個人の摂食能力に応じた「味わい」のある食事内容・指導等に関する研究

文献情報

文献番号
199700307A
報告書区分
総括
研究課題名
個人の摂食能力に応じた「味わい」のある食事内容・指導等に関する研究
課題番号
-
研究年度
平成9(1997)年度
研究代表者(所属機関)
向井 美惠(昭和大学歯学部口腔衛生学教室)
研究分担者(所属機関)
  • 青山旬(国立公衆衛生院)
  • 才藤栄一(藤田保健衛生大学医学部リハビリテ-ション医学教室)
  • 藤島一郎(聖隷三方原病院リハビリテ-ション科)
  • 大越ひろ(日本女子大学家政学部調理科学教室)
  • 山田好秋(新潟大学歯学部口腔生理学講座)
研究区分
厚生科学研究費補助金 行政政策研究分野 健康政策調査研究事業
研究開始年度
平成9(1997)年度
研究終了予定年度
-
研究費
14,800,000円
研究者交替、所属機関変更
-

研究報告書(概要版)

研究目的
高齢化・長寿化は急速に進行しており、医療・福祉・保健領域においても総合的な健康対策が急務の現状にある。生きる基本機能の1つである摂食機能については、機能減退によって誤嚥による窒息や肺炎などの感染症が少なからずみられるばかりか、低栄養による体力低下や疾病に対する抵抗力の減退などの原因となる。これまで、摂食・嚥下機能が減退すると経管による栄養補給や泥状の食品の摂取が通常行われており、美味しさや味わいなどは無視せざるを得ず、QOLの面からは大いに問題があると言わざるを得ない状況にあった。そこで、高齢者や障害者などの機能減退者の摂食・嚥下機能不全内容の簡単で容易な診断法の確立と、機能減退程度によって引き起こされる各種疾患や食事による精神的な満足度の低下に対する予防やリハビリなどの対応方法のガイドラインを作製し、肺炎などの感染症の予防と食事を通してQOLの向上に寄与することを研究目的とする。
研究方法
1)摂食・嚥下機能不全のある重度重複障害者を対象に、粘性食品嚥下時の舌運動を超音波前額断描出画像から陥凹深度、陥凹時間を健常者と比較検討した。また、摂食・嚥下機能減退高齢者を対象に経皮的動脈血酸素飽和度と脈拍数が摂取食物形態、摂食姿勢、介助方法から受ける影響をみた。2)摂食能力が減退した高齢者を対象に、食環境調査と嚥下機能減退のスクリーニングとしてのRSSTおよびテストフードを用いて口腔内残残留程度の調査を在宅、施設の両面から行った。3)誤嚥のスクリーニングとして開発したRSSTについては、?嚥下障害患者おけるVFおよびRSST検査所見との関連性、?RSST所見の継続検査が可能な嚥下障害患者を対象にVF所見とした関連性、?嚥下訓練中の患者を対象にRSSTによる温度刺激法(TS)の治療効果への有用性、の3方法によって検討した。4)5段階に分類したHACCAP対応の嚥下食について、調理時の再現性を検討するために動的粘弾性測定を行った。仮性球麻痺と球麻痺患者について嚥下食嚥下時の咽頭残留を内視鏡的な検討とともに、咽頭嚥下圧のDurationと輪状咽頭部とのCoordinationについても検討した。口腔内の食塊知覚を臨床的に測定する方法として水を用いて認知検査を行った。5)物性の違いが味わいに及ぼす影響について、グアガム系増粘剤と澱粉系増粘剤を用いて力学的要因分析を行った。また、飲み込み特性を評価する力学的物性測定の試みとして、テクスチャー特性と流動特性の測定を行った。6)嚥下の感覚運動機構に関する神経生理学的検討として、4段階の温度と4基本味にうま味を加えて5種類の味覚について検討した。咬筋、舌骨上筋群の表面筋電図と喉頭運動の機械曲線を描記し、被験食品嚥下時の舌骨上筋活動開始から嚥下開始までの時間と嚥下困難度を5段階相対評価法と関連させ検討した。
結果と考察
1)食物の物性と摂食能力(機能)との関連については、嚥下機能不全が重度の者に舌の食塊形成時の前額断面における陥凹深度が浅くなり、特に陥凹形成速度が遅くなる特徴がみられ、嚥下運動における食塊形成不全程度の診断の可能性が示唆された。摂食・嚥下機能不全のある高齢者は、食事により経皮的動脈血酸素飽和度の低下と脈拍数の増加が顕著に見られたが、摂食姿勢、介助方法、食形態の指導訓練により改善された。2)摂食能力が減退した高齢者の調査では、嚥下後に舌背や口腔前庭の食物残留のあるものが特に在宅高齢者に多く見られ、義歯の未装着と合せて、機能減退に形態異常が関与して
