阪神・淡路大震災にかかわるフォローアップ調査(外科領域)

文献情報

文献番号
199700359A
報告書区分
総括
研究課題名
阪神・淡路大震災にかかわるフォローアップ調査(外科領域)
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
吉岡 敏治(大阪府立病院主幹兼救急診療科)
研究分担者(所属機関)
  • 田中裕(大阪大学医学部救急医学)
  • 松岡哲也(大阪大学医学部救急医学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 災害時支援対策総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
4,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
本研究の目的は阪神・淡路大震災による重症外傷例の長期に及ぶ身体機能および精神予後と Quality of Lifeを明らかにすることである。特にクラッシュ症候群については機能回復における成長因子の関与ついても検討する。
研究方法
昨年度の調査では、初期調査で把握した2534例の外傷患者から転居先不明例1070例を除いた1464例のうち、549例(クラッシュ症候群127例、その他の外傷422例)から回答が得られたが、今年度はこの549例を対象として、傷病衝撃度指数( The Sickness Impact Profile: SIP)を用いてアンケート調査を行った。さらに今回は家屋の倒壊の程度、震災後の居住場所、死亡親族の有無およびその続柄、現在の生活や健康に対する不安等についての質問を追加した。転居先不明返却分11例を除いた538例中、386例(回収率71.7%)から回答が得られた。回収例の男女比は1/1.72、受傷時の平均年齢は57.8 ± 0.93歳(mean ± SE)、平均入院期間は50.1 ± 2.61日、集中治療の施行率は26.5%であった。
SIP は、種々の傷病患者を対象に病気や怪我により引き起こされる身体的な機能障害と精神的な障害の程度を評価するのに世界的に利用されており、12のカテゴリー、136の質問事項から構成されている。夫々の質問事項は障害程度の重み付けがなされ連続変数として取り扱う事ができ、12のカテゴリーは個別に評価することも出来る。本研究では3カテゴリーからなる身体機能の障害(%Physical)、4カテゴリーからなる精神的な障害(%Psychosocial)、この両者に5つの日常社会生活の活動性に関するカテゴリーを加えた総計(%Total)として評価し、さらに傷病別に個別の12カテゴリーについて検討した。
クラッシュ症候群については、昨年度に大阪大学で四肢の知覚・運動機能検査を実施した36例のうち承諾の得られた24例に対し、知覚・運動機能検査と成長因子:トランスフォーミング増殖因子( TGF- β1)、塩基性繊維芽細胞増殖因子(bFGF)、および血管内皮増殖因子(VEGF)の測定を行い、成長因子と機能回復の関連について解析を加えた。各種成長因子に関しては、コントロールとして健常者8名と当科にて入院加療後約2年を経過した重篤な四肢骨盤外傷8例と比較した。
結果と考察
結果=今回のアンケート回収例における昨年度(受傷2年後)と今年度(受傷3年後)のSIPは、%Total : 11.6 ± 0.67% vs 10.9 ± 0.61%、%Physical : 9.1 ± 0.70% vs 8.8 ± 0.68%、%Psychosocial:11.6 ± 0.76% vs 11.5 ± 0.69%で、有意差は存在せず、明かな回復は認められなかった。外傷別(クラッシュ症候群、四肢・脊椎・骨盤骨折、臓器損傷、神経損傷、その他の小外傷)のSIPでも、%Total、%Physical、および %Psychosocialについては有意差は存在しなかったが、個々のカテゴリー別では、クラッシュ症候群の %Psychosocialに含まれる情動行動と計画性・反応性の障害が有意に改善しており、四肢・脊椎・骨盤骨折例では社会生活の活動性のカテゴリーに属する睡眠・休息と余暇の過ごし方において改善が認められた。
%Physical と %Psychosocialの間の相関は、昨年度と同様に緩やかな相関を示し、震災以外による外傷例にみられるような強い相関は認められなかった。さらに自宅生活者と自宅以外での生活者、近親者を亡くした症例とそうでない症例に分けて %Physical と %Psychosocial の相関を比較検討すると、相関係数には大きな変動を認めないが、傾き、Y切片ともに自宅外生活者および近親者を亡くした症例の方が大きく、その傾向は3年目の方が顕著であった。
