ワクチン接種のコストベネフィットに関する研究

文献情報

文献番号
199700389A
報告書区分
総括
研究課題名
ワクチン接種のコストベネフィットに関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
西村 雄彦(社団法人細菌製剤協会)
研究分担者(所属機関)
  • 後藤暢二(社団法人北里研究所)
  • 高見沢昭久(財団法人阪大微生物病研究会)
  • 大隈邦夫(財団法人化学及血清療法研究所)
  • 原田功(千葉県結成研究所)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 ワクチン・予防接種対策総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
10,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成6年の予防接種法の改正に伴い、従来の集団接種に代わり個別接種が進展する新たな医療環境の中で、主要ワクチン類が感染症予防ではたしている役割を医療経済上の観点から研究し、保健医療政策の選択肢の中で、ワクチンごとに、それぞれの予防接種が、医療経済上果たしている意義を明らかにする。
研究方法
ワクチンのコストベネフィット研究を総合的に実施するため、本年度は、昨年度までの成果を踏まえ、1.わが国のワクチン接種のコストベネフィットを研究する研究班を中心に、2.欧米各国のワクチン市場の動向の調査研究、3.国内ワクチン市場の現状と今後の動向に関する調査研究、のそれぞれを分担する3つの研究班で調査を分担して実施することとした。これらの研究の中心となる、わが国のワクチン接種のコストベネフィットの研究では、国立療養所三重病院の神谷院長を代表とする医療グループで委員会を作り、コストベネフィットの評価に必要な基本的要素や、研究に用いるコストベネフィット計算の基本モデルの設定するとともに、実際にかかる医療費を基にコストベネフィットの計算と、評価を実施することとした。一方、各分担研究班で実施した調査の中間的な経過については、進行の状況に応じて持ち寄って全体で討論を行い、その結果をそれぞれの分担研究に反映するとともに、コスベネフィットの評価をより正確、かつ、客観的なものにまとめていくやり方で研究を進めることとした。
結果と考察
ワクチン接種のコストベネフィット研究では、定期接種ワクチンである麻しんワクチンと風しんワクチン及び任意接種ワクチンであるおたふくかぜワクチンと水痘ワクチンについて調査した結果を評価した。評価に用いたのは、国立療養所三重病院の神谷院長を中心とする小児科臨床医のグループがこれまでに実施した予備的調査の結果採用することとした、基本的にはWiederman らの考え方に基づく次のような評価モデルである。Benefit/Cost ratio=CTH/{CV+(1-P)CTH} ここで、CTH は、ワクチンの適応である感染症に罹患した場合に要する費用、CVは、ワクチンを接種した場合に要する費用P は、ワクチンによる感染症防御率である。評価の結果各ワクチン毎のコストベネフィット比(Benefit/Cost ratio: B/C 比)で表わされる経済効果は、麻しんが3.4 風しんが2.9 、おたふくかぜが3.6 、水痘が2.4 であった。即ち、わが国の医療費全体に及ぼしている経済効果を金額的に見てみると、現状の接種率において麻しんワクチンでは年間約298億円、風しんワクチンでは約81億円の医療費の節約をもたらしており、この金額は、予防接種率が高くなるほど大きくなることが推測された。欧米各国のワクチンマーケット調査研究では、世界のワクチン市場の現状について、1996年のFinancial Times Management Report 等から次のような情報を得た。1.1994年時点での世界のワクチン市場は約30億ドルと推定され、年間成長率は約14% 。2.ウイルスワクチンの市場は、約19億5 千万ドルで、市場の約65% を占めると考えられ、成長率は、約13% であるが、その成長に寄与しているのは、新ワクチンの中でも比較的安価なHBワクチンやHAワクチンの使用増加。3.現在のウイルスワクチン市場の中で重要な位置を占めているのは、B 型肝炎ワクチン、A 型肝炎ワクチン、インフルエンザワクチン、ポリオワクチン及びMMR ワクチンであり、1994年時点におけるインフルエンザワクチンの市場は約2億ドル。4.ワクチン市場は今後5 年以上年間約13% の成長が予測され、紀元2000年には約40億ドルに達す
