日本人の健康状態を示す客観的指標の選定に関する研究

文献情報

文献番号
199700379A
報告書区分
総括
研究課題名
日本人の健康状態を示す客観的指標の選定に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
江指 隆年(国立健康・栄養研究所)
研究分担者(所属機関)
  • 近藤和雄(国立健康・栄養研究所臨床栄養部)
  • 吉武裕(国立健康・栄養研究所健康増進部)
  • 石川和子(国立健康・栄養研究所健康増進部)
  • 松村康弘(国立健康・栄養研究所成人健康・栄養部)
  • 杉山みち子(国立健康・栄養研究所成人健康・栄養部)
  • 吉池信男(国立健康・栄養研究所成人健康・栄養部)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 健康増進研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
5,250,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
21世紀のわが国における健康増進ならびに生活習慣病予防対策の中で、生活習慣と深くかかわる健康状態の各種指標を、個人あるいは集団レベルで評価していくことは、きわめて重要である。特に、本研究課題は、さまざまな生活習慣要因の中でも、主として食事、運動と関連の深い客観的な健康指標について基礎データを整理することを目的とした。
研究方法
(1)栄養状態の評価:高齢者において、血液生化学や身体計測等を用いて栄養状態を評価し、日常生活活動度(ADL)やその他の健康状態との関連で有用な指標について検討を加えた(杉山)。骨の健康状態を評価するための種々の方法を文献的に検討し、特に骨密度に関しては現在わが国で販売されている機器を詳細に調査した。また、全国市町村の骨粗鬆症検診のデータを整理し、日本人の骨の健康状態に関してその現状をまとめた(石川)。体脂肪量を評価するための各種指標に関するレビューを行い、体脂肪や肥満に関する各種指標について、その測定方法を詳細に検討し、大規模調査において適用可能な方法を検討するとともに、精度管理等についても考察を加えた(松村)。(2)フィットネスレベル等の評価:高齢者を中心として、体力、筋力等の測定を実施し、ADLやその他の健康状態との関連で有用な指標を検討した(吉武)。(3)生体の酸化状態に関する評価:ポリフェノールの動脈硬化予防作用を明らかにすることを目的として,各抗酸化物を取り上げLDL被酸化性との関連を検討した(近藤)。(4)大規模(国レベルでの)疫学調査への応用:米国の全国健康・栄養調査等に採用されている各種指標等をレビューし、わが国の国民栄養調査における今後の検討課題について整理した(吉池)。(5)栄養素必要量、栄養所要量などに関する検討:第6次改訂へむけての新たな枠組みに関して、科学的および行政的な側面を考慮しながら、検討した。特に、カルシウム、マグネシウム等のについては、具体的な実験データや米国における所要量策定状況に関して最新の情報をレビューし、今後研究を進めるべき課題についても整理した(江指)。
結果と考察
(1)栄養状態の評価:高齢者施設入所者を対象とした調査では、血清アルブミン値 3.5g/dl以下の低アルブミン血症者は、65-74歳の男性では29%、女性では38%であった。また、日常生活活動度が低い者ほど、低アルブミン血症の出現率が高かった。一方、人間ドック受診の地域在住者を対象とした調査では、アルブミン3.5g/dl以下の者は男性で0.3%、女性で1.0%であった。他の高齢者コホートの結果でも、血清アルブミン値は、その後10年間の死亡率と関連することが報告されている。したがって、地域在住の高齢者のPEMを評価・判定するための健康指標として、アルブミン (カットオフ値:3.5g/dl)は有用と考えられる。この指標の利点としては、必要血清量が0.2mlに過ぎず、検査費用も160円と安価なことである。
骨の健康状態を評価する指標としては、骨構造を評価する方法、骨の代謝に関係する栄養状態を評価する方法、骨の代謝状態を評価する方法がある。骨構造を評価する方法のうち、骨密度を測定する方法には、測定原理、測定部位の異なった多種の機器があり、それぞれ、精度、測定時間、費用等が異なる。すなわち、DXA(Dual energy X-ray absorptiometry)法は、測定精度は良好で、測定時間が短く、被爆線量も少ないが、機器は高価である。SXA(Single energy X-ray absorptiometry)法は、測定時間が短く、機器はDXAに比べればやや安価であるが、測定精度はやや劣る。QCT (Quantitative computed tomography)法は、既存の全身用CT装置を利用でき、骨密度のみならず、骨稜の分布状態を把握できる。しかし、測定精度はやや落ち、被爆線量が比較的多い。MD (Micro-densitometry)法は、既存のX線撮影装置が使用でき、短時間で多くの人数の測定が可能であるが、様々な因子の影響を受けるために測定精度はやや落ちる。踵骨超音波測定法は、X線の被爆を受けないが、再現性がDXAに比べて劣る。以上の各種機器間の互換性はまだ保たれておらず、どの機器を使用してどのように評価するかについてはさらに検討が必要である。
