文献情報
文献番号
199700374A
報告書区分
総括
研究課題名
健康増進分野における健康教育等介入による経済的効果に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
田中 平三(東京医科歯科大学難治疾患研究所)
研究分担者(所属機関)
- 江指隆年(国立健康・栄養研究所)
- 佐藤洋(東北大学医学部)
- 伊達ちぐさ(大阪市立大学医学部)
- 櫃本真一(愛媛県保健環境部)
- 吉池信男(国立健康・栄養研究所)
- 米増國雄(奈良県立医科大学)
- 中村雅一(大阪府立成人病センター)
- 上島弘嗣(滋賀医科大学)
- 田辺直仁(新潟大学医学部)
- 辻一郎(東北大学医学部)
- 大島明(大阪府立成人病センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 健康増進研究事業
研究開始年度
平成6(1994)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
18,200,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
地域における健康増進活動が、リスクファクター、ひいては成人病発症を、正味どのぐらい低下させ得るのかについて疫学的に評価し、その費用・効果分析を行うことを目的とする。すなわち、血圧何mmHg、コレステロ-ル何mg/dlの低下に対して、いくらの費用が必要かを明示することで、将来、費用・便益分析への道を開くことが期待される。医療費は有限であるので、これを有効利用するには保健活動の疫学評価を行い、その費用を見積もることが緊急のニードである。
研究方法
統一されたプロトコルに従って、(1)減塩による血圧低下プログラム、(2)運動(ウォーキング)による血圧低下プログラム、(3)節酒による血圧低下プログラム、(4)食生活改善による血清総コレステロール低下プログラムの4プログラムを、無作為配置介入試験(交互法)の手法を用いて地域住民に対して行った。その際、対照群(非介入群)と比較することで、介入による血圧の低下幅が何mmHg、あるいはコレステロ-ルの低下幅が何mg/dlであったか、すなわち"効果"を疫学的に明らかにした。さらにプログラム実施の過程において要したマンパワーや物質的資源を克明に記録し、金銭に換算することで、"費用"を明らかにした。
結果と考察
?減塩による血圧低下プログラムの費用・効果分析:【対象者数】本年度までに、8施設229名を対象とした減塩教室が実施され、そのうち、介入前に正常高値・軽症高血圧・中等度高血圧であった129名のデータを用いて解析を行った。脱落率は8.5%であり、前期介入群(以下、介入群)68名と後期介入群(以下、対照群)50名、計118名が中間評価時までのプログラムを終了した。【減塩による降圧効果】実質的な降圧効果はSBPでは-5.2mmHg(p=0.017)、DBPでは-2.2mmHg(p=0.036)、また、減塩量は-2.4g/日(p=0.006)と推定された。【減塩量と血圧変化量の関係】介入群、対照群ともに、介入前後での尿中排泄量から推定した食塩摂取量の変化と、SBPの変化との間に中等度の相関が認められた(r=0.337と0.443)。つまり、食塩摂取量が大きく減じた者ほどSBPが大きく低下したと考えられる。介入群ではほとんどの者の食塩摂取量が減少し、かつSBPの低下が起きているのに対して、対照群では全体として食塩摂取量・SBPのいずれもあまり変わっておらず、これは、指導群における降圧が減塩指導の結果であることを示す証拠といえる。【費用】奈良県で本プログラムを実施した際に要した費用を算出したところ、介入群一人あたり6万8千円であった。なお、昨年度報告書に示された大阪府でのコストは介入群一人あたり8万3千円で、奈良よりもやや高額であった。
?食生活改善によるコレステロ-ル低下プログラムの費用・効果分析:【対象者数】7地域で379名を対象として、食生活改善によるコレステロ-ル低下プログラムが行われた。服薬治療中の者61名と途中脱落者19名を除く297名を解析対象とした。153名が介入群、144名が対照群に割り当てられた。【血清脂質の変化】食事指導前後で血清総コレステロールは、正味で8.5mg/dl(p=0.002)低下、中性脂肪は13.2mg/dl(p=0.046)低下、LDLコレステロ-ルは6.3mg/dl(p=0.019)低下した。【食事の変化】食事指導前後で、介入群では対照群に比較して全て有意に、総エネルギー摂取量が減少、P/S比が上昇(+0.24)、食事性コレステロ-ル摂取量が減少(-35.3mg/日)した。