ると推定される。国内ワクチン市場の現状と今後の動向に関する調査研究では、次のような状況が明らかとなった。平成6年の予防接種法の改正により、集団接種から個別接種へと、大きな予防接種方式の転換があったが、予防接種法の対象である定期接種ワクチン類については、予防接種率そのものに大きな変化はなかったと言える。一方、任意接種のワクチン類は、地方自治体毎に接種方式も異なり、実態の把握が困難であるが、インフルエンザワクチンの生産・供給量が一時的に法改正前の10分の1 以下に激減し、緩やかに回復過程にあるのを除けば、生産・供給量に大きな変化がないことから、全体として接種率は横ばいに推移していると思われる。従って、今後数年間はワクチン行政に大きな変化がないという前提を置くと、予防接種法改正後現在までに至る予防接種率の推移と今後予想される出生人口の動態等から、大まかなワクチン供給量を試算することができ、短期的に予測される主なワクチン量の年間供
給量は次のとおり。すなわち、定期接種ワクチンでは、DPT ワクチンが約3,000L、ポリオワクチンが約300 万人分、麻しんワクチンが約120 万人分、日本脳炎ワクチンは約2,500 L である。さらに、予防接種法改正で接種方法が大きく変わった風しんワクチンは、平成8年度までが約250 万人分、その後平成14年度までが約170 万人分、平成14年度以降は約100 万人分である。任意接種ワクチンは、インフルエンザHAワクチンが約1,000L、B 型肝炎ワクチンが約250L、コレラワクチンが約100L、DT混合トキソイドが約1,000L、破傷風トキトソイドが約450L、おたふくかぜワクチンが約35万人分、水痘ワクチンが約25万人分である。更に、ワクチン供給に影響を及ぼすわが国のワクチンの流通の現状を見るためにに、ある県においてアンケート調査により、1.予防接種の実施方法(集団接種、個別接種)と2.ワクチン購入のやり方、を主な定期接種ワクチンである日本脳炎ワクチン、風しんワクチン、麻しんワクチン及びDPT ワクチン(又はDT混合トキソイド)について調べた。その結果、予防接種の実施方法としては、全体として予防接種法改正以後に基本とされることとなった個別接種が、生ワクチンを中心に広く行われるようになっきているものの、学童期に実施する場合には、集団接種が多く見られ、また、郡部の人口の少ない市町村では、主に集団接種が行われていることがわかった。ワクチン購入のやり方は、特に、個別接種を行っている市町村の場合には、予防接種を委託している医療機関がワクチン購入から使用までの管理を行っている事例が多くなっているが、多くは、市町村の管理下にある。わが国のワクチン市場の大部分を占める定期接種ワクチンの場合には、予防接種費用が市町村の予算で賄われるためであり、任意接種ワクチンと異なる際だった特徴である。以上、本年度コストベネフィットの評価を実施した定期接種ワクチンの麻しんワクチン及び風しんワクチン、並びに任意接種ワクチンのおたふくかぜワクチン及び水痘ワクチンについては、予防接種による明らかな経済効果のあることがわかった。これは、これらの1.ワクチンによる防御率P がかなり明確にわかっており、文献上信頼し得る値が得られたこと、並びに、これらの2.感染症の感染・治療症例がかなりあるため、医療費等の実例を調査することにより評価に必要な医療費が推定できたことによる。従って、他のワクチンの場合も、同様のワクチン接種による経済効果が予想されるが、上記2つの条件が満たされないと評価はより難しいものになると思われる。また、わが国のワクチン市場は、世界のワクチン市場とは大きく異なる現状及び動向を見せている。これは、予防接種法に基づき市町村が購入する定期接種ワクチンがわが国ワクチン市場の大きな部分を占めているという実態を反映しているものと思われる。
結論
ワクチン接種のコストベネフィットの評価は、その国のワクチン接種のコストを含む医療費、医療供給の状況により大きな影響を受ける。従ってわが国におけるワクチン接種の経済効果を評価しようとすれば、実際にかかる医療費等の実態を調査した上で評価する必要がある。今回の調査研究結果によれば、わが国のワクチン市場は世界のワクチン市場と大きく異なる特徴があるものの、ワクチン接種の経済効果は、欧米の場合と同様極めて大きいことが示された。

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