩衝液のそれぞれと等量混合した際の血漿ACE活性を測定した。その結果、一試薬系リン酸緩衝液を用いると、本来の血漿ACE活性とほぼ同じ値を示したが、キレ-ト作用を有するトリス緩衝液を用いると、本来の約37.4%の活性しか示さず、さらに一試薬系に比べてイオン強度の強い二試薬系リン酸緩衝液を用いると、測定結果は高いCV値を示した。
ロ) ブランクに添加する緩衝液についての検討:ZnSO4 溶解させた緩衝液をブランクに添加すると、通常の血漿ACE活性より 低値を示した。これは、添加したZn量がブランク中に含まれるEDTA量を上回ることに起因すると推察された。
ハ) 血漿ACE比測定に及ぼす緩衝液保存期間の影響:血漿ACE比測定に及ぼす緩衝液保存期間の影響を検討した結果、緩衝液調製2週間後までは、ほとんど変化なく推移したが、その後リン酸そのもののキレ-ト作用によって、添加したZnがキレ-トされ、本来求めるべき血漿ACE比の値より低値を示した。
ニ) 血漿ACE比測定に及ぼす反応時間の影響:血漿ACE比測定に及ぼす反応時間の影響を検討した結果、反応10分後以降は安定になり、20分間で最も安定な値を得ることができた。
5)慢性肝疾患における血漿ACE比の測定
検討症例は、日大第三内科にて臨床的に診断の確定している慢性肝疾患116例を対象とした。慢性肝炎53例、肝硬変症63例(代償性肝硬変51例、非代償性肝硬変12例)である。
(結果)慢性肝炎の血清亜鉛濃度は79.5
μg/dl、肝硬変では60.4μg/dl、代償性肝硬変では62.0μg/dl、非代償性肝硬変52.8μg/dlであった。血漿ACE比は慢性肝炎で2.11、肝硬変で1.82、代償性肝硬変で1.82、非代償性肝硬変で1.04であり、従来の報告と全く相反するものであった。
慢性肝炎における血清亜鉛濃度が正常(84-159μg/dl)の頻度は40.3%、亜鉛欠乏症と判断される(60~83μg/dl)の頻度は48.4%、欠乏症(59μg/dl以下)の頻度は11.3%であり、肝硬変ではそれぞれ7.4%、44.7%、47.9%であり、肝硬変症で明らかに血清亜鉛濃度は低値であった。
また、血清亜鉛濃度から血漿ACE比について検討したが、亜鉛正常群では1.81、亜欠乏症群では2.00、欠乏症群では1.96であり、これからも血漿ACE比は従来の報告とは異なる成績であった。また、亜鉛補充療法として1日当たり亜鉛補充量567μg、33.9mg投与し、血清亜鉛濃度、血漿アンギオテンシン変換酵素比について検討したが、血清亜鉛濃度は増加したが、血漿ACE比も従来の報告と異なり上昇した。
6) 亜鉛キレ-ト剤投与家兎における血清および白血球亜鉛値の変動
イ) ジチゾン投与による血清および白血球亜鉛値の変動:対照の血清亜鉛値は136~273μg/dlであった。ジチゾン投与後15分および30分後の血清亜鉛値は,各々50μg/dlと顕著に低下したが、60分後には158および200μg/dlと対照の値の範囲に回復した。対照の白血球亜鉛値は89~238μg/g・protein(以下数値のみとする)であった。ジチゾン投与後15~240分の間に白血球亜鉛値の有意の変動はみられなかった。
ロ) EDTA0.5g/kg投与による血清および白血球亜鉛値の変動:血清亜鉛値は投与開始4日目にすでに55および64μg/dlと顕著な低下を示した。その後投与17日目まで、41-53μg/dlで安定した推移を示した。一方白血球亜鉛値は投与7日目で132-142と低下傾向を示すことなく推移し、9日目より47および63と低下、さらに20μg/g・proteinまで顕著な低下傾向を示した。 
ハ) EDTA1.0g/kg投与による血清および白血球亜鉛値の変動:血清亜鉛値は投与開始4日目にすでに47および69μg/dlと顕著な低下を示した。その後投与28日目まで35~70μg/dlと低値で比較的安定した推移を示した。また白血球亜鉛値もすでに投与4日目に56~60と低値を示した。さらに9日目以降には低下傾向が強く、16.6μg/g・proteinまで顕著な低下を示した。
ニ) 血清亜鉛値と白血球亜鉛値の相関: 両者の相関係数は0.692(p<0.01)で比的良好な正の相関がみられた。両者の間に解離のみられたのは、血清亜鉛値が低値であるが白血球亜鉛値が正常に保たれていた例であった。血清亜鉛値が正常範囲で白血球亜鉛値の低下していた例はみられなかった。
ホ) 実質臓器の亜鉛量と血清および白血球亜鉛値の相関:血清亜鉛値は、腎臓および顎下腺における亜鉛量と弱い正の相関を示したが、白血球亜鉛値はそれらの実質臓器中の亜鉛量と相関を示さなか った。
結論
1) これまでの結果から水田土壌にZn,Seなどの微量元素の単品あるいは混合品を適量投与することで、イネの初期生育が促進され玄米中のZnとSeの成分量が高まることが確認された。
このことは、Seなどある種の微量元素を土壌から適量投与することにより、米などの食物中のこれら元素の成分量調整が可能であること、ひいては農産物を通して人体の必須微量元素の補給やバランス調整が期待できることを示唆したものといえる。
2) 毛髪を用いた微量元素の人類生態学的検討により、微量元素の地域的な水準とともに、地域特性が明らかにされ、微量元素を地域環境汚染や労働環境のBiological monitoringなどの評価指標として用いる際の基礎的な参照デ-タとしての利用可能性が示唆された。
3) 日本人のクロム、銅、マンガン、セレニウム、亜鉛の1日摂取量と1日摂取量に占める食品群別寄与率が明らかになり、これらの微量元素の過不足を判断する基礎的資料を示した。これらの資料は、環境汚染時に於ける経口摂取のリスクアセスメント並びに微量元素の栄養学的評価・判断資料として利用できると考えられた。
4) 血漿ACE比活性に及ぼす緩衝液の影響を調査した結果 イ)添加する亜鉛の緩衝剤は、キレ-ト作用およびイオン強度の小さなものを用いる(1mM リン酸緩衝液)、ロ)ブランクにはZn無添加緩衝液を用いる、ハ)使用する緩衝液は用時調整が好ましく、長くとも2週間以内には使用する、ニ)反応時間は20分間が最も好ましく、少なくとも10分間以上は必要であることが明らかになった。
5) 慢性肝疾患においては亜鉛欠乏状態が存在するが、その検出には血清亜鉛濃度が重要であり、血漿ACE比は慢性肝疾患においては有用ではないと考えられた。
6) イ) ジチゾン投与により血清亜鉛値は速やかな低下を示したが、白血球亜鉛値は有意の変化を示さなかった。またEDTA0.5g/kg投与により血清亜鉛値は速やかに低下したが、白血球亜鉛値は9日目まで有意の変化を示さなかった。以上より白血球亜鉛値は血清亜鉛値に比べ短期的な変動は少なく、生体の亜鉛代謝状態をみる指標として安定した結果が期待できるものと思われた。
ロ) 血清亜鉛値は他の臓器組織中の亜鉛量と弱いが正の相関を示した。しかし白血球亜鉛値と臓器組織中の亜鉛量の相関はみられなかった。したがって白血球亜鉛値が他の実質臓器の亜鉛量の変動を推察しうる指標かという点では必ずしも満足できる結果ではなかった。

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