心の健康づくりを図るための効果的技法の開発に関する研究

文献情報

文献番号
199700388A
報告書区分
総括
研究課題名
心の健康づくりを図るための効果的技法の開発に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
菅屋 潤壹(愛知医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 小林章雄(愛知医科大学)
  • 赤堀文昭(麻布大学)
  • 青木憲雄(那珂動物病院)
  • 富樫亮子(愛知県健康づくり振興事業団)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 健康増進研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,625,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年の急速な社会環境の変動にともなって生じる心理的・社会的ストレスの心身に対する影響は多大なものがあり、その対策が急がれる。その一つとしてリラクゼーションのプログラムを作成し、個人にあるいは集団に提供して、各人がストレスへの対処法を修得するための手助けとする試みがされている。私どもの研究グループは、有効・適切なリラクゼーションプログラムを開発・作成して集団に提供し、そのプログラムの全体の評価し、またその方法の確立と、個々のリラクゼーション技法の効果とその簡単な評価法を確立することを目指して検討を行っている。今回は、これまでにその効果が多少とも明かにされたいくつかのリラクゼーション技法を組み合わせた4週間にわたるリラクゼーションプログラムを実施し、その実行可能性、有効性を評価し、さらにまだその効果が実証されていないリラクゼーション技法の一つである動物介在療法(アニマルセラピー)についてプログラムで採用の可能性について調査した。
研究方法
1) リラクゼーションプログラムの試行による検討
(1) 試験的リラクゼーションプログラムの実施
プログラムは、講義と実技を組み合わて、毎週1回で4週間にわたって実施した。講義につづいて、実技として「自律訓練」「音楽療法」「香りによるリラクゼーション」「ボディソニック体験」「運動によるリラクゼーション」を実施した。このコースでは、「自律訓練」は4回実施したが、他の実技は1回のみ行った。
全コース終了後に、受講者にアンケートを実施し、本プログラムの全体に対する感想について質問した。対象は、男女40名の中高年者である。
(2) リラクゼーションプログラム全体の評価のための調査項目
主観的ストレス尺度として、GHQ、POMS、Agression-Hostility Scaleを実施し、尺度得点の変化について検討した。身体生理機能として、総コレステロール、HDL-コレステロール、中性脂肪などの血清脂質、NK細胞活性、CD4/CD8を指標とした免疫機能、コルチゾール、プロラクチン、DHEA-Sなどの内分泌機能を測定した。
(3) 個々のリラクゼーション技法の評価のための測定項目
皮膚電気抵抗:毎回の「自律訓練」の最中にバイオフィードバック装置を用いて手掌部で測定した。毎回の訓練開始時から消去動作直前まで記録した。
心電図R-R間隔:各回とも「自律訓練」前と訓練中に心電図R-R間隔を計測して、そのパワースペクトル分析を行い、HF成分とL/H比を算出した。
脳波:「音楽療法」「香り」「ボディソニック」「運動」の各技法の実施の前後に、簡易脳波計を用いて前頭部から記録し、主要成分の出現率をパーセント値で求めた。脳波は周波数帯域によってつぎのように分類した。
α1:7~8 Hz α2:9~11 Hz α3:12~13 Hz β:17~30 Hz θ:4~6 Hz
2) アニマルセラピーの効果、評価法とプログラムへの採用の可能性の検討
(1) アニマルセラピーの効果と評価法に関する文献調査
内外の文献を調査し、諸施設を訪問してアニマルセラピーの実態と研究の方向性について検討し、評価法などの確立を目指した予備的研究を行った。
(2)アニマルセラピーの問題点の調査
アニマルセラピーにともなう危険性を検討するため次の調査を行った。・動物との別れ(死亡、引退など)にともなう飼い主の心理的衝撃(アニマルロス症候群)の実態を調査するため、一動物病院において過去5年間の動物死亡300例について、飼い主に対するアンケート調査を行った。・動物の口腔内微生物汚染状況の調査するため、健康なイヌとネコについて、咽喉頭部位から減菌棒により採取した調査材料を培養後、発育した細菌をコロニーの形態により識別し、属のレベルまで分類した。
結果と考察
1) リラクゼーションプログラムの試行による研究
(1)リラクゼーションプログラム全体の評価に関わる成績
主観的ストレス評価として、GHQ項目版(精神健康調査票)の得点は、プログラム実施後に低くなり、有意な差を認めた。POMSによる気分調査尺度得点では、緊張-不安、抑うつ-落ち込み、怒り-敵意、疲労、混乱などが実施後に低くなった。攻撃性・敵意性尺度は、全般的に実施後が低い傾向を示し、とくに顕在型尺度得点で実施1ヵ月前、実施直前にくらべて有意に低かった。