体脂肪量(率)の測定法には、密度法、アイソトープ希釈法、DXA法、カリウム法、クレアチニン法、インピーダンス法、TOBEC法、皮下脂肪厚法、近赤外線分光法、CT法、MRI法などがある。しかし、日本人の健康状態を評価する指標としては、多人数に対して適応可能な方法を採用する必要がある。それには、安全性(侵襲性)、被測定者への負担、機器の移動可能性、正確度、精密度、測定の簡便性、費用などを考慮する必要があり、これらの点を考慮すると、皮下脂肪厚法、インピーダンス法やBMIが候補に上げられる。ただし、それらの方法の特性を充分把握し、性、年齢あるいは人種に応じて適した方法、推定式を採用する必要がある。また、肥満測定方法には、厳密なゴールドスタンダードがないのが現状であることにも留意する必要がある。従って、新たなスタンダードとなる可能性のあるDXA法などによって、当該対象者に対する使用測定法の妥当性チェックを行うことも必要であろう。
(2)フィットネスレベル等の評価:高齢者の生活動作の中でもっとも負担度の高い階段昇降能力と脚伸展パワーおよび下肢筋力には高い相関関係があった。また、日常生活動作遂行能力との関係においても脚伸展パワーと脚伸展力との間に高い相関関係を認めた。このことから、高齢者における生活機能の自立の指標として、脚伸展パワーや脚伸展力は有用な指標と考えられる。今後は、後期高齢者について日常生活動作遂行能力と体力との関係について更に詳細な研究が必要であると考えられる。
(3)生体の酸化状態に関する評価:健常人10名に対して抹茶5gを投与した所、LDLの被酸化能は、投与前値対し有意な低下を示した。又、同時に測定した血中のカテキン濃度も著明に増加しているのが認められた。すなわち、ポリフェノール含量の高いものとして赤ワイン以外にもしょう油や味噌汁、茶があり,LDLの抗酸化能が期待できる値であった。今後、LDLの酸化変性を防ぐ他の抗酸化物の探索が必要であるとともに、明らかになった抗酸化物に対しては、一日における必要量の設定が重要であると考えられた。
(4)大規模(国レベルでの)疫学調査への応用:米国における「栄養モニタリングおよび関連研究」は、1990年代初頭より展開されてきており、Healthy People 2000における約300の目標中33項目に関する評価のためにも活用されている。このうち、米国全国健康栄養調査(NHANES)において、国民の健康状態をモニタリングするために採用されている客観的指標を整理した。今後、生活習慣病予防対策および「健康日本21」を展開するために、国民の“健康指標"として、国民栄養調査等で採用すべき項目を選定することは重要である。その際、米国のUSDAにおける議論にならって、(1)科学的な価値、(2)公衆衛生上の重要性、(3)実際に行政にうまく利用できるかどうか、(4)調査が実施可能かどうか、という4つの視点から、専門家グループによる検討を行う必要があろう。
(5)栄養素必要量、栄養所要量などに関する検討:第6次改定日本人の栄養所要量策定に関して考察を加えた。その結果、(1)可能な限り栄養素の種類を増加させるとともに、生活習慣病予防および第7次改定を展望した委員構成とすべきであること、(2)関連文献の整理・保存を国立健康・栄養研究所において継続的に実施すべきことを提案した。さらに、1997年米加両国合同委員会が提案した栄養所要量に関する内容を要約した。一方、食品中のミネラルの生体利用性を、マグネシウムに関して動物モデルを用いて評価した。その結果、食品成分の栄養評価に際しては、その成分分析値のみならず、当該成分の生体利用性を評価する必要があることが示唆された。
結論
個人レベルで見た場合、体質・素因と環境要因との相互関連の中で、個体内の生体機能やコンディションが規定される。この生体機能やコンディションのバランスが大きく乱されたときに、健康が損なわれ、疾病発症へとつながる。また、広義の「環境要因」には、種々の生活習慣要因が含まれる。ここでは、食品、栄養・食生活、運動・身体活動、飲酒・喫煙、睡眠・生活リズム、休養・ストレス等を生活習慣要因と考えた。これらの生活習慣要因によって直接的に影響を受けると考えられる生体機能やコンディションを客観的な指標としてとらえるための方法を本研究課題では検討した。飲酒・喫煙、睡眠・生活リズム、休養・ストレスに関連する生体指標としては、ストレスに対する生体の反応性や免疫能等が挙がられよう。これらについても適切な指標が検討され、実際の疫学調査などに応用されることが期待される。

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