大規模災害時における死体検案体制に関する研究

文献情報

文献番号
199700356A
報告書区分
総括
研究課題名
大規模災害時における死体検案体制に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
高津 光洋(東京慈恵会医科大学)
研究分担者(所属機関)
  • 三澤章吾(筑波大学)
  • 高濱桂一(宮崎医科大学)
  • 西克治(滋賀医科大学)
  • 福永龍繁(三重大学)
  • 西村明儒(滋賀医科大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 災害時支援対策総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
大規模災害における死亡者の権利と尊厳を保持し、将来大規模災害時における人身傷害を予防するためには、国や都道府県の救急医療体制の一環として、法医学の修練を受けた医師を中心に死体検案体制を確立し、死因をできる限り正確に診断することが不可欠である。このためには平時から異状死体における死体検案の重要性を認識し、検案医師の確保と検案実務の充実、検案支援体制の確立を行っておく必要があり、昨年度は法医学者及び及び警察嘱託医の意識調査と可動者リストの作成、法医学専門家集団の死体検案支援体制の確立、死体検案マニュアルの原案作成を行った。本年度は救急医を対象に大規模災害時における医療活動(救急医療,死体検案)についての意識及び可動性調査、異状死体、死体検案、日本法医学会死体検案認定医制度等に対する意識についてのアンケート調査を行い、昨年の法医学者、警察嘱託医への調査結果と合わせて一般臨床医・警察(嘱託)医を含めた死体検案実施マニュアル作成の資料とする。
研究方法
一般臨床医を含めた死体検案支援体制の確立と、死体検案実施マニュアル作成の資料を収集するために、救急医を対象とした大規模災害時の死体検案に対する意識調査と支援可動性についてのアンケート調査を行う。日常の救急医療活動の状況、大規模災害時にボランチアとして医療活動(救急医療,死体検案)に参加可能か否か、否の場合はその理由、異状死体の理解度(自己評価)、死体検案の経験の有無と経験例数、日本法医学会死体検案認定医制度への関心について、救急医5377名にアンケート用紙を配布する。また、分担研究者をドイツ連邦共和国ミュンスター大学法医学研究所に派遣し、ヨーロッパにおける大規模災害時死体検案体制の現状と問題点及び法医学専門医との係わりについて調査研究した。
結果と考察
救急医5377名を対象としたアンケート調査で1707名(回収率31.7%)から有効回答が得られた。回答者の大半が30~50歳代とそれぞれの領域で中心的に活動している年齢層であり,その約80%が勤務医で、三次救急施設の勤務医が40%以上であったので,警察(嘱託)医を対象とした場合とは異なった医師層で、十分分析に値する.
大規模災害時の医療活動にボランテイアとして参加する意志があるか否かを3つの状況(診療不可能群,診療可能群,遠隔地群)を設定して設問したところ、いずれの状態においても大災害時には回答者の95%前後がボランテイアとして医療活動に参加する意志があることがわかった。救命・救急医療に参加するとの回答が当然ながら最も多かったが(30.6~49.4%)、死体検案に参加する意志のある救急医が診療不可能群で最も多く24.3%、次いで診療可能群で16.5%、遠隔地群で13.6%の順でみられたことは注目に値する。全国を6ブロックに分け各ブロック間で比較すると、中部地区で死体検案参加可能者は18.2%と最も高く、九州15.9%、関東13.1%、近畿12.5%、北海道・東北11.3%、中国・四国地方で最も低く9.2%であった。関東及び近畿地方では大都市で監察医制度が施行されているにもかかわらず特に低値を示すことはなかった。以上から大災害時の死体検案活動に参加する意志のある救急医は診療不可能群では回答者の約1/4にみられる一方、居住地や勤務地以外の災害では死体検案に参加する意志のある救急医は13.6%と少なかった。死体検案を含めた医療活動に「参加する意志はあるができない」と「参加するか否かどちらともいえない」との回答数を合わせると診療不可能群では24.9%であるが,診療可能群と遠隔地群でほぼ倍増している。