看護サービスの経済的評価に関する研究

文献情報

文献番号
199700333A
報告書区分
総括
研究課題名
看護サービスの経済的評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
菅田 勝也(東京大学大学院)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 看護対策総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
医療関係統計調査データの分析によって、入院患者の在院日数や転帰が、患者特性、看護要員配置状況、その他の病院特性とどのような関連を有しているかについて明らかにすること、および、クリティカルパスウェイを用いたTHRの入院費用の分析を通して、コスト管理におけるクリティカルパスウェイの有用性を検討すること、の2点である。
研究方法
入院患者の在院日数と転帰の分析には、「病院報告(患者票)」(平成5年9月分)、「病院報告(従事者票)」(平成5年10月1日現在)、「医療施設(静態)調査」(平成5年10月1日現在)、「患者調査(病院退院票)」(平成5年9月1日~同月30日)を使用した。分析対象は、病床規模100床以上で基準看護特2類あるいは特3類の承認を受けている病院の一般病棟分である。ただし、一般病床割合が80%以上であること、一般病床の中に老人病床、療養型病床群のいずれをも含まないこと、一般病棟の1か月退院患者数が30人以上であること、一般病棟の1日平均在院患者数の月末在院患者数に対する相対誤差が20%以内であること、という条件を加えた。
THR入院費用の分析対象は実働稼動病床数403床の私立総合病院で、THR入院のクリティカルパスウェイの作成と診療行為別原価計算を行い、クリティカルパスウェイ上でのTHR入院の収支を試算した。比較のための臨床事例として、1995年1月から1997年9月までの期間に、変形性股関節症の診断で対象病院に入退院し、セメントを使用しないTHRが実施された症例のうち、再置換術の症例を除いた18例(平均年齢=59.5歳、SD=10.0;女性のみ)を対象として、それらの症例の診療報酬明細書から診療行為を全て抽出し、平成9年度の診療点数に換算した値を用いて、収支を比較した。臨床例の間での診療行為別収支の比較では、年齢、併存症、術後合併症の3つの因子によって各々2グループに分けた場合での各グループの平均値を算出し、その差を検定した。クリティカルパスウェイを用いた収支のシミュレーションでは、術後入院期間を3つの時点でそれぞれ2分割し、各期間における収入、費用、収支および1日当たり収支額を算出した。また、既存の全国データを用いて病床規模別に診療行為別原価計算を行い、THR入院でのリハビリテーション期間における1日当たり収入、費用、収支を試算し、病床規模の異なる病院間および対象病院との比較を行った。
結果と考察
病院を医育機関、特2類承認、特3類承認の3群に分け、患者あたり看護要員数および看護要員に占める看護婦割合については各集計毎に上位4分の1、下位4分の1、中央2分の1の3群に区分して平均在院日数を比較したところ、いずれの病院群でも患者あたり看護要員数が多いほど平均在院日数は短いという結果であった。しかし、看護婦割合については、特2類では、患者あたり看護要員数のどの区分をとってみても、看護婦割合の高い病院の方が平均在院日数が短かったが、特3類ではその傾向がなくなり、医育機関では逆に、看護婦割合が高いほど平均在院日数が長い傾向が認められた。特2類病棟の退院患者を、HCFA文献を参考にして17疾患群に分類して在院日数の中央値を求めたところ肺疾患と敗血症以外はいずれも、患者あたり看護要員数の上位の群の方が下位の群より在院日数の中央値が短かった。統計学的にも約2/3の疾患群で有意な差が認められた(P<0.05)。しかし、看護婦割合については一定の方向性を持った傾向はみられなかった。次に、平均在院日数の対数を従属変数として4種類の説明モデルによる回帰分析を行った。モデルは、看護要員と医師の配置数を説明変数とするもの、入院患者の特性を説明変数とするもの、両者の組合せ、施設特性を説明変数とするものである。患者あたり看護要員数は、安定的に平均在院日数を説明できる変数であった。看護婦割合も平均在院日数の説明変数として有力であるが、患者特性との内部相関が高かった。