インフルエンザHAワクチン製造用種ウイルスに関する研究

文献情報

文献番号
199700393A
報告書区分
総括
研究課題名
インフルエンザHAワクチン製造用種ウイルスに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
根路銘 国昭(国立感染症研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 杉田繁夫(JRA総研)
  • 山西重機(香川県衛生研究所)
  • 横田陽子(滋賀県衛生環境センター)
  • 上田竜生(長崎県衛生公害研究所)
  • 三川正秀(福島県衛生公害研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 ワクチン・予防接種対策総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
5,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
インフルエンザワクチンの有効性は、ワクチンとして使用するウイルスの抗原構造とワクチン中に含まれるウイルス抗原含有量によって決定される。本研究は、ワクチン株としてのウイルスの免疫学的、遺伝学的、増殖性、さらに異宿主で分離されたウイルスの生物学的及び免疫反応の分析を通してワクチン株の適正な選定を実施することを目的としている。一方、最近のウイルス分離はMDCK細胞によることが多くなり、免疫学的及び遺伝学的に適正なワクチン株として評価されながら、ガン細胞の一種であるMDCK細胞で分離されたという理由で、ワクチン株として利用できなかったという経験に幾度か遭遇している。第2の目的は、定点地方衛生研究所において、MDCK細胞で変異種ウイルスが分離された場合に、原材料から再び発育鶏卵でウイルスを分離し、再分離されたウイルスの増殖性、免疫原性及び進化学的分析を通して、ワクチン株選定法に新しい問題解決の道を樹立することにある。また、ウイルス変異を速やかに分析評価する技術開発も進められており、これらの問題解決も含めて人間で流行しているウイルスを効果的に制圧できるワクチンを国民に提供することを究極の目的としている。
研究方法
国内及び国外のサーベイランス定点から分離された代表的なインフルエンザウイルス分離株をフェッレット感染血清で分析し、4倍以上変異した代表的な変異ウイルスを発育鶏卵とMDCK細胞で増殖させて、抗原構造及び遺伝子構造の変化を調査しワクチン株としての適正を検定するが、具体的には次の方法によって研究を実施する。(1)国内及び国外で分離された変異ウイルス抗原構造をフェッレット感染血清のパネルで解析する。(2)これらのウイルスの代表的なものについてMDCK細胞と発育鶏卵で再増殖させたときの抗原の幅を測定する。(3)MDCK細胞と発育鶏卵由来のウイルスに抗原変異が起こったときに、両宿主でワクチンを試作し、その中和活性を基礎にワクチン株としての適合性を評価する。(4)両宿主由来ウイルスの原材料中に含まれる遺伝子に加え、異宿主由来HA遺伝子構造を解明し、抗原変異と遺伝子変化の相同性を比較する。(5)これらのウイルスの血球凝集性、増殖性、分離ウイルスの分析に加え、代表的なウイルスの進化方向を策定し流行予測の基礎とする。(6)以上の分析を通してワクチン株として評価された時、MDCK細胞由来のものについては、原材料から発育鶏卵で速やかにウイルス分離する定点観測研究所を設置した。
結果と考察
1996-97及び97-98シーズンに分離されたインフルエンザウイルスを抗原変異を基準にして分類すると、A/香港(H3N2)型はワクチン株として利用してきたA/武漢/359/95、A/福島/456/96、そしてA/佐賀/I28/97で代表される変異株のウイルスの3群によって構成されていることが明らかとなった。A/福島/456/96はワクチン株から4-8倍変異しており、ワクチン株としての適正を調べるために、MDCK細胞と発育鶏卵で増殖させた時の抗原構造の差、赤血球に対する親和性、遺伝子構造の解明、そして免疫応答についての性状を調べた。その結果、その抗原性及びニワトリ赤血球への親和性に変化が認められが、HAの塩基配列、レセプター領域の結合を支配するアミノ酸に変化は認められず、組換えワクチニアウイルスによる分析から、ニワトリ赤血球への親和性にHAとNA以外のタンパクが関与している可能性が示された。さらに、ワクチン株としての検討を進めるため、このウイルスの国内及び国外で分離されたウイルスとの抗原性の比較、進化学的な方向性を調査