血液による内分泌・免疫機能については、プログラム実施前後でくらべると、プロラクチンとコルチゾールは有意な変化は見られなかった。DHEA-Sは、実施後1で1ヵ月前より有意に低下した。NK細胞活性は、実施直前にくらべ実施後1で有意な低下を認めた。CD4/CD8比は実施後に有意に低下を示した。血清脂質では、中性脂肪は同日のプログラム実施前にくらべ実施後で有意に低かった。総コレステロールは、プログラム実施前にくらべて実施後の方が有意に低い傾向が認められた。
コ-ス終了後受講者から得たアンケートでは、全体的に講義、実技ともよかったと答えたものの割合が多かった。リラクゼーション技法に関しては、「ボディソニック」「自律訓練」はよい評価がえられた。「香り」「音楽」はよく評価されす、内容が好みに合わないことを指摘していた。プログラムの意義として、休養やリラクゼーションの必要性を認識し、実際よい効果がえられたなど全体によい評価がえられた。
(2)個々のリラクゼーション技法の評価法に関わる成績
自律訓練:訓練中の皮膚電気抵抗は増加した。その増加量の平均値は、訓練を重ねるにつれ低下する傾向が認められたが、有意な差はなかった。心電図R-R間隔は訓練中有意に延長した。HF成分は訓練前後により、あるいは訓練経験により一定の傾向を示さなかった。L/H比は訓練中やや増加する傾向を示した。
音楽療法:脳波各成分ごとの平均出現頻度は一定の傾向を示さなかった。
香り:脳波は、α2波を中心とする低い周波数域の成分が増加し、β波を主体とする高い周波数域での減少が特徴的であったが、統計的に有意差はなかった。
ボディソニック:脳波のθ波とα3波が有意な上昇を認めた。
運動:脳波は、β波のみ有意な減少を示した。
2)アニマルセラピー調査研究の成績
(1) 内外でのアニマルセラピーの現状と問題点:欧米にくらべて、わが国におけるアニマルセラピーの研究は途に着いたところであり、ボランティアによる動物介在活動が老人ホームや精神薄弱者更生施設などでわずかに行われているにすぎない。
(2) アニマルロス症候群の調査:動物死亡例の約半数は何らかのアニマルロス症候群の体験者であった。治療が必要な症例は5.3%に認められた。アニマルロス症候群に罹った人は40歳代以上の女性に多く、全体の約90%を占めていた。飼い主が動物の死に遭遇するときの影響は無視できないものがあることが明かとなった。
(3) 動物の口腔内細菌叢の調査:イヌでは、高率(73%)で腸内細菌が分離された。このなかにはヒトおよびイヌに病原性のあるE. coli O6も検出された。ネコでも腸内細菌は高率に検出された。また、援助動物にはダニに起因する皮膚疾患や糸状菌による外耳炎の発症が見られた。以上より、援助動物は感染源としての危険性もあり、その対策も重要課題であるといえる。
今回の研究から、試験プログラムは主観的ストレス尺度を減少させ、有効であることが確認された。血液検査の成績は、プログラム実施前と実施後(実施後1)の比較から、NK細胞活性の低下とCD4/CD8比の増加が有意な所見であったが、これまでの知識によれば、この結果はストレスの軽減には対応するものではない。プロラクチン、コルチゾール、DHEA-Sの変化は認められなかった。一方、総コレステロールは実施前から実施後には有意に低下し、プログラムの効果と思われたがその機序は明かではない。また、受講者からの感想によると、講義、実技ともおおむね好評で、プログラム終了後も実生活で役立てているとの評価が得られた。以上、リラクゼーションプログラムの評価法としては、主観的ストレス尺度を指標にするのが妥当であることを示す。何らかの生理学的、内分泌・免疫的検査項目を客観的な指標にしたいところであるが、本研究の成績からはまだ確かな方法を提言できない。
個々のリラクゼーション技法についても、その効果を判定し、評価するための信頼に足る生理学的指標は得られなかった。しかし、皮膚電気抵抗は、その訓練中の抵抗値変化量で見ると初回の練習から4回目の練習にかけて順次減少する傾向があり、安静時にリラックス効果が得られたとの解釈も可能で、自律訓練時の評価法となりうる可能性はある。脳波に関しては、「ボディソニック」「運動」では有意な変化があり、主観的尺度との関連が示唆されたし、「香り」は、有意な変化ではないものの生理学意義が示唆される所見が得られた。アンケート調査から見て「香り」「音楽」の評価は、その内容が好みにあっているか否かが大きく影響していると考えられ、その効果には個人差が大きい可能性がある。こういった技法をプログラムに取り入れるには相当な工夫と多様な対応が必要であろう。
結論
プログラム全体の効果は主観的指標により評価できるが、客観的指標についてはまだ検討が必要である。個々のリラクゼーション技法については、脳波や皮膚電気抵抗などの生理的指標でもある程度は評価に利用できる。自律訓練やボディソニックは比較的簡便な方法で効果が得られやすく、プログラムでは有効な方法といえるが、香り、音楽、運動などは効果に個人差が大きく、その実施方法や評価法に関してかなり工夫がいると考えられた。動物介在療法は方法論はまだ確立されてはいないが、プログラムへの組み込みは可能であり、その効果も期待できる。

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