いた。ベッド上で食べている高齢者(在宅者)に、摂食時の頸部姿勢の不適が多くみられた。3)RSSTとVF所見の検討では、送り込み障害、誤嚥量、誤嚥頻度に有意差がみられたが、不顕性誤嚥には認められなかった。誤嚥量と誤嚥頻度ではRSST3回以上とその他で、送り込み障害では3回以上と0、1回との間に有意差がみられた。RSSTとVFの経時観察から、RSSTが1回以上改善した例では誤嚥の改善がみられたが、RSSTが改善しなかった例では、誤嚥の改善はわずかであった。嚥下訓練(温度刺激法)の刺激前のRSSTが1、2回で1回目の嚥下までの時間が遅延している者は訓練によって有意に嚥下までの時間が短縮された。4)機能程度に合せた5段階の嚥下食に用いられているゼラチンの特性は、18℃付近で内部融解して、30℃付近でゾル化することが解り、内視鏡検査の結果との関連から、喉ごしが良く粘膜に残留しない主要因と考えられた。球麻痺患者では、咽頭嚥下のDurationが延長して輪状咽頭部とのCoordinationが不良であった。また、口腔内の食塊認知検査では、年齢による有意な差はみられなかった。5)食物の飲み込み特性に影響する力学的要因の検討では、テクスチャ-特性の硬さが等しい場合には、べたつかず、残留感の少ない粘稠な液状食品(澱粉系増粘剤)が嚥下に容易であった。また、ずり速度20sec-1程度における粘性率が低く、粘稠性係数および降伏応力が小さいものほど、同様に貯蔵弾性率(弾性要素)が小さく、損失正接が大きいものほど飲み込み易いことが示唆された。嚥下困難者用食品の物性評価は、テクスチャー特性に加えて圧縮速度変化率および回転数依存率を加えることで、ある程度評価可能であった。6)嚥下の感覚運動機構における神経生理学的検討において、嚥下時における舌骨上筋の活動増強は2つに大別され、初期は食塊の咽頭への移送に伴うもの、後期は喉頭の挙上運動に起因するものと同定された。供食温度(5℃~50℃)では、温度が上昇するほど嚥下運動が速やかになり嚥下困難度が低下した。味覚の影響では、甘味によって嚥下困難度が低下、酸味・苦味によって困難度が増大した。口腔・咽頭領域の嚥下を好発するとされる部位からは機械的刺激によって絞扼(Gagging)生じたものの嚥下は起らなかった。
結論
摂食能力の減退者に対する機能状態の客観的評価法の標準化と、機能程度に合せた「味わい」のある食事作りの基準化および指導方法の開発の研究を行い以下の結論を得た。1.摂食・嚥下機能減退程度の容易なスクリーニング法として、人工唾液を用いて一定時間内の嚥下回数をみるRSSTや、テストフード嚥下後の口腔内への食物の残留部位と程度から機能不全内容の評価法がほぼ確立できた。特にRSSTは誤嚥の診断におけるゴールドスタンダードであるVF検査と高い相関が認められその有用性が示された。また、侵襲の少ない超音波エコーや喉頭運動の機械曲線の描記法が、それぞれ食塊形成や嚥下困難性と関連が強いことから、摂食・嚥下障害内容の診断への応用が十分可能と考えられた。このような摂食・嚥下機能に対する評価によって,個人の摂食能力はある程度の段階に分けられることが示唆された。
2.摂食能力に応じた「味わい」のある食事内容等については、機能減退程度や機能病態に応じた治療食として5段階の嚥下食を考案することができた。しかしながら、高齢者は好む味や味付けが多様であるとの調査結果は、個人の好みに合せて美味しさを工夫した嚥下食や機能減退に合せて味や温度などを考慮した調理が望まれており、さらに安全性の高いHACCAP対応の必要性が示唆された。嚥下を考慮して食物の物性の基準化では、硬さは圧縮速度変化率、粘度は回転数依存率を提案できたが、付着性については今後の検討課題となった。
3.摂食能力に応じた食事指導では、嚥下障害を意識していない高齢者は多く、摂食姿勢の不適や食物の調理対応がなされていないなど指導訓練がなされていない現状にあった。指導訓練の際の客観的な評価として、非侵襲、非観血的で食事の場で容易に行える検査法として経皮的動脈血酸素飽和度と脈拍数測定が利用できる可能性が示唆された。
これらの結果を関連させることによって、個人の摂食能力の診断方法と減退程度に応じた「味わい」のある食事内容・指導のガイドラインの作製が可能となった。

公開日・更新日

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