災害医療教育のあり方に関する研究

文献情報

文献番号
199700353A
報告書区分
総括
研究課題名
災害医療教育のあり方に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
鵜飼 卓(大阪市立総合医療センター)
研究分担者(所属機関)
  • 石井昇(神戸大学)
  • 甲斐達朗(千里救命救急センター)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 災害時支援対策総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
2,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
阪神・淡路大震災では災害時の医療のあり方に少なからず問題があったと言われているが、問題の一つに災害医療の教育が不十分であったことが上げられる。災害医療の素養は医師・看護婦に必須であるが、多忙な医療従事者が長時間の災害医療教育を受けることは困難であって、効率的な災害教育プログラムの開発が望まれる。本年度の本研究の目的は、一般医師・看護婦、救急専門医・救急看護婦など、そのレベルに応じた災害教育のあり方を研究することにある。  
研究方法
平成8年度は本邦に於ける災害医療教育の現状を分析することから着手し、最近取り組みが始まった災害教育プログラムの方法を検討し、さらにマルチメディアの災害医療教育への応用の問題点を知るところまで研究した。平成9年度は、?最近刊行された災害関連図書の中から医学医療に関係するものを選んで、災害医学・医療教育への有用性を分析し、?外国での災害医療教育の実例から必須の災害教育プログラムと効果的な方法を検討した。また、?災害シミュレーションについては、実施された研修会などでの実例を踏まえて、効果的なシミュレーションスタディについて検討し、?あわせてレベル別の教育到達項目を検討した。
結果と考察
A.災害医療教育教材としての近刊図書の評価
阪神・淡路大震災後に刊行された数多くの災害関連図書の中から、医学医療に関するもの26冊を選び、災害教育教材として想定される読者対象、内容から見た有用性、難易度などを評価した。災害を体験した著者が阪神大震災という大きな体験を書き残そうとしたものは、個人の体験談として多くの貴重な教訓を含んでおり、それなりの意味があるが、災害医療を全般的に学ぼうとする者への教科書としての価値は相対的に低く、災害を初めて学ぶ導入に適していた。他方、災害を従来研究対象としていた著者グループの著作は、災害医療の全般的な領域をカバーしようとするものから、個々のケースの分析まで多彩であった。読者対象別に分類を試みるならば、以下の如くである。
a. 災害対応関係者や災害研究者の参考資料としての役立つもの:阪神淡路大震災誌(朝日新聞社)、大規模災害と医療(セントメド)、地震災害の教訓(地域安全学会)等
b. 病院管理関係者のための参考資料として有用なもの:中小病院災害対策マニュアル(日本医療企画)、医療機関とその救急医療活動に関する調査報告書(小堀研究所)等
c. 災害に関心のある医師や看護婦向けとして有用なもの:災害医療ガイドブック(医学書院)、救急医学別冊集団災害救急1995(へるす出版)、事例から学ぶ災害医療(南江堂)、救急医療の試練-阪神淡路大震災(メディカ出版)等
d. 医学生・看護学生を含む医療従事者向けに適当なもの:医師達の阪神大震災(TBSブリタニカ)、検証そのとき医師たちに何ができたか(清文社)、阪神淡路震災下の看護婦達(医学書院)、阪神大震災・消防隊員死闘の記(労働旬報社)等
B. 諸外国での災害医療教育の実例検討   
a. Health Emergencies in Large Populations '97 (H.E.L.P.'97)
難民などきわめて多数の人々への国際的な人道援助(保健衛生医療中心)をテーマとした3週間の教育研修会で、環境と水の問題、災害疫学、食糧と栄養問題、感染症、性差別と暴力、外傷のケア、保健医療計画、補給、国際人道法などがそのテーマであった。過去の災害実例を修飾した問題提示に基づくグループ討議が半分、講義が半分の時間配分であった。長期間のため、参加可能な人が限られるのが問題であるが、難民に対する人道的な国際医療協力を志す専門家にはもっとも適した研修プログラムである。
b. Combined Humanitarian Assistance Response Training (CHART)
HELPと同様の目的の研修セミナーであるが、市民と制服組の協力による人道的な災害援助を中心課題としている。Rapid Assesment、災害の評価、水と衛生、食糧と脱水補給、保安の問題、感染症、cold chain、トリアージ、国際人道法、精神的ケア、などが5日間のうちにコンパクトに議論される。これもケーススタディによるグループ討議を重視した教育内容で、到達目標は、?complex emergency(地域紛争などを含むきわめて困難 な緊急事態)での人道援助に影響する因子を理解し対処法を知ること、?市民と制服組(軍人)の共同作業の要点を知ること、?人道援助計画について明確な意見を述べることが出来るようになることとされている。
c. Disaster Medical Operations Seminar (DMO1-97)
カリフォルニアで行われた4日間のコースであるが、災害概論、病院災害対応、災害時の公衆衛生、災害医療救援チーム(DMAT)、メンタルヘルス、救急搬送、連邦災害計画など自然災害を主な対象とした研修会で、災害体験談などもいくつか取り入れられている。本邦で最近行われ始めている災害医療研修セミナーとよく似たプログラムである。
d. PAHO(汎アメリカ保健機関)の災害演習
バルバドスで行われた災害研修では、火山噴火を想定した机上訓練と、夜間の抜き打ち実戦訓練が行われた。軍人が模擬患者になっており、やはり制服組と私服組との円滑な協力が欠かせないことが強調された。
e. スエーデンリンチェピング大学災害医学講座
リンチェピング大学には災害医学講座があり、研究と教育に熱心に取り組んでいる。国際災害医学会の学術委員会と共同で災害医学のカリキュラムを、救急隊員、paramedic、一般看護婦、救急看護婦、一般医師、救急専門医、コーディネーターなどがそれぞれマスターすべき事柄を整理している。本邦での応用に大いに参考になる。
C. 災害シミュレーションスタディの方法の検討
様々な機会に、災害シミュレーションスタディを行ってきた。机上訓練では、過去の災 害実例(高速道路多重衝突事故、列車事故、地震、病院火災など)を参考に災害想定を作り、参加者が自発的に考え、討議に加わる機会を提供した。このタイプの演習では、演習の目的や方法などのオリエンテーションを十分に行って参加者の動機付けを行うことが成功の秘訣であることが判ってきた。実働訓練ではトリアージ演習が主体となるが、トリアージタッグの使い方の実習としての効果が最も期待できる訓練である。
D. 本邦の災害医療教育カリキュラム案の検討
医学生、看護学生、一般医師、一般看護婦、救急隊員、救急救命士、災害医療コーディ ネーターなどの各レベルにふさわしいカリキュラムを作るべきである。国際災害医学会 (ISDM)の学術委員会の提唱するカリキュラムはある程度本邦にも応用することが出来ると思われるので、これを参考に対象者別災害教育カリキュラム案を試作した。
結論
阪神大震災後数多くの災害関連図書が出版されたが、これらを読者対象別、内容別、難易度別にある程度分類することができた。諸外国の研修プログラムを検討した 結果、受講者参加型のプログラムが重視されていることが判り、またそのカバーする範 囲は広範であった。シミュレーションの方法も検討し、事前の動機付けの良否がシミュ レーションスタディを成功させる秘訣であることがわかった。対象者のレベルに従って 到達すべき目標を決めた災害カリキュラム試案も一応作成することができた。 

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研究報告書(紙媒体)