文献情報
文献番号
199700362A
報告書区分
総括
研究課題名
放射線事故による集団災害に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
草間 朋子(東京大学医学部)
研究分担者(所属機関)
- 篠原照彦(国立水戸病院)
- 幸田弘(唐津赤十字病院)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 災害時支援対策総合研究事業
研究開始年度
平成7(1995)年度
研究終了予定年度
平成9(1997)年度
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-
研究報告書(概要版)
研究目的
わが国の原子力は、環境保全、人体への安全等に十分配慮しつつ昭和30年代後半から開発が進められ、現在では、全電気エネルギーの30%以上原子力で供給するまでになった。エネルギー資源、地球環境問題の視点に立った時、今後も、わが国の電気エネルギーのかなりの割合を原子力に頼らざるを得ないことは明らかであろう。一方、中国、韓国、台湾などアジア地区も含めた今後の原子力開発を考えると、大規模事故を想定した広域防災対策と、一般住民を対象とした緊急時医療措置手順について具体的な対応を検討することが今後の原子力に対する国民の安心感を得るためにも不可欠な事項である。さらに、大規模事故時の原子力発電所の作業者や防災関係者など業務上被ばくをする可能性の大きい人々を対象にした緊急医療のあり方については、事業者等の責任において別途検討すべきである。
放射線事故による集団災害が問題になる可能性のある場合は、原子力発電所のように大規模施設に事故が発生した時である。原子力発電所の事故については、環境に対する影響、一般公衆に対する影響などに着目して表1に示すように事故の規模の分類が、国際的な尺度に基づいて行われている。現在までに発生した事故で、もっとも規模の大きなものは、1986年に発生した旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所の事故であり、現在までのわが国の事故で、一般公衆への放射線の健康影響が問題になったものはない。
原子力発電所は、原子炉の立地場所の選定、原子炉の設計、運転等の各段階で厳しい安全審査があり、一般の人々(一般公衆)に対して緊急医療を必要とする急性の放射線障害が発生するような原子力災害は発生しないようにコントロールされている。原子力発電所で働く作業者や消火活動にあたった作業者には、急性放射線症をはじめとしたさまざまな急性の放射線障害が発生した旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所の事故でさえも、一般公衆には急性放射線症は発生していない。しかし、一旦、事故が発生し、避難や屋内退避等の介入措置が取られた場合には、障害が発生するか否かに拘わらず、一般公衆は、放射線・放射性物質による人体への影響に対する不安や恐怖に襲われる。これは、1981年に発生したアメリカのスリーマイル島原子力発電所の事故の際の住民の反応でも明らかである。したがって、原子力災害が発生した場合に、緊急医療に係る医療従事者に要求されることは、急性放射線障害に対する医療処置ではなく、一般公衆の放射線や放射性物質に対する無用な不安を取り除くためのカウンセリングである。放射線あるいは放射性物質は、極く微量でも測定できるという大きな特徴を持っており、対応に当たっては、この特徴を最大限に活用すべきである。定量的に汚染がないこと、放射線による被ばくが無視できる程度のものであることを示しながら説明にあたり、一般公衆の納得を得ることである。
そこで、本研究では原子力災害の際に一次医療で行われることになっている、汚染のチェックの具体的な方法と、放射性物質による汚染の程度に対応したとるべき措置に関する事項を中心に検討した。
放射線事故による集団災害が問題になる可能性のある場合は、原子力発電所のように大規模施設に事故が発生した時である。原子力発電所の事故については、環境に対する影響、一般公衆に対する影響などに着目して表1に示すように事故の規模の分類が、国際的な尺度に基づいて行われている。現在までに発生した事故で、もっとも規模の大きなものは、1986年に発生した旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所の事故であり、現在までのわが国の事故で、一般公衆への放射線の健康影響が問題になったものはない。