【食事の変化と血清脂質の変化量との関係】介入前後での食事の変化と血清総コレステロ-ルの変化との関係を分析したところ、血清総コレステロ-ル値の変化は、食事性コレステロ-ル摂取量の変化と正相関(r=0.191)、P/S比の変化と負相関(r=-0.143)していた。これらの関係は特に介入群の方で明らかであった。【プログラム開始前のコレステロ-ル摂取量と指導効果】プログラム開始前のコレステロ-ル摂取量の四分位で四群に分け、各群での指導後のコレステロ-ル低下幅を比較したところ、プログラム開始前に食事性コレステロ-ルを354mg/日以上摂取していた人たちは、指導後に血清総コレステロ-ルが約18mg/dl(p<0.001)も低下していた(対照群と比較した正味の低下幅である)のに対して、プログラム開始前に食事性コレステロ-ルが209mg/日以下と比較的少なかった人たちは、指導後の血清総コレステロ-ル値はほとんど不変(+3.2mg/dl,p=0.72)であった。開始前の食事性コレステロ-ル摂取量が多いほど、指導の効果は顕著に現れるようである。【費用】介入群1人あたりに要した費用は、6万5千円(宮城県)、3万3千円(愛媛県)、3万6千円(奈良県A)、3万6千円(奈良県B)であった。昨年度は東京都で4万2千円と報告されている。
?運動(ウォーキング)による血圧低下プログラム:【対象者数】3地域で54人が本プログラムに参加した。そのうち、中等度高血圧、軽症高血圧、正常高値の男女計32名(介入群14名、対照群18名)について解析を行った。【血圧の変化】運動プログラム前後で、介入群では対照群と比較してSBPが正味で8.9mmHg(p=0.091)低下し、DBPは正味で5.4mmHg(p=0.086)低下した。低下幅はかなり大きいものの、有意ではなかった。標本数を増して詳細な解析を行うことが今後の課題であろう。【費用】愛媛県で本プログラムを実施した場合、介入群1人あたりに要した費用は3万3千円であった。
?節酒による血圧低下プログラム:【対象者数】参加者数は全部で55名、そのうち中等度高血圧、軽症高血圧、正常高値の者を解析対象とした。本プログラム参加者は全て男性であり、中途脱落率が他のプログラムに比べて大きく、28名だけがプログラムを完了した。【血圧と飲酒量の変化】節酒プログラム前後で、介入群では対照群に比較してSBPが平均すると正味5.7mmHg低下していたが有意ではなかった。DBPはほとんど不変であった。飲酒量は介入群で正味8.6g(エタノール換算)低下していた。【費用】介入群1人あたりに要した費用は2万7千円(愛媛)~5万4千円(滋賀)であった。
?血清脂質の精度管理:本研究では、同一個人内での血清脂質の経時的変化を観察する必要があるため、血清脂質検査の精度管理が必要不可欠である。中村が本研究において必要となる精度管理の手法を検討し、継続して精度管理を実施している。
?禁煙教育の経済効果:喫煙が癌や循環器病の重大なリスクファクターであることは疑う余地がない。検診の事後指導の場における禁煙指導について、これまでの経験に基づいて、禁煙成功率と費用を試算し、禁煙成功者一人あたりの費用を計算し、さらに1救命人年あたりの費用を計算、検討した(分担研究報告書:大島)。
?食生活改善によるコレステロ-ル低下プログラムの費用・効果分析:【対象者数】7地域で379名を対象として、食生活改善によるコレステロ-ル低下プログラムが行われた。服薬治療中の者61名と途中脱落者19名を除く297名を解析対象とした。153名が介入群、144名が対照群に割り当てられた。【血清脂質の変化】食事指導前後で血清総コレステロールは、正味で8.5mg/dl(p=0.002)低下、中性脂肪は13.2mg/dl(p=0.046)低下、LDLコレステロ-ルは6.3mg/dl(p=0.019)低下した。【食事の変化】食事指導前後で、介入群では対照群に比較して全て有意に、総エネルギー摂取量が減少、P/S比が上昇(+0.24)、食事性コレステロ-ル摂取量が減少(-35.3mg/日)した。【食事の変化と血清脂質の変化量との関係】介入前後での食事の変化と血清総コレステロ-ルの変化との関係を分析したところ、血清総コレステロ-ル値の変化は、食事性コレステロ-ル摂取量の変化と正相関(r=0.191)、P/S比の変化と負相関(r=-0.143)していた。これらの関係は特に介入群の方で明らかであった。【プログラム開始前のコレステロ-ル摂取量と指導効果】プログラム開始前のコレステロ-ル摂取量の四分位で四群に分け、各群での指導後のコレステロ-ル低下幅を比較したところ、プログラム開始前に食事性コレステロ-ルを354mg/日以上摂取していた人たちは、指導後に血清総コレステロ-ルが約18mg/dl(p<0.001)も低下していた(対照群と比較した正味の低下幅である)のに対して、プログラム開始前に食事性コレステロ-ルが209mg/日以下と比較的少なかった人たちは、指導後の血清総コレステロ-ル値はほとんど不変(+3.2mg/dl,p=0.72)であった。開始前の食事性コレステロ-ル摂取量が多いほど、指導の効果は顕著に現れるようである。【費用】介入群1人あたりに要した費用は、6万5千円(宮城県)、3万3千円(愛媛県)、3万6千円(奈良県A)、3万6千円(奈良県B)であった。昨年度は東京都で4万2千円と報告されている。
