治療技術のテクノロジ-・アセスメント

文献情報

文献番号
199700319A
報告書区分
総括
研究課題名
治療技術のテクノロジ-・アセスメント
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
久繁 哲徳(徳島大学医学部)
研究分担者(所属機関)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 健康政策調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
平成10(1998)年度
研究費
8,500,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
国際的に,効果的で効率的な医療システムを確立するための基礎として,医療技術の総合的な評価(医療テクノロジ-・アセスメント,healthcare technology assessment, 以下HTA)が不可欠であることが共通の認識となっている。また,わが国でもHTAが社会的な関心を呼び,その積極的な展開と政策への組込みが重要な課題となっている。そこで,前年度の研究および厚生省「医療技術評価の在り方に関する検討会」の成果を踏まえ,わが国でのHTAの系統的な適用に関する研究を実施したいと考えた。とくに,HTAのわが国におけるニ-ズおよび優先順位(priority)とともに,HTAの評価方法の具体的な事例への適用について重点をおいて研究を進めた。
研究方法
わが国におけるHTAの系統的な方法論の開発と個別医療技術にたいするHTAへの適用を以下の計画にしたがって実施した。
1) わが国の状況に対応したHTAの評価方法の開発: HTAの評価方法に関する国際的な情報の把握とその批判的吟味を実施した。あわせて各国のHTA研究機関の責任者に対する面接調査を実施した。その結果に基づき,同定,検証,統合,伝達で代表されるHTAの評価過程を明確にし,標準的枠組みについて検討を行った。
2) わが国におけるHTAのニ-ズと優先順位の評価: HTAの優先順位の評価方法について,国際的な情報の把握とその批判的吟味,および各国のHTA研究機関の責任者に対する面接調査を実施した。その結果に基づき,ニ-ズと優先順位の検討方法を設定し,わが国の主要な保健医療学会(内科学会など13学会)の理事ないし評議員に対して,郵送法によるアンケ-ト調査を実施した。最後に,得られた情報から優先順位の評価リストを作成した。
3) 個別の医療技術に関するHTA評価: HTAの事例検討として,以下の医療技術を評価した。1.糖尿病合併症予防,2.冠動脈疾患治療,3.川崎病に対する免疫グロブリン療法,4.癌患者の緩和療法,5.心臓移植の5件を代表事例として用いた。それぞれの医療技術に対して,比較代替案の設定,臨床的効果と経済的効率の総合的評価の検討を行った。
結果と考察
1.HTAのニ-ズ評価と優先順位決定: HTAのニ-ズについて,評価を極めて必要とする者の割合は,臨床的有効性が83%と最も高く,生命倫理・社会的問題がそれに次いでいた。評価優先順位が高い医療技術の領域として指摘されたのは,治療・予防が主なものであった。また,医療技術の種類では,医療手技,医療機器,薬剤の順であった。HTAが必要として指摘された医療技術の総件数は730であり,主な医療技術(優先順位点数および重要度基準)は,低侵襲性治療,MRI,人工関節置換術,リハビリテ-ション,抗癌剤,カウンセリングなどが挙げられていた。この優先順位リストには,諸外国のリストと対応する共通性が認められた。
2.個別医療技術のHTA: 1) 糖尿病の合併症予防: インスリン非依存性糖尿病(NIDDM)の合併症予防法として,近年,強化インスリン療法が注目されている。この治療法と通常療法とを比較検討するために,無作為臨床試験の結果に基づくマルコフ・モデルを設定し,費用-効果分析および費用-効用分析を実施した。その結果,費用-効果比は1生存年延長当り30万円,費用-効用比は1QALY延長当り33万円であった。これらの指標は,年齢とともに増加することが認められたが,極めて効率的な医療技術であることが推定された。
2) 冠動脈疾患治療: 冠動脈疾患については,内科的治療とともに,PTCA,CABGが広く利用されている。しかしながら,わが国ではこれらの治療法を比較するための無作為臨床試験が実施されていない。そこで後ろ向きコホ-ト研究を実施し,それに基づき,費用-効果分析を実施した。その結果,1枝病変化では,CABGの生存年数が低く,それを基準として効率を比較すると,内科療法,PTCAともに費用が減少することが認められた。一方,2枝病変では,内科が基準となり,PTCAは費用減少,CABGでは1生存年延長に158万円を要していた。3枝病変でも,同様に内科が基準となったが,PTCAおよびCABGは,1生存年延長にそれぞれ,20万円,134万円を要することが認められた。基準となる治療法と比べ,それぞれの治療法は効率的であると推定された。
3) 川崎病に対する免疫グロブリン療法: 原因不明の系統的炎症性血管炎である川崎病に対する治療法としては,免疫グロブリン療法が広く利用されている。近年,免疫グロブリンの投与量の増加により,冠動脈疾患の減少効果がさらに増大することが示されはじめた。そこで,免疫グロブリン療法に対する経済的評価(費用-効果分析)を,無作為臨床試験に基づき実施した。その結果,冠動脈病変の減少1症例当りの平均費用は,アスピリン療法を基準として,免疫グロブリン療法(低用量)は96万円,免疫グロブリン療法(高用量)は116万円であった。低用量に対する高用量の限界費用-効果比は137万であった。
4) 癌患者の緩和療法: 吐き気と嘔吐は,抗悪性腫瘍剤を投与されている患者の間で最も重症な副作用の一つに位置付けられている。近年,その治療法として,5-HT3受容体拮抗剤が開発され広く利用されているが,費用が比較的高価であるため,その利用をめぐっては多くの論議を呼んだ。そこで,5-HT3受容体拮抗剤に対して経済的評価を実施した。その結果,経口剤のトロピセトロン,オンダンセトロンは,嘔吐発生が減少し,しかも費用も削減できる理想的な医療に分類された。一方,注射剤は3者とも,嘔吐発生は減少するが,それにともない費用も増加する医療に分類されることが認められた。
5) 心臓移植に対する予測的経済的評価: わが国においては,臓器移植法案の成立にともない,臓器移植の適用が増加することが予想される。ただし,臓器移植は代表的な高度医療技術であるため,臨床的有効性の確立にとどまらず,経済的効率の評価が重要な課題となる。そこで,心臓移植の経済的効率に関する予測的な評価を実施した。費用-効果分析により,心臓移植適応者を対象とした場合,費用-効果比は,追跡期間8年では,1生存年延長当り213万円,生涯では87万円であった。したがって,心臓移植は効率的に優れていると推定された。
以上の結果から,わが国におけるHTAに対するニ-ズは高く,さらにHTAによる利益も期待されていることが示された。さらに,評価対象技術の優先順位については,諸外国での評価結果とも対応していた。この結果に基づき,今後,HTAの政策的な利用について,行政上の戦略とともに,委員会設置など組織的な組み込みが必要と考えられる。また,その基礎となるHTAの研究方法については,異なる領域における5つの事例検討でも,その適用可能性が示唆されており,上記の枠組みの下で積極的な研究・開発の実施が求められる。
結論
本研究により,わが国における医療技術の標準的な評価方法の開発およびニ-ズ評価を実施し,その成果に基づき個別の医療技術の事例評価を行った結果,わが国におけるHTAの総合的な導入と利用の可能性が示唆された。

公開日・更新日

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