原子力発電所は、原子炉の立地場所の選定、原子炉の設計、運転等の各段階で厳しい安全審査があり、一般の人々(一般公衆)に対して緊急医療を必要とする急性の放射線障害が発生するような原子力災害は発生しないようにコントロールされている。原子力発電所で働く作業者や消火活動にあたった作業者には、急性放射線症をはじめとしたさまざまな急性の放射線障害が発生した旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所の事故でさえも、一般公衆には急性放射線症は発生していない。しかし、一旦、事故が発生し、避難や屋内退避等の介入措置が取られた場合には、障害が発生するか否かに拘わらず、一般公衆は、放射線・放射性物質による人体への影響に対する不安や恐怖に襲われる。これは、1981年に発生したアメリカのスリーマイル島原子力発電所の事故の際の住民の反応でも明らかである。したがって、原子力災害が発生した場合に、緊急医療に係る医療従事者に要求されることは、急性放射線障害に対する医療処置ではなく、一般公衆の放射線や放射性物質に対する無用な不安を取り除くためのカウンセリングである。放射線あるいは放射性物質は、極く微量でも測定できるという大きな特徴を持っており、対応に当たっては、この特徴を最大限に活用すべきである。定量的に汚染がないこと、放射線による被ばくが無視できる程度のものであることを示しながら説明にあたり、一般公衆の納得を得ることである。
そこで、本研究では原子力災害の際に一次医療で行われることになっている、汚染のチェックの具体的な方法と、放射性物質による汚染の程度に対応したとるべき措置に関する事項を中心に検討した。
研究方法
1 第一次緊急医療と医療従事者の役割
原子力発電所の事故の際の第一次から第三次までの緊急医療措置は、図1のように想定されている。現在、原子力発電所の立地県の防災対策では、原子力災害が発生した場合には、環境中の放射性物質の量あるいは、空気線量率を参考に、必要であると判断された場合には災害対策本部が設置されることになっている。第一次緊急医療は、災害対策本部によって設置された避難所で行われる措置である。避難所は、事故を起こした原子力発電所の風上に設けられることになっている。避難所で行われる第一次緊急医療措置としては、?スクリーニング班によって行われる一般住民の放射性物質による汚染の有無の検査(スクリーニング)と、?診断除染班によって行われる放射性物質の除染がある。
2 一般住民の放射性物質の汚染の検査(スクリーニング)
第一次緊急医療のスクリーニングのための必要な機器として各種のサーベーメータ(主にGMサーベーメータ)が用意され、これを使った医療従事者の緊急医療講習会等が各県で定期的に開催されている。しかし、日常的に、GMサーベーメータを見たことも使ったこともない医療従事者等がGMサーベーメータを用いて大勢の住民を対象にした放射性物質の汚染検査を行うことは不可能に近いことを講習会の講師として参加しその都度経験している。放射線計測法が発達している現状では、機械的にできる汚染のチェックは測定器を最大限に活用し機器で行うこととし、医療従事者は、一般住民の放射線や放射線影響に対する不安に直接答える活動を行うべきである。そこで、本研究では、第一次緊急医療の汚染のチェックの際に短時間で大勢の人々を測定でき、しかもGMサーベーメータよりも精度の高い体表面モニタの開発を提案することとし、その概念設計を行った。
3 放射性物質の汚染検査における体表面モニタの特徴
体表面モニタは、既に、原子力発電所で、作業者が管理区域に入る場合や退出する場合に、作業者の体表面に有意な汚染がないことを確認するために日常的に利用されている。これを原子力施設の事故の際に用いることを考えた。
体表面モニタによる汚染のチェックは、従来のGMサーベーメータによる汚染のチェックに比べて次に示す特徴がある。
?身体の広い範囲(4π)を短時間でチェックできる。
?短時間に多くの人々のチェックが可能である。
?汚染部位の見落としがない。
?測定時間を変えることにより任意に感度を変えることができる。
?チェックする人の技術や疲労度に依存しない。
4 体表面モニタ概要
本研究で考えている体表面モニタの仕様は次の通りである。
(1)放射性物質の検出限界:4Bq/cm2(管理区域の退出基準)
(2)1人当たりの測定時間は10秒以内とする。
(3)被検者が立ったままで測定できるものとする。
(4)身体の側面を除く全ての体表面を測定対象とする。
(5)検出器はメンテナンスを考慮して、プラスティックシンチレータとする
(6)測定した結果、汚染がなかった場合には緑のランプで被検者に知らせる
(7)測定器は商用電源(AC100V)で使えるようにする。
今回概念設計した体表面モニタは、4章で述べるホールボディカウンタ及び甲状腺モニタとともにモービルに搭載することを提案する。
5 体表面モニタによる測定手順
避難所に避難してきた住民のスクリーニングは次の手順で行う。
?被災者に対して所定の問診を行う。
(事故時の居所、避難経路、飲料水の摂取状況など)
?体表面モニタの測定を実施
?スクリーニングレベル以下(緑のランプが点滅)の場合
不安を持っている者に対してはカウンセリング
?スクリーニングレベルを超えた者
除染班に引き渡す(診断除染班は汚染の箇所を特定し、除染する)