?運動(ウォーキング)による血圧低下プログラム:【対象者数】3地域で54人が本プログラムに参加した。そのうち、中等度高血圧、軽症高血圧、正常高値の男女計32名(介入群14名、対照群18名)について解析を行った。【血圧の変化】運動プログラム前後で、介入群では対照群と比較してSBPが正味で8.9mmHg(p=0.091)低下し、DBPは正味で5.4mmHg(p=0.086)低下した。低下幅はかなり大きいものの、有意ではなかった。標本数を増して詳細な解析を行うことが今後の課題であろう。【費用】愛媛県で本プログラムを実施した場合、介入群1人あたりに要した費用は3万3千円であった。
?節酒による血圧低下プログラム:【対象者数】参加者数は全部で55名、そのうち中等度高血圧、軽症高血圧、正常高値の者を解析対象とした。本プログラム参加者は全て男性であり、中途脱落率が他のプログラムに比べて大きく、28名だけがプログラムを完了した。【血圧と飲酒量の変化】節酒プログラム前後で、介入群では対照群に比較してSBPが平均すると正味5.7mmHg低下していたが有意ではなかった。DBPはほとんど不変であった。飲酒量は介入群で正味8.6g(エタノール換算)低下していた。【費用】介入群1人あたりに要した費用は2万7千円(愛媛)~5万4千円(滋賀)であった。
?血清脂質の精度管理:本研究では、同一個人内での血清脂質の経時的変化を観察する必要があるため、血清脂質検査の精度管理が必要不可欠である。中村が本研究において必要となる精度管理の手法を検討し、継続して精度管理を実施している。
?禁煙教育の経済効果:喫煙が癌や循環器病の重大なリスクファクターであることは疑う余地がない。検診の事後指導の場における禁煙指導について、これまでの経験に基づいて、禁煙成功率と費用を試算し、禁煙成功者一人あたりの費用を計算し、さらに1救命人年あたりの費用を計算、検討した(分担研究報告書:大島)。
結論
本研究の血圧低下プログラムでターゲットとした軽症高血圧者や正常高値("highnormal")者が、医療機関を受診した場合、適切な非薬物療法がなされず、また降圧薬も投与されずに経過観察となることが多いであろう。しかしながら、この範囲の血圧値であっても脳血管疾患のリスクを高めることがこれまでの疫学研究で確認されており、しかも、一般人口に占める割合は大きく、集団全体への寄与割合も大きい。したがって、本研究で得られた減塩による血圧低下効果(SBP-5.2mmHg、DBP-2.7mmHg)とそれに要した費用(6万8千~8万3千円)は、単に薬物療法に比べて安価であるというだけでなく、適切な非薬物療法がなされないままに、放置されている人たちに適応されれば、将来、薬物治療を要する高血圧への進展および循環器疾患発生のリスクを低減させるという効果も十分に期待できる。本プログラムでは血清総コレステロ-ル低下効果は実質8.5mg/dl(p=0.002)であったが、この効果は特に指導前に食事性コレステロ-ル摂取量が多かった者ほど顕著であり、高脂血症者に対して食事調査を行うことで、食事指導が有効であるか否かを予めある程度予想できるようである。安価な食事療法で大きな効果が得られそうな者を同定することは、有限である医療費を有効利用するためにも非常に重要であろう。今後、簡便で妥当な食事調査法が開発されれば、保健・医療機関において高脂血症の治療方針を決める際の有用な判断基準となりうるかもしれない。運動(歩行)による血圧低下プログラムは、減塩および節酒によるものと比べて、血圧低下幅がかなり大きかったが、効果の大小を比較できるほどには本プログラムの標本数は多くない。減塩が有効である者、運動が有効である者、節酒が有効である者、それぞれに適した指導を行うことが、効果/費用の比を高めるためにも有用であろう。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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