クラッシュ症候群の知覚に関しては昨年と比較して有意な改善は認められない。筋力検査では、大腿部では有意差はなかったが、下腿の筋力は軽微ではあるが多くの症例で改善を示した(34.9 ± 1.4 点 vs 36.2± 1.2点、 p = 0.0009)。
クラッシュ症候群、受傷2年後の四肢骨盤外傷例および健常者の TGF-β1には有意差を認めなかったが、bFGF は 24.6 ± 2.03 pg/ml vs 7.42 ± 1.66 pg/ml、および 10.8 ± 1.02 pg/ml でクラッシュ症候群において四肢骨盤外傷例や健常者より有意に高値を示した。VEGFはクラッシュ症候群と他のコントロールの2群との間に有意差を認めなかったが、クラッシュ症候群では異常高値を示す症例が存在した。bFGF、VEGF ともに低値の症例(N = 7)では下肢の筋力、知覚ともに受傷2年後と3年後の間に有意差を認めず、bFGF 高値で VEGF 低値の症例(n = 7)では下肢の筋力の総和において2年後から3年後の間に有意な回復を示した(76.7 ± 3.8点 vs 80.1 ± 3.6点、p = 0.03)。bFGF、VEGFともに高値の症例(n = 10)では下肢の筋力のみならず(81.0± 3.0 点 vs 84.6 ± 2.9 点、 p = 0.01)、触覚と痛覚の総和も回復していた(33.6 ± 1.1 点 Vs 36.3 ± 0.9 点、p = 0.008)。
考察=この一年間ではクラッシュ症候群例で多少なりとも精神面の障害が癒され、四肢・脊椎・骨盤骨折例で日常社会生活の活動性が上昇したが、%Psychosocial に影響している身体的な機能障害以外の付加因子は取り除かれていないものと推測された。すなわち、自宅外での生活を余儀なくされている症例や近親者を失った症例では、身体的な機能障害の程度以上に強い精神的障害を残していることが明らかになった。
クラッシュ症候群の知覚・運動機能は、ほとんどの症例が専門的な理学療法や筋肉トレーニングを行っていないにもかかわらず、受傷後3年を経過してもなお筋力には有意な回復が認められ、その傾向は減張切開の有無を問わず大腿よりも下腿に顕著であった。しかしその程度は非常に緩やかで、昨年認められたような劇的な回復を示す症例は存在しなかった。bFGFが神経組織の修復に関与する事は既に報告されているが、筋組織の修復に対する効果についての報告はなく、筋力の回復については自然経過の可能性も否定できないが、知覚の回復は神経線維の再生修復を意味しており、今回の結果は bFGF とVEGFが神経線維の再生修復に関与していることを示唆している。
我々は震災で受傷したクラッシュ症候群について、自験例の詳細な検討と、震災直後に被災地内外の95病院を訪問調査して得られた372例の急性期のデータの解析およびその後の追跡調査から、クラッシュ症候群急性期の多彩な病態、急性期の治療方針、機能予後を左右する因子、減張切開の必要性およびその適応と創の管理方法、さらには機能回復に対する成長因子の関与などを解明した。これら以外の疫学的なデータも含め、報告した論文数は30編に達した。これらをもとにクラッシュ症候群についての病態および治療法についてのマニュアルを作成することが今後の課題である。
結論
震災による外傷患者の身体的機能障害と精神的障害の間には、震災以外の外傷患者で見られるような強い相関は認められず、自宅以外での居住を余儀なくされている症例や震災で近親者を失った症例において、身体的な機能障害以上に精神面の障害が強かった。
クラッシュ症候群例では受傷後2年を経過しても健常者やコントロールとした他の重篤な四肢骨盤外傷例に比し塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)が有意に上昇しており、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)も異常高値を示す症例が存在した。 bFGF が高値を示した症例ではこの1年間で有意な筋力の増強を認め、bFGFと VEGF がともに上昇していた症例では、筋力のみならず知覚にも回復が認められた。

公開日・更新日

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