原子力発電所の事故の際の第一次から第三次までの緊急医療措置は、図1のように想定されている。現在、原子力発電所の立地県の防災対策では、原子力災害が発生した場合には、環境中の放射性物質の量あるいは、空気線量率を参考に、必要であると判断された場合には災害対策本部が設置されることになっている。第一次緊急医療は、災害対策本部によって設置された避難所で行われる措置である。避難所は、事故を起こした原子力発電所の風上に設けられることになっている。避難所で行われる第一次緊急医療措置としては、?スクリーニング班によって行われる一般住民の放射性物質による汚染の有無の検査(スクリーニング)と、?診断除染班によって行われる放射性物質の除染がある。
2 一般住民の放射性物質の汚染の検査(スクリーニング)
第一次緊急医療のスクリーニングのための必要な機器として各種のサーベーメータ(主にGMサーベーメータ)が用意され、これを使った医療従事者の緊急医療講習会等が各県で定期的に開催されている。しかし、日常的に、GMサーベーメータを見たことも使ったこともない医療従事者等がGMサーベーメータを用いて大勢の住民を対象にした放射性物質の汚染検査を行うことは不可能に近いことを講習会の講師として参加しその都度経験している。放射線計測法が発達している現状では、機械的にできる汚染のチェックは測定器を最大限に活用し機器で行うこととし、医療従事者は、一般住民の放射線や放射線影響に対する不安に直接答える活動を行うべきである。そこで、本研究では、第一次緊急医療の汚染のチェックの際に短時間で大勢の人々を測定でき、しかもGMサーベーメータよりも精度の高い体表面モニタの開発を提案することとし、その概念設計を行った。
3 放射性物質の汚染検査における体表面モニタの特徴
体表面モニタは、既に、原子力発電所で、作業者が管理区域に入る場合や退出する場合に、作業者の体表面に有意な汚染がないことを確認するために日常的に利用されている。これを原子力施設の事故の際に用いることを考えた。
体表面モニタによる汚染のチェックは、従来のGMサーベーメータによる汚染のチェックに比べて次に示す特徴がある。
?身体の広い範囲(4π)を短時間でチェックできる。
?短時間に多くの人々のチェックが可能である。
?汚染部位の見落としがない。
?測定時間を変えることにより任意に感度を変えることができる。
?チェックする人の技術や疲労度に依存しない。
4 体表面モニタ概要
本研究で考えている体表面モニタの仕様は次の通りである。
(1)放射性物質の検出限界:4Bq/cm2(管理区域の退出基準)
(2)1人当たりの測定時間は10秒以内とする。
(3)被検者が立ったままで測定できるものとする。
(4)身体の側面を除く全ての体表面を測定対象とする。
(5)検出器はメンテナンスを考慮して、プラスティックシンチレータとする
(6)測定した結果、汚染がなかった場合には緑のランプで被検者に知らせる
(7)測定器は商用電源(AC100V)で使えるようにする。
今回概念設計した体表面モニタは、4章で述べるホールボディカウンタ及び甲状腺モニタとともにモービルに搭載することを提案する。
5 体表面モニタによる測定手順
避難所に避難してきた住民のスクリーニングは次の手順で行う。
?被災者に対して所定の問診を行う。
(事故時の居所、避難経路、飲料水の摂取状況など)
?体表面モニタの測定を実施
?スクリーニングレベル以下(緑のランプが点滅)の場合
不安を持っている者に対してはカウンセリング
?スクリーニングレベルを超えた者
除染班に引き渡す(診断除染班は汚染の箇所を特定し、除染する)
結果と考察
現在は、第一次緊急医療で汚染が検出され、診断除染班の除染で一定レベル以下にならない者に対しては、第二次緊急医療の一環としてホールボディカウンタおよび甲状腺カウンタにより全身に沈着したセシウムおよび甲状腺に沈着した放射性ヨウ素からの被曝量の線量評価を行うことになっている。これらのホールボディカウンタや甲状腺モニタは、第二次緊急医療の一環として原子力発電所の立地各県に既に設置されている除染施設に設置されている。これらの除染所が原子力災害時の避難場所に必ず指定されるとは限らない。なぜなら、その時の風向き、事故の規模等によって状況が異なるからである。しかし、一次医療の汚染のチェックでレベルを超えた一般住民の線量評価は、直ちに実施した方が効果的であり、かつ効果的である。そこでホールボディカウンタ、甲状腺モニタも、今回提案した体表面モニタも同じモービルに搭載することを提案する。
今回開発した体表面モニタを原子力施設の研究時に活用するためには以下に示す問題点を解決しておく必要がある。
1 体表面モニタの地理的な配置
