「療養上の世話」の技術の明確化に関する研究

文献情報

文献番号
199700327A
報告書区分
総括
研究課題名
「療養上の世話」の技術の明確化に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
紙屋 克子(筑波大学医科学研究科社会医学系)
研究分担者(所属機関)
  • 大津廣子(静岡県立大学)
  • 中井加代子(愛知県立総合看護専門学校)
  • 石垣夫美代(愛知県立総合看護専門学校)
  • 三吉友美子(名古屋市立中央看護専門学校)
  • 平田雅子(神戸市看護大学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 看護対策総合研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
平成8年度の研究成果に基づき、専門職看護婦(士)が担うべき主体的業務である「療養上の世話」において、ナーシングバイオメカニクスに基づいて開発・改良された生活支援技術の定着が、看護の質の向上と看護業務ならびに技術の明確化に有効であることを明らかにする。平成9年度の研究は、(1)「療養上の世話」の技術の明確化-臨床看護活動における生活支援技術の定着と効果の検討-(2)看護基礎教育における生活支援技術の効果的な指導方法について-ナーシングバイオメカニクスに基づく「動きを助ける」技術の指導から-(分担研究)の2つの研究内容で構成される。
研究方法
1) 「ナーシングバイオメカニクスに基づく生活支援技術」講習会の受講生80名に対する記述式質問紙法による生活支援技術の定着状況の調査。2) T病院(312床)看護部における「ナーシングバイオメカニクスに基づく生活支援技術」の定着を促進する研修プログラムの作成、および実施状況についての分析。3) 「ナーシングバイオメカニクスに基づく生活支援技術」定着化のための研修プログラムにおいて、技術指導を担当している看護職12名に対する面接聞き取り調査。
結果と考察
1.平成8年度研究で報告した看護技術の定着状況を平成9年の講習会(2日間コース、40名定員)受講生80名に対してアンケート調査を行った結果、新しい生活支援技術をよく活用しているとの回答は25%であった。回答者が看護チーム内において影響力をもつ、リーダーや中堅層であることを考えると、新しい技術を実践現場に普及、定着化する道は決して容易ではないと思われる。新しい生活支援技術の活用、定着を妨げている第1の理由は、「技術習得者が少ないために従来の方法が優先されやすい」ということであった。第2の理由としてはベッド周辺の環境とベッドの条件があげられていた。まず、ベッドの間隔が狭くケアを必要とする対象者ほど機器類や生活用品で、ベッド周辺が狭隘化しており、生活支援技術を提供するための自由な動きが妨げられている。ベッドの持つ条件の第1は着脱式のベッド柵である。看護者の多くはベッド柵をそのままにして体位変換やケアを行うために、不自然で負担のかかる姿勢を頻回にとっている。ハンドル操作で簡単に倒れる柵に変更することで、新しい技術が活用し易くなり、看護者の腰痛も回避されるであろう。第2はベッドの高さである。ベッドはケアの提供に最適である高さと、患者の安全と自立を目的とする高さが異なるため、2つの目的に応じて簡便に、しかも自由に高さを調節できるベッドであることが望ましい。患者のケア度、自立度に応じてベッドのタイプを選択できることは、管理的な視点から見ても重要である。2.生活支援技術の開始時期・方法の選択に関する判断について、アンケート調査では医師の指示が第1位であることを受けて、判断の根拠となるものには、病状に関する医師からの情報が挙げられている。しかし、T病院看護婦の聞き取り調査では、新しい生活支援技術が「患者の負担にならない」という技術への信頼が、看護婦(士)による判断を促進するという結果が出ている。新しい生活支援技術の理論的根拠を含めての効果的研修内容が、看護者の積極的な姿勢につながっていると考えられる。3.「ナーシングバイオメカニクスに基づく新しい生活支援技術」の定着を図る提案として、アンケート調査では講習会の開催、あるいはビデオ・テキストの普及が上位にあげられているが、チームの中で技術習得者が少ない場合は、生活支援技術の活用状況が低いことから、講習会の方法に工
夫が必要となる。T病院では、各セクションの技術習得者の増加によって、生活支援技術の活用と定着が進んでいることから、院内研修プログラムの作成と実施は有効と評価することができる。T病院の研修プログラムでは、200名の看護職全員に新しい生活支援技術を習得させるために、ほぼ1年間を要することからみても、目的、意識的な取り組みが成果を左右すると思われる。何よりもリーダーの決断の姿勢が重要である。4.看護者の行う「療養上の世話」の中核をなす生活支援技術を明確化するためにはどのような状況の対象者に、看護の目的と役割に叶う方法でその技術が提供されるべきかを検討した結果、ナーシングバイオメカニクスに基づく生活支援技術の研修プログラムに基づくT病院の指導者の面接聞きとり、および研修終了者のレポートによれば、体位変換や移動といった基本的技術には、対象者の安楽と看護者の身体負担の軽減に一定の評価を与えているが、より大きな成果は、急性期の患者の排泄介助、衣服の着脱を安楽に実施できたり、ICUやターミナルステージの患者の洗髪を実施できたことに、看護独自の技術としての意味を見いだしていることが確認された。また、訪問看護活動やターミナルステージの対象者に対する生活支援技術については、患者や家族の直接的な評価が、看護職としての歓びや達成感に最も効果的に作用することも明らかになった。患者の快適さやQOLの向上に貢献できる技術を確実に提供できることは、看護職としての自信、積極性を育むことになる。今年度は看護職が行う「療養上の世話」の技術が合併症の予防、あるいは在院日数の短縮などに及ぼす経済的側面からも検討する予定であったが、看護職員のほとんどがナーシングバイオメカニクスに基づく生活支援技術を習得し、活用している施設や状況がなかったため評価することができなかった。またナーシングバイオメカニクスに基づく新しい生活支援技術に対する安楽と身体負担の軽減に関する評価についても、現段階では当事者間の主観と運動力学的な解釈にとどまっているところから、今後は生理学的な見地からの実証研究も必要と思われる。
結論
「療養上の世話」の技術の明確化のために、臨床活動における生活支援技術の定着が有効であることを前提に、ケアの効果、判断の根拠、技術の習得の視点から検討した。(1)ナーシングバイオメカニクスに基づく生活支援技術の活用と定着状況は、新しい生活支援技術の習得者が少なければ従来通りの方法が優先されるため、看護部組織内における技術習得者の人数に影響を受ける。(2)ナーシングバイオメカニクスに基づく生活支援技術を看護職全員に習得させる研修プログラムを計画的に実施している病院では、生活支援技術の開始時期、方法の選択、決定についても看護職が主体的に判断するという変化が生まれてきている。(3)生活支援技術の理論背景、根拠に関する学習と確実な技術研修は、他職種とは異なる看護独自の役割を自覚し、自信につながっていることが明らかになった。(4)「療養上の世話」の技術の明確化は、専門職としてのアイデンティティや看護観の形成・確立に有効であることが示唆された。「療養上の世話」の技術は、対象者の生活支援活動において安全、安楽、快適、QOLの向上、自立という看護の目的達成への貢献度によって明確化が進むと思われる。今後の課題としては「療養上の世話」技術の効果とその評価を客観的なものにするために、経済的側面と生理学的な見地からの実証的検討などが必要と思われる。

公開日・更新日

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