転帰については、看護要員中の看護婦割合が高い方が、退院患者中の転院(転施設)患者の割合や死亡退院の割合が低いという結果であった。患者あたり看護要員数については、それが多い方が転院(転施設)の割合や死亡退院割合が低いという傾向があったが、強い関係ではなかった。また予想に反し、平均在院日数30日以内という要件のある特3類の方が特2類よりも転院(転施設)割合は低かった。死亡退院割合は医育機関が最も低く、転院(転施設)割合と同様に、特2類より特3類の方が低かった。退院患者を主傷病名で17疾患群(前述)に分類し、さらに手術の有無で分け、加えて併存症として副傷病名を9群(HCFA文献を参考)に分類し、主傷病、手術の有無、併存症の組み合わせで分類した各患者群での死亡退院割合を求めてその患者群の死亡確率とした。各病院のそれぞれの退院患者に該当する死亡確率を総和することにより死亡数の期待値(分母)を求め、それに対するその病院の退院患者の実際の死亡数(分子)の比を求め、それを従属変数として回帰分析した。入院患者あたり看護要員数が多いことと看護婦割合が高いことはともに、疾患名と手術の有無で調整した相対的な死亡危険を小さくする方向で働いていた。看護婦割合は、患者特性を説明変数に追加したときでも安定していた。看護婦割合の高低は患者の転帰に影響が大きな因子である
ことが推察される。
クリティカルパスウェイに沿った標準的な経過を経た場合の対象病院のTHRの術後在院日数は56日、収入は2,702,080円、費用は2,979,375円であり、1症例当たり277,295円の損失を招くことがわかった。臨床例とクリティカルパスウェイとの比較では、全ての診療行為で収入が上回っているものの、診療行為別収支についてみると、最も収益をもたらしている検査の黒字幅(6,317円)に対してその3.8倍の赤字額(24,068円)が入院期間の延長によってもたらされており、結果的にはクリティカルパスウェイでの経過よりもさらに29,629円の損失が生じていた。臨床例を年齢、併存症、術後合併症の3つの因子ごとに2グループに分けた場合の収入の比較では、1日当たり投薬収入において、併存症のあるグループ(440円±422)が併存症のないグループ(171円±96)よりも有意に高くなっていた(p<.05)。また、リハビリテーション実施日数、術後床上期間日数に関するグループ間の平均値の比較では60歳以上の方が60歳未満よりもリハビリテーションの実施日数が11日間有意に短く(p<.05)、術後床上期間が6日間有意に長くなっていた(p<.01)。クリティカルパスウェイを用いた在院日数短縮による収支のシミュレーションでは、術後4日目から6日目の間で収支が黒字から赤字へと逆転することがわかった。全国データを用いたTHR術後リハビリテーション期間での1日当たり収支の比較では、400床規模の病院において赤字幅が最小となる結果が得られた。本研究によってTHRの入院においては在院日数の短縮が経営上の損失を抑制させるための最も見込みある対策として考えられ、診療報酬が包括化された場合には、米国同様に在院日数短縮に対する強いインセンティブが経営者に働くことが予想される。臨床例の間での収支の比較によってクリティカルパスウェイからのバリアンスを生じる要因として、併存症を有している場合の1日当たり投薬収支が明らかにされた。これは、併存症のある患者ほど定時内服薬が多いことによる影響と考えられる。また、60歳以上の患者の方が60歳未満の患者よりもリハビリテーション日数が短かったのは、在院日数が長いために術後臥床期間が長期化しても在院期間中に規定のリハビリテーションスケジュールに追いついた可能性が考えられる。
結論
患者アウトカムは看護職員配置状況と関連を有す。患者あたりの看護要員数が多いほど平均在院日数が短い傾向があり、看護要員に占める看護婦の割合が高いほど退院患者の転院(転施設)割合や死亡退院割合が低いという傾向が認められた。また、定型的な手術入院では診療行為別の原価計算との併用で、クリティカルパスウェイを用いたコスト管理が可能である。現行の診療報酬制度のもとでは、THR後のリハビリテーション期間での1日あたり収支は赤字で、在院日数が長期化するほど赤字幅が拡大する。

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