した。国内でも同ウイルスと同じ抗原性を持つウイルスが分離されたが、すべてMDCK細胞で分離されておりワクチン株として利用できず、さらに原材料からの発育鶏卵による分離も陰性であった。しかし、国外の分離株の中に同ウイルスと抗原的に類似した株が検知され、その代表的なA/South Africa/1147/96が進化学的にも同じ位置に属することが示され、さらに発育鶏卵で分離されていたことがその後の調査で明らかとなった。これらの分析結果より、A/South Africa/1147/96株が1997-98シーズンのワクチン株候補に位置づけられるべきものであることを示した。また、第3の抗原変異株のA/佐賀/I28/97は、A/武漢/359/95及びA/福島/456/96からさらに変異しているが、MDCK細胞のみでしか分離されていないことよりワクチン株として利用できないことが示された。
一方、MDCK細胞と発育鶏卵で生産したワクチンの効果に差があるかを調べるため、MDCK細胞と発育鶏卵で増殖させたA/滋賀/25/96のA/武漢/359/95株に対するフェッレット感染血清との免疫反応を調べた。その結果両者間に8倍の差が認められ、3つのアミノ酸配列の違いも示されが、中和試験には大きな差はみられず、免疫学的には、MDCK細胞と発育鶏卵で分離されたウイルスをワクチン用種ウイルスとして使用することに決定的な問題はないことが示唆された。
1997-98シーズンに日本と韓国で分離されたウイルスは大部分がMDCK細胞に由来したが、ソ連、モンゴリア及び中国では発育鶏卵で分離されており、外国で分離されたウイルスの中でH1N1ウイルスのみがワクチン株のA/Beijing/262/95から変異していることが特定された。しかし、日本で分離されたH3N2及びB型インフルエンザウイルスの中に大きく変異しているものが特定されたので、MDCKで分離されたウイルスを国立感染症研究所と定点地方衛生研究所で共同調査し、ワクチン株としての評価を行った。その結果、1997/98シーズンで流行の主流を占めたA/香港型のA/武漢/359/95とA/佐賀/I28/97からさらに大きく変異したA/横浜/8/98が特定された。このウイルスは、MDCKで分離されていたため発育鶏卵での分離を試みているが、未だ分離に成功していない。さらに、B型ウイルスについても、大きく変異した変異種が特定され、その代表的なものがB/山梨/166/98及びB/滋賀/T30/98で、両ウイルスとも地方衛生研究所でMDCKと発育鶏卵で平行している分離することに成功していた。これらのウイルスの詳細な抗原構造の解析の結果、ワクチン株のB/三重/1/93から8倍以上変化していることが示された。以上のことから、抗原構造、免疫応答、遺伝子構造に加え、進化学的方向性の分析から、1998-99シーズンのワクチンには、A/Beijing/262/95(H1N1)、A/横浜/8/98(H3N2)及びB/山梨/166/98ウイルスを利用するのが理論的には妥当でないかと考えられた。                          
結論
流行インフルエンザウイルスの解析から、次の結論が得られた。(1)H3N2インフルエンザウイルスのニワトリ赤血球への結合能力の低い株が分離されるのが最近の傾向となっているが、これらのウイルスのHA分子上のレセプター結合領域に変化がみられなかった。さらに、組換えワクチニアウイルスを利用した分析から、ニワトリ赤血球への親和性にHAとNA以外のタンパクが関与している可能性が示された。(2)発育鶏卵とMDCKで分離されたH3N2インフルエンザウイルスに大きな抗原変異が認められたが、両宿主で生産されたワクチンで免疫した抗体は、発育鶏卵及びMDCK由来ウイルスと効率よく中和し、発育鶏卵由来ウイルスをワクチン株として利用することの妥当性が示された。(3)1997/98シーズンに分離されたH3N2及びB型ウイルスにワクチン株から大きく変異した株が特定された。(4)上記、H3N2及びB型ウイルスの遺伝子構造の解明、抗原構造の詳細な解析、さらに進化学的解析から、これらのウイルスはワクチン株とは進化学的位置を異にし、1998-99シーズンのワクチン株として考慮する必要性のあることが示された。(5)MDCK細胞で分離されたワクチン株候補用変異種を発育鶏卵原材料から再分離する方法の有用性が示された。

公開日・更新日

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