自由行動下血圧・家庭自己測定血圧の臨床的価値の評価に関する研究

文献情報

文献番号
199700324A
報告書区分
総括
研究課題名
自由行動下血圧・家庭自己測定血圧の臨床的価値の評価に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
今井 潤(東北大学医学部第二内科・講師)
研究分担者(所属機関)
  • 佐藤洋(東北大学大学院研究科環境保健医学)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 健康政策調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
3,000,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
近年の研究は、自由行動下血圧(ABP)、家庭自己血圧測定血圧(HBP)が高血圧性臓器障害や予後をより良く反映することを明らかにしている。現在、我が国では既に1万台以上のABP測定装置と2000万台以上のHBP装置が稼働していると考えられる。しかしながら、ABPは健康保険に収載されておらず、正当な評価を受けていない。本研究は、ABP・HBPの臨床効果と経済効果を明らかにしようとするものである。
研究方法
岩手県大迫町は人口8040 (1991年)の兼業農家を主体とした農村である。我々は1987年に同町の20才以上の人口を対象にABPの、また8才以上の人口を対象にHBPの測定を開始した。これまでに約10年(平均5年)の追跡がなされ、その長期予後成績に基づいたABP・HBPの暫定的基準値を平成8年度の本事業において提案した。
本研究においては、大迫研究においてABPと随時血圧の両者を測定し得た30才以上の住民969名の随時血圧(CBP)による血圧判定をABPにより再評価し、その成績を本邦の人口に当てはめることで、ABP導入による医療費への効果を検討した。なお、本研究におけるCBPの判断は1972年のWHO基準に基づいた。またABPの血圧レベル分類は、相対的低血圧レベルを医療費用効果に導入するため住民のABP血圧分布に基づいた。即ち集団全体における平均+2SD値以上(SBP≧144 and/or DBP≧85 mmHg)を高血圧レベル、平均+1SD値以下(SBP≦133 and DBP≦78 mmHg)を正常血圧レベル、その中間を境界域高血圧レベルとした。また平均-1SD値以下(SBP≦107 and/or DBP≦65 mmHg)を低血圧レベルと定めた。
結果と考察
研究成績=1.大迫町におけるCBPのABPによる再評価
大迫研究においてABPとCBPの双方を測定し得た30才以上の住民969名に関する結果を表1に示す。
285名の降圧剤服用者のうち49名はCBPで高血圧(より強い降圧治療を要する)とされる。このうちABPでは17名(34.7%)は十分な降圧状態、3名(6.1%)は過度の降圧と判定される。一方CBPでは十分な降圧状態と判定される236名中24名(10.2%)はABPでは降圧不十分と判定され、さらなる治療を要することがわかった。
降圧剤を服用していない住民でも、ABPとCBPとの判定には不一致がある。CBPで境界域高血圧以下と判定された650名のうち29名(4.5%)がABPでは高血圧(降圧治療が必要)、CBPで高血圧と判定された34名のうち20名(58.8%)がABPでは境界域高血圧以下(降圧治療が不要)と判定される。
両群をまとめると、CBPで高血圧と判定された者のうち39%がABPでは正常血圧または低血圧と判定され、降圧療法が不要か、十分な降圧療法下にあると考えられた。一方、CBPで正常血圧と判定された者のうち4%がABPでは高血圧と判定され、降圧療法を開始または増量する必要があると考えられた。
このように、真に降圧療法を必要とする群を正確に絞り込むことによって、脳血管疾患などの合併症をより効果的に予防したり、不要な治療とそれに伴う副作用の発生を防ぐことが期待できる。これは同時に医療費にも大きな影響を及ぼす。
2. 大迫町の成績を日本人人口にあてはめた際の降圧治療費
さて、国民栄養調査によると、我が国の30才以上人口7100万人のうち1554万人(22%)がCBPでは高血圧と判定される。そのうち466万人は降圧治療を受けていない。大迫研究による頻度(表1)を当てると、うち59%すなわち274万人はABPで境界域以下で、降圧療法は必要ない。
降圧療法を受けている1088万人のうち9.5%すなわち103万人はABPでは低血圧となるので、降圧療法は中止すべきである。
一方、降圧剤を服用せずCBPも境界域以下5546万人のうち4.5%にあたる250万人は、ABPで高血圧域にあたるため降圧治療が必要となる。
以上より、CBPの代替としてABPを血圧判定に使用すると、127万人(-274万人-103万人+250万人)の降圧治療が不要となる。我が国の降圧剤費用(年間)は1人あたり約16000円(推定)なので、これにより200億円の医療費が節約される。
3. ABP導入による合併症予防と医療費削減効果
血圧の良好な管理により、その後の合併症の予防が期待できる。脳血管疾の発病者は毎年14万人、有病者は約40万人と推定され、その医療・介護費用は1兆4000億円に及ぶ。
このうち、ABPによる適正な血圧管理の結果として、高血圧性脳出血の発生を50%減少できれば600億円の医療費節減が、脳梗塞の発生を10%減少できれば500億円の節減が可能となる。さらに虚血性心疾患に対する年間医療費は約6000億円なので、適正な血圧管理で発生を1%減少できれば60億円が使われずにすむ。これら3つを合わせて1160億円の医療費節減が期待できる。
考察=現段階での考察
CBPに代えてABPを導入することで、降圧剤費用として200億円、合併症の予防により1200億円、合計して1400億円の医療費の減少が見込まれる。
この計算にはABPの費用は含まれていない。総医療費が増加するか減少するかは、ABPの検査費用に依存する。そこで損益分岐となるABPの価格(医療費の減少程度に見合う価格、総医療費を増加することなくABPを導入できる価格)を計算する。これは我が国30才以上の7100万人全員にABPを実施するとして、1400億円(節約分)÷7100万人(対象者数)で1人あたり1970円となる。
言い換えると、1人あたり1970円未満でABPを実施すれば、高血圧に関わる臨床成績を向上させると同時に、国民医療総額を減少させることが可能となるのである。現在我が国で普及しているABPMの価格は25~35万円程度である。したがって、1つの機材が測定できる耐用人数が150人以上であれば、経済的にも十分に見合うものであることがわかる。
今後介入研究を含む実証的な検討が不可欠となる。
結論
高血圧診療へのABP・HBPの導入は国民の医療費を大きく減少させ得るものと推定された。

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