今回提案した体表面モニタと、体内汚染の評価のためのホールボディカウンタ及び甲状腺モニタを搭載したモービルは、実際の運転、メンテナンス、コスト等を考慮すると全ての原子力施設の立地県に配備することは難しい。体表面モニタの結果の解釈は、一定の数値(スクリーニングレベル)を越えるか超えないかの判断でよいが、一緒に搭載してあるホールボディカウンタについては、一定のレベル(スクリーニングレベル)を超えた場合には、内部被曝の専門家による線量評価が必要となる。これらの諸点を考慮すると、いくつかの原子力施設をブロックにして、ブロックごとに体表面モニタを配置することが適切であろう。ブロックの設定は、事故が発生した場合の交通事情などを考慮して、慎重に行う必要があろう。
2 日常のメンテナンス
体表面モニタについては、計測器であるので、一定の間隔で国家基準等の標準線源を用いた校正が必要である。これらの校正を考えると、事故時、平常時と共に体表面モニタの取扱は計測の専門家が行った方がよい。
これらのことを考えると、体表面モニタの地理的配置をどのようにするかは、極めて重要な課題であるということが分かる。
3 体表面モニタの日常的な利用
従来、原子力施設立地県に用意されてきたGMサーベーメータ等に比べると、モービルに搭載した体表面モニタのコストは数桁高い。一方、原子力施設の安全性については工学的視点からの多重の防御などが徹底して行われており、一般住民の放射性物質による汚染が問題になるような事故は発生しないと考えてよいと思う。また、そのように期待したい。しかし、防災という視点からは、万全を期すために今回提案した形の体表面モニタを設置することが必要であろう。高価な装置をできるだけ活用するためには、体表面モニタを放射線や放射性物質をPRするための教育に使うことを提案したい。
放射線や放射線による影響を、一般の人々に理解してもらうためには、放射線の線量に関する概念を理解してもらうことが不可欠である。自然放射線や、天然の放射性物質の濃度が比較的高いモナズ石などを用いて、放射線や放射性物質を計測する実習を体表面モニタを用いて行うことにより、放射線の線量や自然放射線を一般の人々が理解することになると思われる。
今回開発した体表面モニタを原子力施設の研究時に活用するためには以下に示す問題点を解決しておく必要がある。
1 体表面モニタの地理的な配置
今回提案した体表面モニタと、体内汚染の評価のためのホールボディカウンタ及び甲状腺モニタを搭載したモービルは、実際の運転、メンテナンス、コスト等を考慮すると全ての原子力施設の立地県に配備することは難しい。体表面モニタの結果の解釈は、一定の数値(スクリーニングレベル)を越えるか超えないかの判断でよいが、一緒に搭載してあるホールボディカウンタについては、一定のレベル(スクリーニングレベル)を超えた場合には、内部被曝の専門家による線量評価が必要となる。これらの諸点を考慮すると、いくつかの原子力施設をブロックにして、ブロックごとに体表面モニタを配置することが適切であろう。ブロックの設定は、事故が発生した場合の交通事情などを考慮して、慎重に行う必要があろう。
2 日常のメンテナンス
体表面モニタについては、計測器であるので、一定の間隔で国家基準等の標準線源を用いた校正が必要である。これらの校正を考えると、事故時、平常時と共に体表面モニタの取扱は計測の専門家が行った方がよい。
これらのことを考えると、体表面モニタの地理的配置をどのようにするかは、極めて重要な課題であるということが分かる。
3 体表面モニタの日常的な利用
従来、原子力施設立地県に用意されてきたGMサーベーメータ等に比べると、モービルに搭載した体表面モニタのコストは数桁高い。一方、原子力施設の安全性については工学的視点からの多重の防御などが徹底して行われており、一般住民の放射性物質による汚染が問題になるような事故は発生しないと考えてよいと思う。また、そのように期待したい。しかし、防災という視点からは、万全を期すために今回提案した形の体表面モニタを設置することが必要であろう。高価な装置をできるだけ活用するためには、体表面モニタを放射線や放射性物質をPRするための教育に使うことを提案したい。
放射線や放射線による影響を、一般の人々に理解してもらうためには、放射線の線量に関する概念を理解してもらうことが不可欠である。自然放射線や、天然の放射性物質の濃度が比較的高いモナズ石などを用いて、放射線や放射性物質を計測する実習を体表面モニタを用いて行うことにより、放射線の線量や自然放射線を一般の人々が理解することになると思われる。
結論
放射線影響として一般の人々が心配する影響は、白血病、甲状腺癌などの悪性腫瘍と、遺伝的影響である。線量の影響との関係、原子力発電所での事故で一般住民が受ける可能性のある線量の程度をもとに、医療関係者が住民の不安に応えられるための基礎知識を普及するための具体的方策の検討と、そのためのテキストの作成などが今後必要である。
公開日・更新日
公開日
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更新日
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