これらの回答の理由として所属機関優先、あるいは個人的活動が不可能を挙げているが,後者は公務員、あるいは所属機関が災害拠点病院である等々のため個人的に行動できないとの理由が多いことから、大規模災害時に救急医が死体検案を支援するためには、災害拠点病院等に法医学の修練を積んだ救急医を育成し、都道府県の死体検案体制に組み込んで死体検案チームを編成し,搬入後死亡したり、CPAOA患者の死体検案を積極的に行う体制を構築する必要性を検討すべきと思われる、このためには救急医を含めた臨床医に対する死体検案の研修体制を早急に確立するとともに、日常的に死体検案を積極的に行うことにより研鑽を積む必要があろう。大規模災害時の死体検案を含む医療活動に参加可能な日数は7日以内と3日以内が多く,両者を合わせると参加可能者の70%以上に達していた.日本法医学会における死体検案支援者リストにおいては支援活動は3日で交代することにしている.種々の条件を考慮して支援者1人が1日に適切に死体検案できる体数は30体前後と推定されるので、例えば阪神・淡路大震災クラスの大災害で6000人の死亡者があれば,延べ200人の死体検案医が必要であり,1人3日間活動できれば少なくとも約67人の検案医が必要となる.従って,死体検案に参加する意志のある救急医の70%以上が3日間参加できることは,大災害時の死体検案医確保のためには貴重な結果である.
日常の救急医学の現場では外因死、CPAOAの患者を中心に異状死体に接する機会が多い。大災害時の死亡者のほとんどは異状死体であるので、救急医の異状死体に対する理解度を自己評価してもらったところ、「よくわからない」との回答が19.6%にみられた。一般臨床医ではこの頻度はさらに高いものと思われる。この結果から,次年度作成する死体検案実施マニュアルでは異状死体についても触れる必要があろう。また、救急医は異状死体に接する機会が多いため異状死体の死体検案を依頼される機会も多いので,過去に死体検案を依頼されたことがあるか,経験体数はどのくらいかを質問したところ、過去に依頼された頻度は回答者の61.6%であった。東京都23区,横浜市,名古屋市,大阪市,神戸市等監察医制度施行地域では救急医に死体検案を依頼することはないので,この地域からの回答を除くと,救急医の70~80%が死体検案を依頼されている可能性がある.過去の死体検案経験例数であるが,1996年1年間と過去の総検案数について質問したところ,いずれにおいても5体以内が最も多く、後者では5体以内が50.1%と約半数を占めていた。100体以上と比較的経験例数の多い救急医もみられたが,全体的には死体検案の経験が少なく,次年度作成する死体検案実施マニュアルはこの点を考慮する必要があろう.
専門家(法医学の修練を積んだ医師)による死体検案の必要性については「専門家が死体検案を行うべきである」との回答が半数以上であったが,「専門家が死体検案を行うべきであるが、臨床医も行わざるを得ない」との回答は40.8%あり、臨床医も死体検案を実施せざるを得ない認識が高いことを示していた.さらに日本法医学会における死体検案認定医制度について,この制度が「あった方がよい」との回答は60.9%を占め、死体検案認定医を取得したいとの回答は約20%であった.
ヨーロッパではインターポールを中心に大災害時死体検案体制が構成されており,国境を越えた支援体制が組まれているが、想定されている災害は主として航空機事故であり,想定死亡者数は500人である点など,阪神・淡路大震災レベルの自然災害に対する対策としては十分対応できるか疑問がもたれた.
結論
日本救急医学会会員5377名に対し、大災害時における死体検案を含む医療活動,異状死体、死体検案認定医制度についてのアンケート調査を行い、1707名(31.7%)から有効回答を得た.救急医は少なからず大災害時の死体検案に対して関心と参加意志はあるものの,死体検案の経験は少なく,所属病院が災害拠点病院である等の理由でボランテイアとして死体検案活動支援への参加は多くを期待できないと思われる.今後は災害拠点病 院等に死体検案を担当できる救急医を育成する体制を整備する方法を検討する必要性があろう.

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